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木下順二『夕鶴』あらすじと解説【資本主義経済への疑問!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【民話『鶴の恩返し』について】

 『鶴の恩返し』―――誰もが知っている有名な民話ですが、一般的な内容は次のとおりです。

 昔々、貧しい老夫婦がいました。冬のある日、おじいさんが、猟師の(わな)にかかった一羽の鶴を助けます。するとその夜、老夫婦のところへ美しい娘がやって来て、「道に迷ったので一晩泊めて欲しい」と言います。老夫婦はそんな娘を(こころよ)く家に入れます。

 家に留まっている間、甲斐甲斐(かいがい)しく老夫婦の世話をした娘は、「いっそあなた方の娘にして下さい。」と言います。老夫婦は喜んで承知し、家族になった三人は楽しい日々を過ごします。そんなある日、娘が、「布を織りたいので糸を買ってきて欲しい。」とおじいさんに頼みます。

 糸を買って帰って来ると娘は、「絶対に中を覗かないで下さい。」と老夫婦に言い渡して、三日三晩部屋にこもり、一反(いったん)の布を織り終わります。その布はたちまち大評判となり、高値で売れます。二枚目の布を織り終わると、益々高値で売れ、老夫婦は裕福になります。

 そして娘が三枚目の布を織り始めると、好奇心に駆られたおばあさんが、部屋の中を覗いてしまいます。するとそこに娘の姿はなく、一羽の鶴が、自分の羽を糸の間に織り込んで、布を作っていたのでした。

 驚く老夫婦の前に娘が姿を現し、「自分は助けてもらった鶴です。」と告白し、娘は再び鶴へと姿を変え、空へと飛び立って行ってしまいます。

 と、このような内容ですが、類似する物語に『鶴女房』というものもあります。今回はこの『鶴女房』を素材とした木下順二の戯曲『夕鶴』をご紹介します。

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木下順二『夕鶴』あらすじと解説【資本主義経済への疑問!】

木下順二(きのしたじゅんじ)とは?

 木下順二は、昭和から平成時代にかけて活躍した劇作家・評論家です。(1914~2006)
木下順二は、大正3(1914)年8月2日、東京都本郷区(現・東京都文京区本郷)に生まれます。

 旧制熊本中学(現・熊本県立熊本高等学校)を経て第五高等学校へと進学し、熊本県で過ごします。昭和11(1936)年、東京帝国大学文学部英文学科に入学します。昭和14(1939)年、東京帝国大学文学部英文学科を卒業し、大学院に進みます。

 第二次世界大戦後、明治大学の講師をするかたわら劇団「ぶどうの会」を結成し、日本の民話を素材にした戯曲を書き始めます。昭和21(1946)年、『二十二夜待ち』や『(ひこ)(いち)ばなし』などを発表します。

 昭和24(1949)年、『夕鶴』により毎日演劇賞を受けます。その後、明治大学文学部の教授になった木下は、昭和、平成と積極的に戯曲を書き続けます。平成18(2006)年10月30日、肺炎により死去します。(没年齢・92歳)

   木下順二

戯曲『夕鶴』(ゆうづる)について

 戯曲『夕鶴』は、昭和18(1943)年に『鶴女房』という題名で書かれ、昭和23(1948)年に『夕鶴』として書き直されます。そして翌昭和24(1949)年、雑誌『婦人公論』1月号に掲載されます。

 同年10月、「ぶどうの会」が初演し、昭和60(1985)年4月まで1024回上演されます。新潟県佐渡郡相川町北片辺(現・佐渡市)に伝わる民話『鶴女房』(内容は民話『鶴の恩返し』)をもとに創作されています。

『夕鶴』あらすじ(ネタバレ注意!)

登場人物 ・与ひょう(よひょう)
     ・つう
     ・運ず(うんず)
     ・惣ど(そうど)
     ・子どもたち

 子供たちが外で、「おばさん、おばさん、うた(うと)うてけれ、おばさん、おばさん、遊んでけれ。」とわらべ唄を歌っています。与ひょうは外に出て、「つうはおらんでよ。」と言い、つうの代わりに子供たちと雪投げをして遊びました。

 すると奥からつうが出て来ます。与ひょうが、「どこさ行ってた?」と聞くと、つうは、「ちょっと」と言い、ごはんの支度(したく)を始めました。その様子を惣どと運ずが見ています。惣どが、「あの女が与ひょうの女房か?」と聞くと、運ずは、「そうだ。与ひょうはあの女房のおかげで大金儲けだ。」と言いました。

 運ずの話すところによると、女房が織った布を与ひょうが町へ持って行き、十両で取り引きしていると言うのです。その布は(せん)羽織(ばおり)と言って、生きている鶴の羽根を千枚抜いて織り上げた珍しい織物で、百両以上の価値があったのでした。

 惣どは運ずに、「ある村人が山の池のところを通ったら、女が一人水際(みずぎわ)に立っていて、すうっと水の中に入ったところを見ると鶴になっとったげな……。そうして(しばら)く水の中で遊んでから、またもとの女になって、すうっと戻って行ったちゅうが……。」と噂話を教えます。

 それを聞いた運ずは、「お、おい、ならあの女房が、つ、鶴……。」と驚きます。しかし惣どは、「そげなばかな話が……。とにかく与ひょうを抱きこんで、どんどん布を織らせるこったぞ。」と話したのでした。そんなところに与ひょうが帰って来ます。

 惣どは与ひょうに、「いくらでも儲けさせてやるから、もっと布を織らせろ。」と持ちかけます。けれども与ひょうは、「布を織るたびにつうが痩せるでよ。」と言って断りました。惣どは与ひょうに、「なに、痩せる?……おい、いつか鶴をどうにかしたことはなかろうか?」と訊ねます。

 すると与ひょうは、「鶴か?鶴なら、いつだったか矢を()うて苦しんどったけに、抜いてやったことがあるわ。」と話しました。惣どは運ずに、「ひょっとすると本物だぞ。」と小声で言いました。

 そして与ひょうに、「都に持って行って何百両も儲けさせてやるで、織らせてみんか?女房も喜ぶにきまっとるが。その上に都見物までさしてやるだぞ。」と、説得をし続けたのでした。

 家に帰った与ひょうはつうに、「怒らんか?」と言い、「都さ行ってどっさり金儲けて来るだ。おら、またあの布が欲しいんだけんど……。」と話します。つうは、「あの布はもうおしまいだって、あれほど固く約束したのに……。」と独り言のように言いました。

 そしてつうは、「今のあの人たちね?あの人たちがあんたをだんだん向こうへ引っぱって行ってしまう……おかね……おかね……どうしてそんなにほしいのかしら……」と言います。与ひょうは、「そら、金があれば、何でもええもんを買うだ。」と言いました。

 その言葉につうは、「かう?いいもんってなに?あたしのほかに何がほしいの?あたしよりもお金が好きなの?都が好きなの?え?」と与ひょうに訊ねます。そんなつうに与ひょうは、「そげなつうは好かん。布を織れ。都さ行ぐだ。金儲けて来るだ。」と冷たく言い放ったのでした。

 つうは思います。(ああ、だんだんあんたが遠くなってく。……ああ、どうしたらいいの?与ひょうを引っぱるのをやめて。どうぞお願い、お願いします。)

 その夜、つうは考えました。(布を売っておかねを……そうしなければあんたはもうあたしの(そば)にいてくれないのね?……もう一度、もう一枚だけあの布を織ってあげるわ。それでゆるしてね。だってそれを越したらあたしは死んでしまうかもしれないもの……。)

 与ひょうを揺り起こしたつうは、「もう一枚だけ織ってあげる。」と告げます。喜んだ与ひょうは、「おら、仰山(ぎょうさん)儲けて帰って来る。」と言います。そしてつうは与ひょうに、いつもの約束を迫りました。「(はた)を織っているところを決してのぞいて見ないこと。ね?」

 機織機(はたおりき)の音が聞こえだすと惣どと運ずがやって来て、機屋の中をのぞこうとします。与ひょうがそれを止めようとすると、惣どが、「織っとるところを見にゃ、ほんものの千羽織かどうか……」と言い、与ひょうの制止も聞かずに中をのぞいてしまいました。

 惣どが運ずに、「おい、見てみい。鶴だ。鶴が機を織ってる。」と言います。それを聞いた運ずは、「鶴だ。女房がおらんで鶴がいる。自分の羽根をくわえて織っとる。」と返します。惣どは、「これでいよいよ間違いなしだ。」と言い、運ずを引っぱって去って行きました。

 その様子を見ていた与ひょうは好奇心に駆られます。(鶴がおるんか?はあ、見たいのう。いかん、つうに怒られる。おい、つうよ。ちょっと見るでよ。つうがおらん……鶴が一羽いるだけだ。おい、つうよ……つうがおらん……)動揺した与ひょうはつうを探しに外へと出て行ってしまいました。

 雪の中に倒れていた与ひょうを助けた惣どと運ずが、与ひょうを介抱しています。けれども与ひょうは、「つうよう……つうよう……」とうわ言を繰り返すだけでした。そんな時、機の音が止みます。惣どと運ずは慌てて外の物陰に隠れました。

 つうは与ひょうを揺り起こします。気がついた与ひょうは、「つうよ、どこさ行ってただ。つうよ。おら、つうがおらんもんで……。」と言いました。そんな与ひょうにつうは、「永く待たせてごめんね。さあ、布が織れたよ。二枚あるわ。」と言います。

 喜ぶ与ひょうにつうは、「あんた……見てしまったのね。あれほど固く約束しておいたのに……。」と涙を流しながら言いました。与ひょうは、「何だ?何で泣くだ?」と動揺しながら、「なあ、つうよ、いっしょに都さ行こう。」と言います。

 そんな与ひょうにつうは、「ううん、あたしはこんなに痩せてしまったわ。……使えるだけの羽根をみんな使ってしまったの。与ひょう、あたしを忘れないでね。さよなら……。」と言いました。

 動転した与ひょうは、「おい待て、おらも行くだ。おい、つう……。」と追いすがります。けれどもつうは、「だめよ。あたしはもう人間の姿をしていることができないの。またもとの空へ、たった一人で帰って行かなきゃならないのよ。……さよなら……。」と言い残すと消えてしまったのでした。

 「おい、つうよう……」と言いながら外へと出る与ひょうを、惣どと運ずが抱きとめます。そんな中、「おばさん、唄うてけれ。おばさん、遊んでけれ。」と子供たちが駆け寄って来ました。そして子供の一人が、「あ、鶴だ、鶴が飛んでる。」と空を指さします。

 惣どは、「のう、二枚織れたちゅうはありがたいこってねえけ。」と言い、与ひょうの手から布を取ろうとしました。けれども与ひょうはその布を決して離そうとせず、「つう……つう……」とつぶやきながら、ただ立ちつくすだけでした。

『夕鶴』【解説と個人的な解釈】

 戯曲『夕鶴』では、物欲にまみれた与ひょうたち人間の世界、そして、つう(鶴)たちが暮らす自然界という純粋な世界と、二つの世界が対比的に描かれています。とは言うものの、与ひょうは当初純粋な優しい心を持っていたと思われます。

 そんな与ひょうにつうは惹かれ、恩返しをしようとしたに違いありません。けれどもこの布を織るという恩返しが逆効果になります。惣どや運ずのような物欲にまみれた人間との交流も与ひょうの眠っていた物欲に拍車をかけます。

 結果的につうは、最後の力を振り絞り、与ひょうに二枚の布を残して去って行くわけですが、この戯曲には明らかに “ 資本主義経済への疑問 ” を読み取ることができます。戦後、資本主義の荒波が一気に押し寄せていたことでしょう。

 と同時に価値観の違う者同士の相容れることのできない “ ことばの断絶 ” というものもテーマにとしていたことを作者・木下が自身の口で語っています。

この作品の最初の形を私が書いたころ、それは太平洋戦争の始まる直前か始まってすぐの頃だったが、私はだんだん孤独になって行く自分というものを感じていた。非常時下、戦時体制のなかで、だんだん親しい友人とさえ、本当に心をゆるして話しあうということが必ずしもできなくなってきていた。つまり自分の「世界」と他人の「世界」との断絶を私は感じていた。
(『木下順二集』1より)

戦争中の、ことばの断絶ということが思い出された。理解してくれていると思っていた友人に漏らした戦争非協力のちょっとしたことばの故に、いつ警察に引っぱられるかという不安にさらされることが、必ずしも稀ではなかった。戦争に関する相手の考えがいつの間にか変っていて、こちらのいうことばが、意外にも全く理解してもらえないというケースにぶつかることが間々あった。
(『木下順二集』1より)

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あとがき【『夕鶴』の感想を交えて】

 民話の『鶴の恩返し』では夫婦間(家族間)の信頼関係の大切さを主題として描かれていますが、木下順二の戯曲『夕鶴』では物欲(金)にまみれた人間社会の醜い部分をよりクローズアップさせて描いています。

 欲望―――人間が生きてゆく上でそれは必要不可欠なものかも知れません……。
けれども行き過ぎた欲望は結果として人を奈落の底に突き落とすこともあります。

 演劇としての『夕鶴』は観たことがありませんが、活字でこの戯曲を読むと、人間にとって本当に何が大切か?ということを考えさせてくれます。やはり与ひょうにとって、つうは金には代えることのできない大切な宝物だったのでしょう。

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