スポンサーリンク

前略・紅葉狩りにて(後編)【渓谷を眺めながらの告白】

限られた時間の中でのスローライフ
スポンサーリンク

前略・紅葉狩りにて(後編)【渓谷を眺めながらの告白】

 前略・紅葉狩りにて(前編)【車椅子の老夫婦との出逢い】のつづきです。

 紅葉もひと際、色濃くなっていった。遊歩道は銀杏の葉が敷き詰められていて、まるで黄色い絨毯の上を進むかのようだ。そんな景色を眺めながら、老夫婦の奥さんが旦那さんに「今年も来れて良かったね」と、しみじみ言った。旦那さんのほうは、うんうんと無言で頷く。

 続けてわたしに向かって「毎年来ているのですよ。ここは遊歩道の整備が充実しているでしょ。車椅子の人間にとっては本当に有難いことです」。と、言った。そして旦那さんの手を優しく二度三度と撫でながら「お父さん、来年も必ず来ようね」と、付け加えた。

 旦那さんのほうは奥さんに何も言わない。少し物思いにふけっているようだった。
そうして無言のまま歩いていたら、休み処の看板が見えた。奥さんは「ここで休みましょう」と、言った。旦那さんはわたしに「疲れたでしょう。ありがとうございます」と、ねぎらいの言葉をかけてくれた。

 日常生活で心のこもった労いの言葉をかけてもらうことは少ない。とても有難かった。もしかしたらこの言葉こそ、わたしが真に求めていたものではあるまいか。そう実感した。

 休み処からは、小さな細い滝が見える。老婦人の奥さんはわたしの手から車椅子のハンドルを受け取ると、滝の見える位置へと旦那さんを導き、リュックをよっこらしょっ、と椅子の上に下ろした。そしてそのリュックから、保温性能のある銀色のポットと茶色い紙袋を取り出した。

 紙袋の中には、お握りとお新香が入っていて、わたしにもそれを(すす)めてくれた。気が付くと目の前に紙コップが置かれ、すでにお茶が注がれている。少し小腹が空いていたせいか、わたしは遠慮なくそれを頂いた。



 そして、奥さんは旦那さんにお握りを半分に割って手渡した。真っ赤な梅干しが見えた。わたしも同じものを食べていたのだからそれには驚かない。それよりも老夫婦の目の前に垂れ下がった楓の葉の色と同じ色だったから目を奪われたのだ。

 無言の時間が暫し続いた。奥さんは旦那さんの乗る車椅子の横に、ちょこんとしゃがみ込んでいた。ふたりの肩に木漏れ日が落ちている。少しすると老夫婦はわたしのほうを振り返り、揃って「ここまでで良いですよ。ありがとうございました。」と、言った。

 老夫婦から「ここまでで良い」と言われたとき、なんだか複雑な気持ちになった。それは寂しさなのか、それとも好意を踏みにじられたと感じた屈辱なのか、いずれとも判断がつかない。単に人恋しかったのだろうか。

 わたしとしては最後まで同行するつもりだった。
だから、老夫婦の言葉、多分わたしのことを(おもんばか)っての言葉にも「気にしないで下さい!」と、強く食い下がってしまった。こんな自分も珍しい。意外だった。
(もしかしたら、子供の頃に離れ離れになった両親の背中をこの老夫婦に重ねていたのかもしれない)

 「でも……」と、奥さんが言いかけたとき、旦那さんが小さなかすれ声で「お母さん、いいよいいよ」と、さえぎり「実はここに来る訳は遠い昔に亡くなった倅への供養でもありまして……」「お父さん!」奥さんは必死で旦那さんの言葉を止めようとした。

 それでも旦那さんは言葉を続けた。
「どうしても、色々と思い出してしまうのですよ。これも(奥さんのこと)きっと同じでしょう。わたし達が沈んでいたら迷惑でしょう。せっかくの紅葉見物も……」。

 いつものわたしなら多分、素直にその場を立ち去っていただろう。他人の事情に足を踏み入れるのは苦手だ。ドアをノックすることさえも(はばか)られる。けれどもどうしてだろう。身体が拒むのだ。気が付くと、「お願いします。僕が一緒に行きたいんです」。と、口走っていた。

―――道すがら、老夫婦はお互いの言葉足らずな部分を補いながら、わたしにその半生を語ってくれた。

 この老夫婦にとってたった一人の、かけがいのない息子さんが大学生のとき、悲劇が起きたのだと言う。夏休みを利用して運転免許を取った息子さんは、お父さん、つまりは車椅子に乗る旦那さんの自家用車を借りて、友人とふたりで紅葉を見に出かけたらしい。



 その途中で事故を起こし、友達とふたり揃って亡くなったと言うのだ。それで、息子さんが結局見れなかった景色を老夫婦は毎年、代わりに見に来ていると語った。
「倅は別として○○君のことが、あっ、同乗していた友達のことです。彼の家族にはどんなに償っても償いきれません」。

 息子さんを亡くしたあとは、「夫婦仲も悪くなったよ。何年もこれとは口も聞かなかった」。と、旦那さんはそんなことまで自虐的に話していた。奥さんもまた「わたしも離婚ばかり考えていましたよ」。なんて、やり返している。場の空気が重くならないよう、わたしに気を使っていたのだろう。

 「でもね、このとおり身体を壊してからは、お母さんに迷惑をかけっぱなしで……」。
 「なにを言ってるんですかお父さん」。
 「感謝しているんだよ」。
 「はいはい、分かってますよ」。

 (度重なる苦難を共に乗り越えてきた夫婦とはこのようなものか)胸が熱くなった。
あっという間にときは流れた。老夫婦と別れるとき、「近くに来たら遊びにおいで」と、連絡先を渡してくれた。

 乗車してから窓ガラスを空けて、旦那さんがこんなことも言った。
 「あとどのくらい生きられるか分かりませんから、生きているうちに、また会いましょう」。
運転席に座る奥さんは、その言葉と同時にわたしから顔を背けて、アクセルペダルを踏んだ。


おわり

スポンサーリンク

あとがき【老夫婦への感謝】

 人間には色んな人生があるものです。お天道様の下、人に後ろ指を指されないよう、真っ正直な人生を歩んでいたとしても、たったひとつの出来事で、闇夜の中に突き落とされてしまいます。

 この老夫婦にとっての救いは、ふたりで手を携えて生きてこられたことでしょう。
誰かの支え ” なしじゃ結局は生きていけません。金や地位、名誉なんかより、ずっとずっと大切なものを、この老夫婦から教えられたような気がします。

 正直、紅葉よりも美しいものを見ました。感謝しかないです。わたしの心も洗われました。逆に、車椅子を押させてくれてありがとうございました。

スポンサーリンク

前略・紅葉狩りにて 外伝

 ついつい、父親のことが置き去りになっていた。
わたしが紅葉散策から帰ったとき、父親は既に帰っていて、居間で相撲中継を見ていた。六時過ぎに迎えに行く予定だったからやけに早い帰宅だ。

 父親に「どうした?」と、聞いたら「面白くないからタクシーで帰って来た」という事だった。「あんなに楽しみにしていたのに残念だな」と、わたしが言うと「ふんっ、訳の分からない、俳句だか何だか初めて」そう言って一枚の短冊をわたしに寄越した。

 俳句ではなく和歌だった。その文字には見覚えがある。デイサービスの廊下に貼られていた “ 黄葉 ” の和歌の筆跡者だった。つまり、八十八歳にして和歌を詠み、立派な文字を書いているのだ。この日、わたしは出逢った老夫婦の姿、そして八十八歳の歌詠み、ふたつのことに感動をした。

 その感動を父親に話したとしても分かるまい。代わって父親には違うことを言った。
 「どこか行きたいところはないか?たまには連れて行くけど」。

 わたしの言葉を聞いた父親は即座に、
 「気持ち悪いな。おっかない、おっかない」。
と、言いながら、そそくさと寝室へ逃げ込んで行った。


コメント

タイトルとURLをコピーしました