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芥川龍之介『藪の中』あらすじと解説【真実は当人のみぞ知る!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【黒澤明監督『羅生門』について】

 黒澤明監督の映画『羅生門』(1950年)と言えば、同監督による『七人の侍』(1954年)と並び、最も有名な日本映画として、今もなお世界中の映画ファンから愛され続けています。



 タイトルが『羅生門』ということで、映画を観ていない方でも、芥川龍之介の短編小説『羅生門』を題材にしていると気づくと思います。けれども実際のところ、題材としているのは舞台背景と着物をはぎ取るエピソード(映画では赤ん坊から)だけです。

 つまり、映画の大部分のストーリーは、おなじく芥川龍之介の短編小説『藪の中』なのです。ということで、今回は芥川龍之介の短編小説『藪の中』をご紹介します。

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芥川龍之介『藪の中』あらすじと解説【真実は当人のみぞ知る!】

芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)とは?

 大正・昭和初期にかけて、多くの作品を残した小説家です。芥川龍之介(1892~1927)
芥川龍之介は、明治25(1892)年3月1日、東京市京橋区(現・東京都中央区)で牧場と牛乳業を営む新原敏三の長男として生まれます。

 しかし生後間もなく、母・ふくの精神の病のために、母の実家芥川家で育てられます。(後に養子となる)学業成績は優秀で、第一高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学英文科に進みます。

 東京帝大英文科在学中から創作を始め、短編小説『鼻』が夏目漱石から絶賛されます。今昔物語などから材を取った王朝もの『羅生門』『芋粥』『藪の中』、中国の説話によった童話『杜子春』などを次々と発表し、大正文壇の寵児となっていきます。

   夏目漱石

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 本格的な作家活動に入るのは、大正7(1918)年に大阪毎日新聞の社員になってからで、この頃に塚本文子と結婚し新居を構えます。その後、大正10(1921)年に仕事で中国の北京を訪れた頃から病気がちになっていきます。

 また、神経も病み、睡眠薬を服用するようになっていきます。昭和2(1927)年7月24日未明、遺書といくつかの作品を残し、芥川龍之介は大量の睡眠薬を飲んで自殺をしてしまいます。(享年・35歳)

   芥川龍之介

短編小説『藪の中』について

 『藪の中』は大正11(1922年)年、文芸雑誌『新潮』1月号に掲載されます。『今昔物語集』巻二十九第二十三話の「具妻行丹波国男 於大江山被縛語(妻を()して丹波国に行く男、大江山において縛られること)」を典拠としていて、いわゆる芥川文学の「王朝物」の一編となっています。

※具して(ぐして) 連れて。

『今昔物語集』巻二十九第二十三話(あらすじ)

『具妻行丹波国男於大江山被縛語』
 京に暮らす一組の夫婦が、妻の実家がある丹波の国へ向かっていました。その途中、見知らぬ男から刀と弓の交換をもちかけられます。その男の持っていた刀は名刀でした。夫は欲に目が眩んで、自分の弓を差し出します。

 そのうえ夫は、男に矢まで渡してしまいます。結局夫婦は男に弓矢で脅され、夫は木に縛り付けられ、妻は夫の目の前で犯されてしまいます。男が去った後、妻は、茫然(ぼうぜん)自失(じしつ)となっていた夫の縄を解きながらこう言います。

※茫然自失(ぼうぜんじしつ) あっけにとられたり、あきれ果てたりして、我を忘れること。

 「情けない有り様ですね。本当に頼りない。この様子だと今後もろくなことがないですわね。」夫は返す言葉もありません。それでも二人はそのまま丹波へと向かいます。

 襲った男は着物まで奪わなかったのは立派です。それに比べて夫の方は、見知らぬ男に弓矢を渡すなんて本当に愚かです。襲った男は一体誰だったのか、ついに分かりませんでした。と、物語は結ばれます。

『藪の中』あらすじ(ネタバレ注意!)

 物語は、藪の中での殺人・強姦という事件をめぐり、4人の目撃者と3人の当事者が一人称で語るといった形式で進められていきます。

① 検非違使(けびいし)()()り・(たび)法師(ほうし)(僧侶)・放免(ほうめん)検非違使(けびいし)下部(しもべ))・(おうな)(老女)の4人の証言を聞く。
② 殺人・強姦犯の多襄(たじょう)(まる)の白状。
③ 真砂(まさご)(被害者・武弘の妻)が清水寺で懺悔(ざんげ)をする。
④ 死者となった武弘が巫女の口を借りて語る。

※検非違使(けびいし) 平安時代の重職。京中の取締・訴訟・裁判・刑務など警察と司法を兼ねた役人・貴族。

検非違使に問われたる木樵りの物語
 死体の第一発見者は木樵りでした。木樵りは、死体の周りに(くし)が一つだけあり、杉の根の近くに一筋の縄があったと語り、凶器と思われる太刀(たち)や馬は見なかったと証言します。

検非違使に問われたる旅法師の物語
 旅法師は、殺人が起きる前日に、馬に乗った女と一緒に歩く男を見かけたと語り、男のほうは太刀や弓矢を(たずさ)えていたと証言します。

検非違使に問われたる放免の物語
 放免は、昨夜、多襄丸という名高い盗人を捕まえたと語り、その時多襄丸は馬から落ちて、うんうん(うな)っていたと話します。服装は紺の水干(すいかん)で、太刀の他に弓矢も携えていたと証言します。

※水干(すいかん) 朝廷に仕える下級官人が用いた衣服の一種。

検非違使に問われたる媼の物語
 媼は、死体の男は若狭(わかさ)(北陸道)の国府の侍で、名前は金沢の(たけ)(ひろ)と言い、年齢は二十六歳で、自分の娘の婿だと語ります。そして娘の名前は真砂(まさご)と言い、年齢は十九歳で、男にも劣らぬ勝気な女だと語り、二人は昨日若狭へ旅立ったと証言します。

多襄丸の白状
 多襄丸は、「あの男を殺したのはわたしです。しかし女は殺しません。」と白状し、検非違使に向けて、「わたしは殺す時に太刀を使うのですが、あなた方は権力や金で殺す。罪の深さを考えて見れば、どちらが悪いかわかりません。」と皮肉を浴びせます。

 夫婦と(みち)づれになった多襄丸は、「山に宝を埋めてあるから安い値で売り渡したい。」と、言葉巧みに夫婦を誘い込んだと話します。ところが女の方は、馬も降りずに藪の前で待っていると言ったため、男と二人で藪の中に入ったと語ります。

 そして、「宝は杉の下に埋めてある。」と嘘をついて、その方向に進んで行く男を後ろから組み伏せて、縄で杉の木に(くく)りつけ、声を出させないように、竹の落ち葉を口に頬張らせたと語ります。

 多襄丸は次に、「男が急病になった。」と嘘をついて、女を藪の中に誘い込んだと話します。ところが杉の木に縛りつけられている男を見た途端、女は、小刀(さすが)を抜いて多襄丸に斬りかかって来たと語り、しかし小刀は打ち落とし、「男の命は取らずとも、女を手に入れる事は出来たのです。」と話します。

 「男を殺すつもりはなかったのです。」と話した多襄丸は、ところが事を終えて、逃げようとした時、女が突然腕に(すが)りついてきて、「あなたと夫のどちらか一人死んでくれ。生き残った男と連れ()いたい。」と言ったと話し、「その時猛然と、男を殺したい気になりました。」と語ります。

 そして、「女の燃えるような瞳を見た刹那(せつな)、この女を妻にしたいと思い、男を殺さない限り、ここは去るまいと覚悟しました。」と語った多襄丸は、男の縄を解いて太刀打(たちう)ちしたと話し、二十三回の斬り合いの末に男を殺したが、その時すでに女は消えていたと語ります。

※刹那(せつな) きわめて短い時間。瞬間。
※太刀打ち(たちうち) 太刀で打ち合って戦うこと。転じて、実力で張り合うこと。まともに勝負すること。

清水寺に(きた)れる女の懺悔(ざんげ)
 清水寺に駆け込んだ女(真砂)は、紺の水干を着た男に手ごめにされたと語り、その後、「夫の側に走り寄ろうとした瞬間、夫は、(さげす)んだ冷たい眼でわたしを見ました。わたしはその視線に打たれたように気を失ってしまいました。」と話します。

※手籠め(てごめ) 力ずくで自由を奪い、危害を加えたり物を略奪したりすること。

 気がつくと男はいなかったと話した女は、夫の側に近寄って、「わたしは一思(ひとおも)いに死ぬ覚悟です。しかしあなたもお死になすって下さい。あなたはわたしの恥を御覧になりました。」と言い、落ちていた小刀を手に取ったと語ります。

 そしてその小刀を振り上げながら夫に、「ではお命を頂かせて下さい。わたしもすぐにお供します。」と言ったと話し、その時夫は、蔑んだまま、「殺せ」と言ったと語り、「夢うつつの内に、夫の胸にずぶりと小刀を突き刺しました。」と話します。

 この時再び気を失ったと語った真砂は、気がついた時には既に夫は息絶えていて、死骸の縄を解き、自分も死のうとしたものの死にきれずにここに来たと語り、「夫を殺したわたしは、盗人(ぬすびと)の手ごめにあったわたしは、一体どうすれば好いのでしょう?」と懺悔します。

巫女の口を借りたる死霊の物語
 死者となった夫(武弘)は巫女の口を借りて、「盗人は妻を手ごめにすると、いろいろ妻を慰め出した。妻もその言葉に聞き入っていた。」と語り、挙句の果てに盗人は、「自分の妻になる気はないか?」と言ったと語り、妻は盗人に、「どこへでもつれて行って下さい。」と答えたと話します。

 そして、盗人とともに藪の外に出ようとした妻は、杉の根の自分を指さして、「あの人を殺して下さい。」と気が狂ったかのように何度も叫び立てたと語り、すると盗人はそんな妻を蹴り倒し、自分の姿を見て、「あの女を殺すか、それとも助けてやるか?」と言ったと話します。

 「この言葉だけでも、盗人の罪は(ゆる)してやりたいと思った。」と語った夫は、自分が返事をためらううちに、妻は、藪の奥へと走り出したと話し、盗人は、太刀と弓矢を自分から奪い、一カ所だけ縄を切って藪の中へ姿を消したと語ります。

 そして自ら縄を解いた武弘は、妻の落とした小刀を手に取ると、(ひと)()きに自分の胸へ突き刺したと語り、次第に薄れていく意識の中で、自分の側に来た者がいたと話し、その者はそっと胸の小刀を抜くと同時に、「自分は永久に、中有(ちゅうう)の闇へと沈んでしまった。」と語ったのでした。

※中有(ちゅうう) 仏語。衆生が死んでから次の縁を得るまでの間。

青空文庫 『藪の中』 芥川龍之介
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/179_15255.html

『藪の中』【解説と個人的な解釈】

 物語は、矛盾する証言をもとに、真相は分からぬまま閉じられますが、その中にも確かな「事実」は存在します。武弘と真砂の夫婦が旅をしていて、武弘の死体が見つかり、凶器の小刀が発見されていないこと。

 真砂は武弘の前で多襄丸に陵辱(りょうじょく)され、陵辱された真砂は夫の武弘に対して殺意を抱いたこと。真砂は気が強く、魅力的な女性だったこと。真砂はそのまま現場から姿を消していること。といった点が上げられます。では、当事者である多襄丸・真砂・武弘の言葉を整理して見ましょう。

  •  多襄丸  真砂の、「どちらか一人死んでくれ。生き残った男と連れ添いたい。」という言葉に動かされ、決闘の末に武弘を殺害し、その間に真砂はいなくなっていたと自供する。
  •  真砂   多襄丸に犯された後、夫の蔑みの視線に耐えられなくなり、心中するつもりで夫を殺害したものの、自分は死にきれず清水寺にやって来たと懺悔する。
  •  武弘   巫女の口を借りて、妻が犯された後、賊に「自分の妻になれ」と言われてその気になり、夫を殺すように賊に頼んだが、そのことで賊は妻に愛想をつかし、夫に、「妻を殺そうか?」と持ちかけ、その間に妻はどこかに逃げて、自分は自殺したと語る。

 三人の当事者がいずれも、“ 自分が殺した ” (武弘の場合は自死)と告白し、罪から逃れようとする弁明は見られません。また告白の中には各々の自尊心(プライド)や嫉妬心が見てとれます。

 つまり『藪の中』という作品は、読者の視線を犯人捜しに向けながら、実のところは人間の悲しき欲望、そして情念の醜さを描いた作品のように思えます。人間の持つ感情くらい複雑なものはありません。ときには自分自身でさえ理解できぬ、いや制御できぬこともあります。

 この感情の中に思い込みというものも存在します。その人にとって自分の思い込みこそが正義なのです。もしかしたら作者は、そんな人間の感情こそが「藪の中」だと言いたかったのかも知れません。

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あとがき【『藪の中』の感想を交えて】

 いつも思うのですが、『藪の中』という作品に、もう一人第三者を介在させて伏線を回収させたら立派な推理小説(ミステリー小説)になっただろうなあ。と。

 ともかくとして、前記したように作者の意図が違うところにあったのは確かでしょう。例えば多襄丸が検非違使に向けて放った、「あなた方は権力や金で殺す。」という言葉は、物語の流れから考えるとどう見ても不自然です。

 このことについて、プロレタリア文学の影響だと言う研究者がいますが、わたしもその意見に賛成です。つまり、作者の思想も十分に反映された作品なのです。と考えると、やはり芥川龍之介の文学は奥深いなあと感嘆するしかありません。

 そんな作品に容易く触れることができる恵まれた時代に感謝するしかないですね。

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