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高血圧との格闘秘話!【暴かれた介護老人の隠された真実】修正版

老人介護をしながらでも楽しく暮らす方法
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はじめに【高齢者の食事について】

 持病のあるなしに関わらず、高齢者の食事について頭を悩ませている方は多いと思います。 特に、塩分の摂取量には気を使われているのではないでしょうか。

 わたしの父親の場合は、降圧剤を服用しているものですから、医師にも塩分を多く摂らせないよう、固く釘を刺されています。

 父親の年代は、戦中戦後の食料難を経験してきたせいなのか、濃い口の人が多数を占めるのではないでしょうか。食事の好みとは簡単に変わらないものです。
わたしも現在進行形で悪戦苦闘中です。

 そんな奮戦記のひとつを書き綴ろうと思います。

 介護問題について思うこと【介護電話相談窓口】

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高血圧との格闘秘話!【暴かれた介護老人の隠された真実】修正版

(前編)【介護食の安心感】

【実体験エピソード】

 父親の介護を始めた頃のわたしは、食事面にそこまで気を使っていたとは言えないだろう。 何故なら、介護食さえ与えていれば大丈夫と高をくくっていたからだ。

 ところが、定期的に通う診療所で医師に
「相変わらず、血圧が高いですね。もっと食事には気を使って下さい」
と、行くたびに注意をされた。

 そもそも塩分控えめの介護食なのだから、これ以上気の使いようもない。
父親は元々酒好きだったが、わたしの知る限りでは、たまに缶ビールの350ml一本を空けているくらいだ。

 本来はアルコール禁止なのだが、言っても言うことを聞かないし、これには目をつぶっている。

 それならば、(食事以外に原因があるのではないか?)と、父親の生活習慣を見直してみた。
わたしたち(中年世代)でも、過度のストレスや運動不足、疲労の蓄積から血圧が上がったりする。

 先ずは、ストレスから考えてみた。自由の利かない身体なのだから、当然ストレスはあるだろう。

 一度手に取ったものを誤って落としてしまったときは、悔しそうな表情を浮かべる。
バランスを崩してわたしに支えられたときは、露骨に自尊心を踏みにじられたかのような態度をとる。

 何より忘れてならないのは、わたしとの関係性だ。
口喧嘩はおろか、喧嘩が長引くと一週間もの間、お互いに口をきかなくなる。

 わたしでさえ、そのストレスときたら並大抵ではないのだから、父親にとっては尚更であろう。

 考えてみれば、売り言葉に買い言葉のような幼稚な喧嘩が多い。
軽く受け流していれば、喧嘩に発展しなかったことも多分にあったのかも知れない。
つまり、私個人の問題点から直すよう心掛けた。

 次に運動不足についてだ。
以前に、これは認知症の症状?【ゴミ屋敷化をめぐる攻防劇】 でも触れたが、たまにガラクタ(父親にとっては宝物?)を拾ってきているのだから、雨が降らない限り、軽い散歩はしている筈だ。

 知り合いの女性に会えるといった不純な動機ではあるが、リハビリ施設にも通っている。
肥満体でもなく、むしろ痩せすぎの父親なのだから、運動不足については問題がなさそうだ。

 疲労についてはどうなのだろうか?
外出から帰ってくると「はぁ、疲れた……」と、必ず一言漏らす。

 年齢的な慢性疲労もあるのだろう。これについては、ストレスやリハビリとの兼ね合いもあるし、「外出しないで家で大人しく寝ていろ!」だなんて、とても言えない。

 こんな調子で、生活習慣についてあれこれと考えて、改善できる部分は改善し、次の診察に備えた。

 医師の前に立ったときの父親は、まるで借りてきた猫だ。
わたしの前で、いつもふんぞり返っているその姿からは想像もつかない。
先生という立場からくる威厳いげんさゆえか、委縮いしゅくしている様子が手に取るように分かる。

 ちなみに、父親は血圧計が大の苦手で、普段家では測らせてくれない。
ところが、医師の手にかかると、従順そのものである。
わたしは、はらわたが煮えくり返ってくるのを我慢して、測定を見守っていたのだが、医師からは意外な言葉が返ってきた。

「降圧剤を今よりも少し強いものにしましょうね。」

(後編)【脳梗塞再発の恐れ?】

 医師から、「降圧剤を今よりも少し強いものにしましょうね。」と、伝えられたとき、父親は深く、うんうんと頷いていた。いかにもそれが当然のことのように受け取るその姿は、わたしを逆上させた。

 「今日から嫌でも毎日血圧を測るからな!」
家の鍵を開けるなり、わたしは、久々に父親に向かって声を荒げてしまった。

 父親は、そんなわたしを尻目に、玄関先からそっぽを向いたまま、どこかに行ってしまった。
(まずい、やってしまった……)と、一瞬後悔したが、わたしは父親の後ろ姿も見送らず、家に入った。

 小一時間後、父親は帰って来たが、テーブルの上に置かれた血圧計を見るなり、しかめっ面をした。
 「さっき測ったから、今日はいい」
 「いや、だめだ」

 (医師を前にすると緊張をしてしまい、血圧が上がることもあるだろう)
そう考えたわたしは、決して一歩も引かなかった。
そしてその後、てんやわんや抵抗の末、何とか測定にこぎ着けた。

 結果は、―――高いままである。
寧ろ抵抗をしたせいか、診療所で測ったときよりもかなり高い。
わたしは、為す術を無くした。
(強い降圧剤とやらの効果を待つしかないのか……。)

 次の診療日、また次の診療日、数か月経っても血圧は下がらない。
血圧の平常値が生まれながら高い人間もいると、何かの本で知った。
(父親もきっと、そんなタイプの人間なのだ)わたしは、そう思い込もうとした。

 ただ、医師からは「再発の恐れがあります」と、言われた。脳梗塞の再発だ。
その言葉を聞いたときの父親もさすがに、身体を小さくして貧乏ゆすりを繰り返していた。

 状況が変わらぬまま半年が過ぎた。
いつもは夕食を父親の寝室に運び、早く退散するわたしなのだが、この日だけはそうする訳にいかなかった。提出をしなければならない書類があって、父親の印鑑を必要とした。

 父親には前々から話していたのだが、「あとで」「明日出す」と、言われ、わたしもまた大雑把な性格のせいか、ついつい提出期限の前日になってしまったのだ。

 「早く、ハンコを!」
 「あとだ」
 「だったら、鍵を貸してくれ!」
 深緑色のペンキが剥げ落ち、錆ついた、年代物の大きめな手提げ金庫に閉まってあるのを知っていたからだ。



 「わかった。その前に水!」
 「そこにあるじゃないか……。」
 「ぬるくて飲めない!」

 どうも様子がおかしいと思ったが、わたしは言う通り、水を交換しに行った。
そして戻ろうとしたそのとき、「うぎゃっ!」といった父親の奇妙な悲鳴を聞いた。
(まさか、急変かも?)

 わたしは急いで、父親のもとに駆け付けた。
そのときの、あたふたした父親の姿が今も忘れられない。
手提げ金庫の中が醤油だらけになっていて、それを焦りながらティッシュペーパーで拭き取っていたのだ。

 醤油は介護食に必要最低限だけ、かけて渡していた。
(つまり、隠し持っていたという訳だ)
他にも手提げ金庫の中から、振りかけるタイプの塩、七味唐辛子、胡椒、チューブのワサビと生姜が出てきた。

 確かに味気のない介護食に、ただの一度も文句を言わず食べていたのも不思議だったが、これで頷ける。
好きなだけ味を濃くして食べていたのだから、介護食も意味を成さない。

 この出来事をきっかけに、介護食だけに頼らず、わたしも炊事をするようになった。
醤油などの調味料も、父親の目の前でかけるようにした。

 「もっと!」「ダメだ!」「あと少し!」こんなせめぎ合いの毎日だ。
そんなある日、父親が溜息交じりに、ふと漏らした言葉が、わたしの印象に強く残った。

 「食い物も好きに食えなくなったら、何の為に生きているもんだか……。」


おわり

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あとがき【高齢者にとって本当の幸せとは何か?】

 例え寿命を削ってたとしても、好きなものを食べ、誰の制約も受けないで自由気ままに生きていくのと、寿命を延ばすためにあらゆる制約を受けて、自分を律しながら生きていくのとでは、どちらが幸せなのでしょうか?

 突然、そんな質問を投げかけられても困りますよね。
選択はあくまで、個人のものです。
しかし、周囲にいる人間は、それぞれの立場に立って物事を考えます。

 第一に考えてしまうのは、社会的責任でしょう。
社会的責任、つまり延命さえさせたら、その責任は完遂されたと世間一般は見るでしょう。

 時々、思うことがあります。
本当に父親のことを考えて面倒を見ているのか?と、いうことを。
そんな疑問を抱いた日のわたしは、

 醤油を少し多めにかけてあげます

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