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禁煙社会を受け入れる中年とマスクを拒む少年

限られた時間の中でのスローライフ
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はじめに【小説を読むだけの時間】

 以前にも紹介しましたが、『人間失格おじさん』の趣味のひとつは読書です。
とは言うものの、寝落ち前の数十分や隙間時間にペラペラとページをめくる程度じゃ、どうしても物語が先に進みません。

 (あれ、どんな内容だったっけ?)とか、(こんな登場人物がいたっけ?)みたい感じで、進むどころか、行ったり来たりして、挙句の果てにはまた、最初に舞い戻ってしまうなんてことも、ざらにあります。

 言ってしまえば小さな悩みのように聞こえるかも知れませんが、本人にとっては重要なことなのです。
―――現実逃避の手段なのですから。

 そんな理由で、あえて小説を読むだけの時間を作るため、街に出かけて見ました。

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禁煙社会を受け入れる中年とマスクを拒む少年

 歩道に落ちた街路樹の影を辿るようにして、わたしは目的地に向かった。
季節の移ろいは早い。つい最近まで梅雨真っ只中だと思っていたのに、陽射しが真夏本来のものに変わっていたからだ。

 人波は普段の休日と然程さほど変わらない。
変わっていることと言えば、人々の大半がマスクで顔半分を覆っているということだけだ。
慣れとは恐ろしい。今やその姿が当たり前のように受け入れられている。

 言い忘れていたが目的地は、昭和風の名残を今に残した喫茶店である。
父親の面倒をみる前までは、随分と通っていたものだ。
マスターが愛煙家ということもあって、わたしも含めた喫煙者たちにとっては、オアシスのような場所である。

 ドアを開けると、カウベルの鈍い音が鳴った。
「いらっしゃい」と、マスターの低い地鳴りのような声が聞こえてくると思いきや、「いらっしゃいませ」と、甲高い女性の声が紙マスクを通して、聞こえてきた。

 とりあえず席に着いてアイスコーヒーを頼み、どれどれと煙草を口に咥えようとしたときだ。
テーブルの上に灰皿が置かれていないことに気が付いた。

 (まさか……。)と、思いつつ店内を見回してみると、この喫茶店の象徴とも言えるアンティークな柱時計の横に、店内禁煙の文字とマークが、赤く、そして力強く、自己主張していたのだ。

 喉が渇いていたのか、アイスコーヒーは、三口、四口で飲み干した。
そして、ものの五分程度も座っていただろうか、足早に店をあとにした。

 喫煙所を探そうと街を彷徨さまよっていると、何人かがすれ違いざまにわたしを睨みつけてくる。
「あっ……。」(喫茶店でマスクを外したままだった。)
煙草を吸いたいがため、無意識のうち外に出てしまっていたのだ。



 「それにしても、世知辛せちがらい世の中になってしまったものだ。」
わたしは、年寄臭い独り言を呟いた。

 喫煙所が見当たらないのは想定内だとして、誰にも気兼ねなく、堂々と煙草が吸えそうな喫茶店も近くには無かった。

 結局、コンビニで携帯用灰皿を買い、児童公園のベンチに腰を下ろし、人目を憚りながら煙草に火をつけた。砂場で無邪気に遊ぶ子供たちの風上にならないように。

 その場所で一応小説を開いてみたが、陽射しが紙に溶け込んで、文字が霞んだ。
たった数年間で世の中は目まぐるしく変わる。当然、わたしの置かれた状況も変わった。
変わらないのは、マスクこそしているが、屈託のない子供たちの笑い声ばかりだ。

 「こら~、きちんとマスクをしなさい」
木陰の中から、子供を注意する母親の声が聞こえる。
 「だって、苦しいんだも~ん」
幼稚園児くらいの男の子が滑り台を滑らずに、駆け下りながらそう言い返した。

 すかさず母親は男の子に近づいてきて、力尽くでマスクを元の位置を戻す。
男の子も負けていない。離れると直ぐにマスクをずらす。
 「ちょっと、言うことを聞きなさ~い」
 「へへへっ」
まるで、鬼ごっこのようだ。

 煙草は吸えたものの、とてもだが、小説を読む気分になれない。
エアコンの効いた快適な空間で、誰にも気兼ねせず、思う存分煙を吐き出しながら、ゆっくりと読書を楽しみたいといったわたしの目論見は外れた。

 さて帰ろうかとベンチから腰を上げたとき、男の子が母親に向かって驚くべき言葉を投げかけた。
 「そんなに僕を縛り付けたいのかっ!」
あくまで親子のじゃれ合いのなかで発された言葉である。

 「ルールは守らなきゃ、い・け・な・い・の」
母親はさとすように男の子に言った。
 「へっ、住みにくい世の中になったもんだぜ!あはは」

 父親なのか、それとも祖父なのか、いずれにしてもきっと誰かの受け売りの言葉だろう。
この男の子のように、思ったことを素直に口に出して抵抗出来たらどんなに楽なことか。と、わたしは思った。

 と、同時に、わたしにできる抵抗とは、せいぜい、加熱式煙草に変えて人前で吸ってやるくらいか。と、自分の情けなさも痛感した。
親子の鬼ごっこは飽きもせず続けられている。


おわり

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あとがき【ひとへの寛容さを忘れずに】

 このまま喫煙者は社会から抹殺されてしまうのか?ときどき、そんな恐怖すら感じます。
マスクを外しただけで睨み付けてくる人間にも、正直怖気づいてしまいます。

 社会は集団によって成り立っています。ですから、モラルやマナーは当然守るべきです。

 けれども、ひとりひとりが、ほんの少しでも、ひとに対し寛容な心をもって接していけたなら、もっとこの世の中は住みやすくなるのでしょうね。
なんて、わたしは考えてしまいます。

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