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高齢者の遠い記憶(妄想)【それは真実?虚偽なのか?】

老人介護をしながらでも楽しく暮らす方法
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はじめに【海・さざ波(ripple)と、荒れ狂う海(Raging sea)】

 米国で小さな子供でも知っている早口言葉に“She sells sea shells by the seashore”(彼女は海岸で、貝殻を売っている)というものがあります。
さざ波(ripple)がさざめく浜辺で、麦わら帽子をかぶっている少女がぼんやり店番をしているようなのどかな光景が目に浮かぶものです。

 しかし、海は急変します。東日本大震災のような津波はまれにだとしても、毎年のように日本列島を台風が直撃し、その被害は甚大なものとなります。
台風一過の早朝に海に出てみると、浜辺の木々が根こそぎ倒されていて、暴風雨で荒れ狂う海(Raging sea)のすさまじさを想起させられたものです。

 なぜ英語を交えながら、海について話しているかと言うと、父親が急にぼそりと、「漁師だった頃、アメリカ人の彼女がいた」と話したからです。

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高齢者の遠い記憶(妄想)【それは真実?虚偽なのか?】

【実体験エピソード】
 
 日に日に、耳が遠くなってきているから仕方がないと言えば仕方のないことだが、父親がテレビを見るときの音量は、外のサイレン音が聞こえなくなるくらい大きい。
歌番組に演歌歌手が出演しているときなんかは、カラオケスナック並みの音量だ。

 隣近所の迷惑にはなっていないか、いつもびくびくしている。
運悪く住人と顔を合わせたときは、常に低姿勢さを見せて(なにごとも穏便おんびんに)という具合だ。

 ちなみにイヤホンは持っている。しかし余程嫌いらしく、「壊れている」と誰にでも分かるような嘘をついてまで、絶対に付けない。
この日の父親も、いつもと同じように大音量でテレビを見ていた。食い入るように。

 「明日病院だから、朝の九時に迎えに来るからな!」
わたしがそう言っても反応がない。「お~い!」声をかけても知らんぷり。
視界に入っている筈なのに、テレビに見入っているときはいつもそんな感じだ。

 そんなときわたしはテレビを消す。やむを得ない手段だと思う。
当然、父親は怒る。けれどもそれが普段通りのやり取りなのだから、このときも通常営業の如く、リモコンを取り上げて、スイッチを切った。

 (さあ、こい。怒れ)そう思いながらもう一度、「明日病院だから、朝の九時に迎えに来るぞ!」と、大声で伝えた。
ところが、父親の反応が変なのである。

 「リモコン、リモコン」と、言いながらすがるようにわたしを見上げた。
 「病院の件、分かったか!」そう言ってもう一度釘を刺したが、「うん、リモコン」と、それだけしか言わない。

 拍子抜けもしたが、父親の態度がどうも妙である。
わたしがリモコンを渡すと、それを奪い取り、勢い良くまたテレビを付けた。
そして、テレビを抱けるほどの距離にまで近づいて、その番組をガン見していた。

 (そこまで夢中になるなんて、一体なんの番組を見ているのだろう?)
それは、日本に憧れを持つ外国人を、日本に招待するといった内容の番組だった。
企画の主人公は、青い瞳を持つ二十代前半のキュートなアメリカ人女性である。

 「こんな番組を見て珍しいな?」と、わたしが半分ひとり言を言ったときだった。
ぼそりと、先に述べたように、
―――「漁師だった頃、アメリカ人の彼女がいた」と言った。



 父親が漁師をしていたのは知っている。
まだわたしが幼い頃、たまに知らないおじさんが家にいて、そのおじさんこそが父親だった。その後、そのおじさんは姿を見せなくなった。つまり、別の家族を選んだという訳だ。

 それにしても、(アメリカ人の彼女だなんて本当だろうか?)はなはだ疑わしい。
またしても、夢と現実との区別がつかなくなっているのかも知れない。
そう考えたわたしは、父親の “ アメリカ人の彼女発言 ” に対し、無反応でいた。

 それが気に食わなかったらしい。
「嘘だと思っているだろ!」テレビの大音量に勝らずとも劣らずの大声で、わたしに怒りをぶつけてきた。そして続けざまに「見ていろよ!」と、言った。
翌日の病院への付き添いのとき、最悪の空気だったことは言うまでもあるまい。

 その頃を境に、父親はしきりと漁師だった昔を懐かしむ発言が増えていった。
とは言うものの、わたしには到底信じられないような内容ばかりの発言だ。

 ある日は「ひとりで300キロのまぐろを釣り上げた。」またある日は、「船が転覆して、海で一晩中泳ぎ続けて助けられた。」しまいには「サメに食われそうになったけど、睨んだら逃げて行った」と、こうである。

 ここまで言われると、逆に清々しい。
全てが空想の世界のはなしなのだと、割り切って聞ける。
“ アメリカ人の彼女発言 ” もその類いなのだろうと、わたしは思った。

―――ところがである。
な、な、なんと……、どこから探し出して来たのやら、父親が一枚の古い白黒写真を手にしていたのだから、びっくり仰天どころのはなしじゃない。
父親は自慢げにその写真をわたしに見せた。

 お世辞にもテレビで見たような綺麗な女性とは言い難い。そばかすだらけだ。横幅も広い。でも、確かに青い瞳を持った女性だった。
「ちゃんとした名前は忘れたけどメイと呼んでた」

 もはや、言葉が出ない。
父親の言うことの(なにが真実でなにが虚偽であるのか……。)
そして無言のわたしに対し、父親は再び口を開いた。

 「メイは性格が荒すぎて、結局海に逃げた。はっ、はっ、は」


おわり

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あとがき【海・気まぐれな(capricious)話し!】

 「老人と海」でヘミングウェイが海のことを「彼女は」と呼んだように、名詞に性の区別がない英語でも海は女性として扱われることが多いようです。

 台風も以前はキャサリン、ジェーン等の女性名が毎回使われた時期がありました。

 わたしには、台風も海も、その気まぐれさ(capriciousness)が女性と共通しているからではないかと思われます。

 けれども同時に、父親にとっての海とは、懐かしい(I miss)な存在なのでしょう。
青い瞳の女性とともに。

 高齢者の睡眠【※厚生労働省e-ヘルスネットからの転用】

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