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芥川龍之介『枯野抄』【松尾芭蕉の臨終と門人たちの胸中!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【旅に病むで夢は枯野をかけめぐる】

 「旅に病むで 夢は枯野(かれの)を かけめぐる」
この俳句は松尾芭蕉が亡くなる四日前に詠んだ句として有名です。

 現代語に訳すと「旅の途中で病気になったけれども、夢の中ではまだどこかの枯野をかけ廻っている」って感じですが、生涯を旅に生きた俳人らしい素敵な句だと素人ながらも感じます。

 このように好きなことを仕事にして生きられたら、どんなに幸せだろうかと思う反面、()き我を 寂しがらせよ 閑古鳥(かんこどり)という句が残されているように、芭蕉にはどこかに孤独さも感じます。それはよく耳にする、成功者ゆえの孤独だったのでしょうか。

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芥川龍之介『枯野抄』【松尾芭蕉の臨終と門人たちの胸中!】

芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)とは?

 大正・昭和初期にかけて、多くの作品を残した小説家です。芥川龍之介(1892-1927)
芥川龍之介は、明治25(1892)年3月1日、東京市京橋区(現:東京都中央区)で牧場と牛乳業を営む新原敏三の長男として生まれます。

 しかし生後間もなく、母・ふくの精神の病のために、母の実家芥川家で育てられます。(後に養子となる)学業成績は優秀で、第一高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学英文科に進みます。

 東京帝大英文科在学中から創作を始め、短編小説『鼻』が夏目漱石から絶賛されます。今昔物語などから材を取った王朝もの『羅生門』『芋粥』『藪の中』、中国の説話によった童話『杜子春』などを次々と発表し、大正文壇の寵児となっていきます。

   夏目漱石

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 本格的な作家活動に入るのは、大正7(1918)年に大阪毎日新聞の社員になってからで、この頃に塚本文子と結婚し新居を構えます。その後、大正10(1921)年に仕事で中国の北京を訪れた頃から病気がちになっていきます。

 また、神経も病み、睡眠薬を服用するようになっていきます。昭和2(1927)年7月24日未明、遺書といくつかの作品を残し、芥川龍之介は大量の睡眠薬を飲んで自殺をしてしまいます。(享年35歳)

   芥川龍之介

短編小説『枯野抄』(かれのしょう)について

 芥川龍之介の短編小説『枯野抄』は、大正7(1918)年10月、雑誌『新小説』に発表されます。松尾芭蕉の臨終に集った弟子たちの心中を描いた作品となっています。

松尾芭蕉(まつおばしょう)とは?

  松尾芭蕉(左)と曾良

 松尾芭蕉(名は宗房(むねふさ)。芭蕉は俳号)は、江戸時代前期の俳人です。(1644-1694)
伊賀(三重県)上野の藤堂藩士として生まれますが、武士身分を捨てて町人の世界に入ります。のちに江戸へと下り、職業的な俳諧師の道を歩むことになります。

 深川の地に芭蕉庵をむすび、蕉風俳諧を確立します。以後は没年まで各地を行脚し、『笈の小文』『野ざらし紀行』『奥の細道』など多くの紀行文や名句を残します。元禄7(1694)年、西国行脚を志しますが、その途次、51歳のとき大坂で病没します。

『枯野抄』あらすじ(ネタバレ注意!)

 元禄七(1964)年十月十二日の午後のことです。大阪の商人(あきんど)、花屋仁左衛門の裏座敷では、当時俳諧(はいかい)大宗匠(だいそうしょう)と仰がれた松尾芭蕉が、四方から集まって来た門人の人々に介抱されながら、静かに息を引きとろうとしていました。

 死別の名残りを惜しんでいるのは、医者の(もく)(せつ)、老僕の治郎兵衛、そして門人の()(かく)去来(きょらい)丈艸(じょうそう)乙州(おとくに)()然坊(ねんぼう)支考(しこう)正秀(せいしゅう)らです。座敷の中は、うすら寒い沈黙と、お香のかすかな匂いに覆われていました。

 芭蕉はやせ細り、血の気もなくなっていました。眼は見開いたままで、(いたずら)に遠いところを見ています。その姿は、三、四日前に芭蕉自身が(えい)じた辞世の句―――「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる。」の如く、夢のように漂っているかのようでした。

 医者の木節が、芭蕉の喉を潤すため「水を」と言うと、老僕の治郎兵衛は既に準備をしていて、称名を唱え始めます。一方で木節は、(医師として最善を尽くしたか?)と自分自身に問いかけていました。

※称名(しょうみょう) 仏を心中に念じ、その名を声に出して唱えること。 「南無阿弥陀仏」などと唱えること。

 そして木節は、隣にいた其角に合図をします。すると、その場にいた一同の心に(いよいよか……)といった緊張感が走ります。と、同時に、なぜかしら安心にも似た心持がしてくるのでした。

 其角はそっと師匠の顔を覗きこみます。けれども予測していた悲しい気持ちは湧いてきません。冷淡に澄みわたっているのです。それどころか師匠の瘦せ衰えた不気味な姿は、彼に嫌悪感すら抱かせました。

 続いて去来です。看病やら万事万端の世話を焼いたのは彼でした。ところが師匠を前にしたとき、(容態の心配よりも頑張った自分に満足していたのでは?)といった疑念が湧いてきます。彼はそんな自分の(やま)しさに心を乱されながら、末期の別れをしたのでした。

 次に丈艸が(おごそ)かに師匠の唇を潤していると、座敷の片隅から不気味な笑い声が聞こえてきました。けれどもそれは正秀の慟哭(どうこく)だったのです。乙州はそんな正秀を不快に感じましたが、やがて彼も思わず嗚咽(おえつ)の声を発してしまいます。

 すると、堰を切ったかのように弟子の何人かから、同時に鼻をすする声が聞こえてきたのでした。そんな中、丈艸が席に戻ると、支考が師匠の枕もとに進んで行きます。皮肉屋の支考は、こんなことを思っていました。

 (師匠の死を目前にして、自分は、他門への名聞(みょうもん)、門弟たちの利害、または自分の興味や打算を考えている。自分たち門弟は皆、師匠の最後を(いた)まずに、師匠を失った自分たち自身を悼んでいるのだ……)

 支考に続いて惟然坊の番に回る頃には、芭蕉の顔色はさらに血の気を失って、死がもう直ぐ近くまでせまっているかのようでした。その姿を見た惟然坊は、ある恐怖に襲われ始めます。それは(師匠の次に死ぬのは自分なのではないか?)という恐怖です。

 彼は昔からそんな感情を抱きがちでした。自分以外の人間が死ぬと(自分でなくて良かった)と安心するのです。この感情は師匠の場合も例外ではなく、恐怖のあまりに師匠の顔を正視することができなかったのです。

 残りの門人たちが次々と師匠の唇を潤しているあいだ、芭蕉の呼吸は細くなっていきました。そして―――ついに俳諧の大宗匠、松尾芭蕉はあの世へと旅立ったのです。するとこの時、丈艸心の中には、限りなく安らかな心持ちが流れ込んできたのでした。

 丈艸のこの安らかな心持ちは、長い間、芭蕉の人格的圧力に屈していた彼の精神が、解放の喜びを得たがための心持ちだったのです。周囲のすすり泣く門弟たちも唇頭(しんとう)に微かな笑みを浮かべながら(うやうや)しく臨終の芭蕉に礼拝をしたのでした。

青空文庫 『枯野抄』 芥川龍之介
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/72_14932.html


『枯野抄』【解説と個人的な解釈】

 芭蕉という存在は一種のカリスマでした。そんなカリスマと言えども、いずれ肉体は滅びゆくものです。門人達は師匠の最期を見届けようと駆けつけます。そして臨終に際してのセレモニー始まると、門弟達は、今まで黒く覆われていた自分の胸中を知ることになります。

 其角の心はなぜか冷淡に澄み渡り、不気味な師匠の姿には嫌悪感すら抱いてしまいます。去来は己の師匠への献身さは自己満足だったと気付き、そんな自分の疚しい心持ちを知り狼狽します。

 支考は自分を含めた門人達の心中にあるのは、師匠の死とは直接関係がない自分のことばかりだと思い当たります。惟然坊は死への恐怖心に襲われ、(おのの)くばかりでした。

 そんな打算に満ちた門人達の中で丈艸は「限りない悲しみ」とともに「安らかな心持ち」を実感します。それは芭蕉というカリスマの呪縛から逃れた、解放の喜びとも言えるでしょう。

 芥川が文豪への階段を上り始めるきっかけは、彼の作品『鼻』が、夏目漱石から絶賛されたからでした。当時、夏目漱石もまたカリスマでした。『枯野抄』を執筆したのは、大正7(1914)年8月と推測されていますが、その二年前の大正5(1916)年12月9日、夏目漱石が亡くなっています。

 いわば芥川にとって師匠でもあった夏目漱石の死と松尾芭蕉の死。二人のカリスマの死を重ねて描いた作品と言えるでしょう。芥川もまたカリスマの呪縛から逃れた一人だったのではないかと解釈することができます。

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あとがき【『枯野抄』の感想を交えて】

 誰かの「死」に直面したとき、自分でも予想できなかった複雑な心境に出くわす事があります。それが自分にとって大切な人の「死」なら尚更です。わたし自身も(こんなにも悲しいのに何故泣けないのだろう?)と、戸惑った経験があります。

 この世に生をうけた以上、「死」という現実に向き合うことが必ずあるのです。そしていずれ自分自身の「死」についても考えるときがきます。そして思い当たることは、惟然坊のように(自分ではなくて良かった)といった心境でしょう。

 綺麗ごと抜きで、これが紛れもない人間の真実です。自分が一番可愛いのが当たり前です。芥川は『枯野抄』という作品を通して、そんな人間のエゴを余すところなく描いています。

 冒頭で松尾芭蕉に孤独さを感じると書きましたが、突き詰めると人間は皆孤独なのです。成功者にしろ、また、そうではなくとも、誰もが皆一人で死にゆくのですから・・・。

 とは言え、門人たちの思惑はさておき、松尾芭蕉は幸せな人生だったと言えるでしょう。後世のわたしたちの多くに彼の句が読み伝えられているのですから。

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