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夢か現か幻か【記憶と現実の世界を行き来する老人!】修正版

老人介護をしながらでも楽しく暮らす方法
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はじめに【高齢者の睡眠問題について】

 朝に目が覚めて、夢のなかで起こっていたことを、あたかも現実世界の出来事かと錯覚してしまうってことが、誰にでも一度くらいあるのではないでしょうか。

 子供の頃は、良い夢なら「もう一度寝て続きを見よう」とまた布団に潜り込み、悪い夢なら「一時も早く忘れてしまおう」と飛び起きたりしました。

 夢とは本当に不思議なものです。
「なぜ人は夢を見るのか?」科学者にそう問うても「未だ解明されていないです。」そんな回答を貰うだけでしょう。

 高齢になると、疲れやすくなるせいなのか、寝床に入っている時間が長くなると言われています。とうぜん、うつらうつらとしている時間も増え、夢を見る回数も増えるようです。

 詳しくは、高齢者の睡眠【※厚生労働省e-ヘルスネットからの転用】をご覧になってください。

 わたしの父親も、夢と現実の区別がつかないことが多々あります。

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夢か現か幻か【記憶と現実の世界を行き来する老人!】修正版

(前編)【認知症?それかただの睡眠障害?】

【実体験エピソード】

 昨年の秋のことだったろうか、枯れ葉を押しつぶして歩いた記憶はあるから、多分間違いがないだろう。有料駐車場に車を停めて、しばらく歩いたような気がする。
あっ、そうだった。父親の記憶違いで道に迷ったのだ。

 この道に迷った日から遡ること数日前、父親がわたしに「次の休みのとき、連れて行って欲しいところがある」と、言ってきた。毎度のこと、父親がこの言葉を口に出すときは気を付けなければならない。

 極力、いぶかしげな表情を消すよう努めたわたしは、「どこに?」と、父親にたずねた。
 「○○市。昔の知り合いが亡くなった。香典を届けに行く」



 隣の市である。交通アクセスが不便だから、バスを乗り換えしながら一時間半もかかる。車なら有料自動車道を使えば三十分くらいだろう。
(わたしに頼むことも道理にかなっている)

 そう判断したわたしは、この週末、父親に付き添って隣の市に行くことにしたのである。

―――そして、道に迷った。

 「おかしいな、おかしいな」父親は馬鹿の一つ覚えのように、この言葉を繰り返すだけだった。駐車場に車を停めてから一時間近くもこうして、枯れ葉を踏みしめて、歩いていた。
父親の身体のこともあるから、五分も歩いたら休憩を挟んではいたが・・・



 「本当に連絡先も知らないのか?」ついに業を煮やしたわたしが、父親に言い放った。
 「知らねえ」父親はぶっきらぼうにそう言い返すだけである。

 「苗字くらい覚えてないのか?」
 「忘れた」
父親が故人について、連絡先どころか、その名前さえも憶えていない事実は、当日、隣の市に入ってから知った。

 「家を知ってるから大丈夫だ!」
 「大丈夫じゃないだろ、その家も忘れたくせに」
そのとき、ふたりの険悪な空気は、木枯らしのように寒々さむざむとしていた。

 (名前も憶えていない人間とどんな繋がりがあって、律義にも香典を持っていくのだろうか?)わたしは、またもや父親への猜疑心さいぎしんでいっぱいになった。
そして、「名前を思い出してからまた来よう」と、言った。

 けれども、父親は帰ろうとしない。
 「おかしいな、おかしいな」と、首をかしげながら相変わらず呟いている。
そのときのわたしの気持ちを単刀直入に言うと「とてもだが付き合いきれない」である。

 咄嗟とっさにその思いが行動に出てしまった。気付いたら父親のつえを奪っていたのだから。
当然、支えるものが無いと父親はバランスを崩す。

 よろけながらも手を差し伸べたわたしを拒絶し、よぼよぼと逆方向に歩いて行く。
(何が何でも探し出すつもりだ……。)わたしは、父親の強情さに呆れ果てるだけだった。



 それから、また一時間以上が経過した頃である。
疲れて果てて、公園のベンチに腰を下ろし、(これ以上もう一歩も動けないと)いった様子だった父親がいきなり「うわぁ~、ほい」と、素っ頓狂な声を張り上げて、一軒の家を指さした。

―――「あの家だ!」

 何度も行ったり来たりと、通り過ぎてきた家である。
父親は自慢げにあごを突き出して、鋭くしゃくった。「行くぞ!」といった意味である。

 むかつくにも、住宅地で声を荒げる訳にはいかない。わたしはぐっと怒りを飲み込こんで、父親の後ろに従った。

 「ごめんくださ~い」チャイムを押しながら父親は声を出した。横のわたしがびっくりするほどの大声である。
 「は~い」奥から男の人の太くて曇った声が聞こえた。

(後編)【記憶障害は認知症の症状?】

  陽射しはとうに傾いていた。
父親は玄関先に立ち、ときどき大きなくしゃみをして、唾を噴霧ふんむさせている。
目的の家からは声がしたものの、住人はなかなか出て来なかった。

 数分待ったあと、やっと人影が見えて、鍵を開ける音がした。
 「どちらさまですか?」玄関の戸をガラガラと横に滑らせながら、家の住人が言った。

 「○○市の○○です。この度は……」と、父親が言いかけたとき、「すみません、本当にどちらさまですか?」と、もう一度、その家の住人が繰り返した。

 父親を横目で見たが、どうも様子が変だ。目が泳いでいる。
わたしは、口を開こうとしない父親の代わりに、「これこれこんなわけで」と、この家の住人に来訪の理由を話した。

 住人は、「確かに父も母も亡くなっていますが、十年以上も昔のことです。」と、言った。



 その日の帰り道、父親は一度たりとも口を開かなかった。
 「きっと、家を間違えたんだよ。思い出したらまた連れていくから」
そう、言ってご機嫌を取ろうとしたが、「………。」無言のままである。

 いつも以上に歩いたこともあり、疲れもあっただろうが、それにしても訪問する前と後では明らかに別人のようだった。気が沈んでいるのが手に取るように分かる。
(家を間違えただけで、こんなにも気落ちするだろうか?)

 父親はときどき、窓の外の景色を見ながら大きな溜息をついたり、ブルブルっと身体を震わせたりしていた。

 その日を境に父親は、わたしと口を利かなくなった。意思疎通の方法は首を縦に振るか横に振るかだけである。父親に対し、(何か気の障ることを言っただろうか?)と、何度考えてもみても思い当たる節がない。

 散歩やリハビリに行く回数も減っていった。
どことなく、人と会うことさえも避けているような気がした。
昼寝の時間も長くなり、一日の大半を布団の中で過ごすようになっていった。



 風邪などの体調不良で寝込んだことはある。
しかし、食事も普通にっているし、健康上の問題はなさそうなのに、布団にこもりっきりというのは、に落ちなかった。

 そうそう、以前に人間関係が原因で引きこもり状態になったこともあるが、あのときはテレビを見ていたり、家の中では至って普通に過ごしていたものだ。
「具合が悪いのか?」と、声掛けをしても、首を横に振るだけである。

 高齢者コミュニティーでの人間模様(前編)【引きこもり】

 そんな日々を過ごしているとき、わたしの “ 何気なく言った言葉 ” に父親は反応した。
 「知り合いの不幸があった家、そろそろ思い出したかい?」
 「…………。」最初はだんまりだったが、そのうち何やら、もごもごといった喋り声が聞こえてきた。

 父親の枕元に耳を近づけてみた。
 「……てた」良く聞こえない。もっと近づけてみる。「…きてた」分からない。
もう一度耳を澄ます。

 「生きてた……」

 わたしは、「生きてた……」とは、一体なにを意味するのか、咄嗟とっさに理解ができなかった。
だから、「誰が?」と、聞き直した。

 「生きてた……」父親はまた同じ言葉を繰り返した。
そして、続けて「○○が……」と、男の名を言った。

 それから根気強く、ゆっくりと、父親に訊ねた。
そのうち物事の真相が、おぼろげに輪郭りんかくを表し始めてきた。



 父親の言葉を、ひとつひとつ、パズルのように繋ぎ合わせていくと、こんなところである。先ず、結論から言うと、父親の訪問した家は、間違いなく昔の知り合いの家だったということだ。

 そして、「生きてた」とは、玄関先で対応に出た、知り合いの息子を見て、故人と錯覚していたのだろう。とは言っても、その知り合いは十年以上も前に亡くなっている。

 ここからは、わたしの推測の枠を出ないが、父親はかつての知り合いが亡くなった夢を見たのだろう。そして、過去の記憶が現実の世界と織り交ぜになり、香典を持って行くといった行動を引き起こしたのだと思う。

 そしてあの日、知り合いと瓜二つの息子を見て、その知り合いが生きていたと思い込んでしまったのだ。
父親からすれば、まるで幽霊でも見たかのような思いだったに違いない。

 その後、父親がどうなったかを書いて終わろうと思う。
日を追うごとに、父親の記憶から亡くなっていた知人の記憶が消えていった。

 わたしが父親の落ち込み具合を心配して、真実を悟らせるには遺影に向き合わせるべきだと思い「もう一度行って線香を上げてこようか?」と、言ったときである。
返ってきた言葉がこれだった。

 「誰か死んだのか?」


 おわり


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あとがき【高齢者の記憶違いを否定しない!】

 あとから専門家に相談したところ、父親の症状は「記憶障害」の一種であり、完全に「認知症」の症状だと言われました。また、「睡眠障害」は服用する薬の影響もあるだろうとのことでした。

睡眠障害について詳しくは
   高齢者の睡眠【※厚生労働省e-ヘルスネットからの転用】をどうぞ。

 この一件から、わたしが学んだことは、高齢者の記憶違いを完全否定するのは良くないということです。考えてみれば、わたしが「家を間違えた」と決め込んでしまったことが、父親の心を閉ざす要因になったのだと、反省しています。

本当に毎日が勉強ですね。そして、共に焦らず頑張りましょう。

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