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山本周五郎『雨あがる』【心優しき世渡り下手へのエール!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【再就職難民、増加傾向!】

 失業者は増加しているものの、再就職もままにならないといった厳しい状況が続いています。企業側からすれば即戦力になる人材が欲しいのでしょう。経験者優遇、つまりは未経験者の求人は減り続けています。

 こうなると、新しいことに挑戦したくてもできません。どうやって活路を切り開くのかは、その人間の能力次第となります。わたし自身も何度か転職を経験しました。その都度、高卒という学歴、また、これといった資格を持っていないため、ことのほか苦労しました。

 そんなときはいつも、山本周五郎の『雨あがる』を読んで勇気を貰っていました。そして、読後には「また頑張ろう!」といった気持ちになったことを覚えています。

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山本周五郎『雨あがる』【心優しき世渡り下手へのエール!】

山本周五郎とは?

 山本周五郎(しゅうごろう)(本名、清水三十六(さとむ))は、市井(しせい)に生きる庶民の暮らしや、武士の苦衷(くちゅう)を描いた、時代物・歴史物で知られる小説家です。(1903-1967)

 山本周五郎は山梨県に生まれますが、度重なる水害に襲われ、一家は東京都、そして横浜市と転居を繰り返します。横浜市の西前小学校卒業後、東京木挽町の山本質店で住み込みとして働きますが、関東大震災によって質店が被災してしまいます。

 その後、職を変えながら執筆をし、『須磨寺附近』(1926)が『文藝春秋』に掲載されます。掲載後、少年読物,大衆小説を発表し続け、一躍人気作家の仲間入りを果たします。昭和17(1943)年、第17回直木賞に『日本婦道記』が選ばれますが辞退します。

 以後、『柳橋物語』『寝ぼけ署長』『栄花物語』『樅ノ木(もみのき)は残った』『赤ひげ診療譚(しんりょうたん)』『五瓣(ごべん)の椿』『青べか物語』『虚空遍歴』『季節のない街』『さぶ』『ながい坂』と死の直前まで途切れなく傑作を発表し続けます。

 昭和42(1967)、肝炎と心臓衰弱のため死去します。(享年64歳)
大衆文学の質を高めた功績を記念し、1988年、新潮社などにより山本周五郎賞が発足しました。


   山本周五郎

山本周五郎・日本婦道記『風鈴』【富貴を望まず平穏に生きる!】

『雨あがる』あらすじ(ネタバレ注意)

 三沢伊兵衛とその妻・おたよは、十五日もの長雨のせいで、街道筋の安宿に足止めを喰らっていました。ある朝、その宿で(いさか)い事が起こります。客の多くは貧しい人たちです。

 長雨のせいで気が立っていたのでしょう。ひとりの女が、ある老人を指して、泥棒呼ばわりしているのです。伊兵衛は「私が償いますから」と言って、この諍いの仲裁に出ます。そして宿を出て、城下町のほうへと歩いていくのでした。

 四時間後、伊兵衛は「景気直しをしようと思いましてね。」と、大量の食材や酒、薪や炭などを、店の者に運ばせながら戻って来ます。そして、同宿者たちに料理や酒を振る舞い、賑やかな酒宴が始まりました。そこに諍いの張本人でもある女が帰って来ます。

 伊兵衛は女に向かって「みなさんと気持よくひと口やって下さい、すべてお互いなんですから。」と言い、同宿のみんなも同席をすすめます。女はすました顔で坐り、盃を取りました。それから伊兵衛は、妻・おたよのいる部屋へと入って行きます。

 伊兵衛はおたよの前に正座して「済みません、勘弁して下さい。」と、頭を下げます。
おたよは明らかに怒った眼をし「()け試合はもう決してなさらない約束でしたわ。」と言いました。
翌朝、伊兵衛は釣りに出かけます。おたよと一緒にいるのが心苦しいからでした。

 三沢伊兵衛の家は、松平壱岐(いきの)(かみ)に仕えて、代々二百五十石を取っていました。幼い頃の伊兵衛は身体が弱く、宗観寺という禅寺へ預けられ、住職・玄和の教育を受けます。
―――「石中に火あり、打たずんば出でず」。これが玄和の口癖でした。

 伊兵衛はこの言葉を守り本尊のようにし、学問でも武芸でもめきめきと、類のないところまで上達していきます。ところが、そのために浪人をしなければならなくなります。伊兵衛の腕前が桁外(けたはず)れとなり、あっけなく勝負がついてしまうからです。

 しかも、性格が優しすぎます。勝つたびに本気で謝るのです。相手は引っ込みがつかなくなり、観ている人は白けた気持ちになります。おたよと結婚した頃には、居辛いような気持ちに駆られ、ついに自ら、いとまを願って退身したのでした。

 (これだけの心得があるのだから、知らぬ土地へいって、新しく仕官するほう安泰だろう。)
 そう思って、おたよとも相談をし、旅に出たのですが、一向に仕官のはなしは纏まりません。例のとおりで、簡単に負かしてしまい、座を白けさせてしまうのです。

 こうして三年が過ぎると旅費も底をつき、伊兵衛はやむなく賭け試合をして金を手に入れるようになります。しかしやがて、妻に気付かれ、「わたくしも手内職くらい致しますから。」と、泣いて諫められます。宿で伊兵衛が謝ったのはそんな理由からでした。



 「そろそろ本気にならなければ、いくらなんでもおたよが可哀そうじゃないか。」
 そうした独り言を呟きながら、釣り場に向かっていると、どこかで険悪な声が聞こえてきます。見ると、一人の若者を五人の侍が取り囲み、刀を抜いているのでした。

 伊兵衛は「おやめなさい、やめて下さい!」と叫びながら、闘争の中へと駆け込んで行きます。逆上している一人が脅かしで、伊兵衛に向かって刀を振り下ろします。それを(かわ)した伊兵衛、いつの間にか相手の利き腕を掴み「お願いします、やめて下さい。」と懇願します。

 これを見て怒った四人の侍は「下郎から先に片づけろ!」と、一斉に刀を閃かします。伊兵衛は逃げながらも五人の手から刀を奪い取り「どうか許して下さい、失礼はお詫わびします。」と言いながら、逃げ続けるのでした。

 そこに、三人の侍が馬を乗りつけて来ます。一人が「はたし合いは法度である、控えろ!」もう一人が「御老職であるぞ!」と怒鳴ります。この一言で侍たちは素直に闘争をやめます。

 御老職といわれた侍は伊兵衛に「私は当藩の青山主膳と申す者、厚くお礼を申上げます。」と挨拶をし、伊兵衛の素性を訊ねます。伊兵衛は、「松葉屋という宿に泊まっている浪人者です。」と、それだけを告げて、逃げるように立ち去ります。

 その日、伊兵衛は青山主膳宅に招かれます。今朝の礼に一献を献じたいとのことでした。青山邸で酒肴(しゅこう)のもてなしを受けた伊兵衛は、主膳から「それだけのお腕前をもちながら浪人しておられるには、なにか仔細のあることと思うが。」と訊ねられ、すっかりと身の上のあらましを打ち明けます。

 主膳も納得し、「もう一度その腕を見せて欲しい、実はそのために相手をする者を三人待たせている。」と言うのです。伊兵衛もそれを快諾します。主膳の屋敷には道場が付いていました。相手をする三人が姿を見せます。



 しかし、そのうちの一人が、伊兵衛の姿を見ると奥に引っ込んでしまいました。残りの二人と対戦した伊兵衛は、また例のとおりで、続けて、あっけなく勝負をつけてしまいます。そしていつも通り、本気で対戦相手に向かって謝るのでした。

 日が暮れてから宿に戻った伊兵衛は上機嫌です。ちょうど殿様の教育係を捜していて、「城中で正式に御前試合をすることになった。」と妻のおたよに教えます。しかも、御前にあがるためにと青山主膳から支度金まで頂いてきたと言います。

 それを聞いたおたよは、「あまり期待なさらないように。」とでも言いたげな表情で、頷くだけでした。翌日、伊兵衛は城下町まで行き、(かみしも)や足袋、履き物を買いました。そして残ったお金で妻のために(かんざし)を買います。それは結婚して八年半、妻への初めての贈り物です。

―――それから五日後、突然雨があがります。
足止めされていた同宿者たちは歓喜に沸き立ちます。

 伊兵衛のところにも主膳から使者が来ます。「登城の支度で来い。」とのことでした。
おたよは、「わたくしも出立の支度をしておきますわ。」と、言いました。

 伊兵衛は日の傾く頃に帰ってきます。首尾は上々だったらしく、嬉しさを懸命に抑えている様子が見て取れます。伊兵衛は「食禄の高までほぼ内定した。」と、おたよに打ち明けます。

 しかし、おたよははなしをそらし、同宿者のうち三人が出立して行ったと云い「皆さんが決まって、もうお眼にかかれないと仰います。どうしてまたいつか会いたいと仰らないのでしょうか。」と、伊兵衛に言います。

 ――あの人たちには今日しかない、自分自身の明日のことがわからない、今いっしょにいることは信じられるが、また会えるという望みは、もつことができないのである。

 その翌朝、おたよは荷物を片づけ始めます。そして伊兵衛に「峠を越すなら今日のような日がいい。」と言います。伊兵衛も「そう、実に今日はよく晴れた。」と、はなしを合わせますが、貧乏ゆすりをして、どこか落ち着かず、いらいらした様子です。



 そんななか、馬の蹄の音が、宿の前で停まります。伊兵衛は平静を装い、お城からの使者を出迎えます。ところが使者は切り口上で「残念ながらこの話は無かったものとお思い下さるように。」と、伝えます。

 理由は、賭け試合をしたことでした。青山家の道場で三人のうちの一人が逃げ出したことを思い出します。つまり、そのことを訴え出た者がいて、仕官のはなしは無くなったとのことでした。

 使者は「これは主膳から、旅費の足しにでもお受け下さるよう」と、紙包みを伊兵衛の前に置きました。伊兵衛がそれを断ろうとしたときです。「いいえ有難く頂戴いたします。」こう言いながら、おたよが来て、伊兵衛の横の座り、次のように言い放ちます。

 「主人が賭け試合を致しましたのは悪うございました、わたくしもかねがねそれだけはやめて下さるようにと願っていたのでございます、けれどもそれが間違いだったということが、わたくしには初めてわかりました、主人も賭け試合が不面目だということぐらい知っていたと思います、知っていながらやむにやまれない、そうせずにいられないばあいがあるのです、わたくしようやくわかりました、主人の賭け試合で、大勢の人たちがどんなに喜んだか、どんなに救われた気持になったか」

 そして、伊兵衛に向かって、声を震わせながら、こう言いました。

 「これからは、貴方がお望みなさるときに、いつでも賭け試合をなすって下さい、そしてまわりの者みんな、貧しい、頼りのない、気の毒な方たちを喜ばせてあげて下さいまし

 二人はまもなく宿を出立します。主膳から貰った金も半分を宿の主人に預け、困っている客がいたら世話をしてくれるように頼みます。夫婦が草鞋を履いているとき、いつの日か諍いを起こしていた、おろくさんという女がやって来ます。



 そして、「御新造さんこれ持ってって下さい」と、古びた薬袋を三帖渡します。おろくさんは「もっといいお餞別をしたいんだけど、つまらないもんだけど。」と、言い「いいえ嬉しいわ、有難う。」おたよは本当に嬉しそうに、それをふところに入れました。

 伊兵衛はなかなか落胆から抜けられない様子でした。

 ――これだけ立派な腕をもちながらその力で出世することができない、なんという妙なまわりあわせでしょう、なんというおかしな世間なのでしょう。
彼女はそう思う一方、ふと微笑をさそわれるのであった。

 ――でもわたくし、このままでもようございますわ、他人を押除けず他人の席を奪わず、貧しいけれど真実な方たちに混って、機会さえあればみんなに喜びや望みをお与えなさる、このままの貴方も御立派ですわ。

 晴々とした空のもと、峠の上に出ると、眼の下にとつぜん隣国の山野が開けます。
伊兵衛は「ごらんよあれを、なんて美しい眺めだろう。」と、叫びます。おたえも「まあ本当に、本当に綺麗ですこと。」と、明るく返します。

 いつの間にか、二人の心の雨もあがり、晴れやかになっていました。


青空文庫 『雨あがる』 山本周五郎
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あとがき【『雨あがる』の感想も交えて】

 色んなところで、またあらゆる場面で “ スキル(skill) ” という言葉を良く耳にするようになりました。普通に技能と言えばいいのにとも思いながら、それはともかくとして、スキルさえ磨けば何とかなるといった時代は、もはや過去のようです。

 スキルはあって当たり前、それにプラスで発想力や人間力を試される時代になっています。いやはや、わたしのように何の取り柄もない中年男にとっては生きづらい時代になったものです。

 かつては、人間性重視で採用を決める企業もありました。勿論面接だけじゃ分かりませんので、採用期間を設けてその人となりを見ます。しかし、残念ながら今の日本企業は、そんな悠長なことを言っていられないみたいです。

 さて、『雨あがる』の主人公・三沢伊兵衛には誰にも負けないスキルがありました。心が優しく、人を労わる気持ちを常に持っています。ところが、そのスキルが妬み嫉みの格好の餌食となります。今の時代でも、さもありなん。な、はなしです。

 そんな伊兵衛には理解者がいます。妻のおたえ、そして “ 貧しいけれど真実な方たち ”です。上手くいかないことがあったときでも、誰かしら理解してくれる人がいるものです。

 あなたの周りにも、もしかしたら “ 貧しいけれど真実な方たち ” がいるかもしれないのです。

こころの支えと安心は地域から!【結い・もやい・講】

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