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三島由紀夫『美神』あらすじと解説【美への執着・裏切りの怨嗟!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【「執着心」について】

 どうしても手に入れたい。一度手に入れたら二度と手放したくない。このような心理状態に陥ったことはないでしょうか。その対象が物や金、それとも地位や名誉、または人の心とそれぞれですが、総じてこのような心理状態を「執着(しゅうちゃく)(しん)」と呼びます。

 「執着心」とはつまり、特定の物事に執着する気持ちのことで、ある意味では生存本能の一部分とも言えます。けれども、余りにも強すぎる「執着心」は逆に人間を不幸にさせることが多いようです。

 特に恋愛における「執着心」は「嫉妬心」と複雑に絡み合い、思わぬ事態を招いたりもします。愛を失い孤独になることは辛いことです。しがみつきたくなる気持ちも分かります。けれども先に進むには、あえて手放すことも必要なのです。

 「執着心」や「嫉妬心」が怨嗟(えんさ)の念へと変わらないうちに。

他人を決して羨ましがらない!【『嫉妬心』と決別する方法】

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三島由紀夫『美神』あらすじと解説【美への執着・裏切りの怨嗟!】

『美神』は短編集『鍵のかかる部屋』の中に収められています。

三島由紀夫(みしまゆきお)とは?

 三島由紀夫(本名・平岡(きみ)(たけ))は、戦後の日本文学界を代表する小説家、劇作家です。(1925~1970)
三島は、大正14(1925)年1月14日、東京市四谷区(現・東京都新宿区四谷)に生まれます。

 昭和6(1931)年、学習院初等科に入学し、中等科在学中には三島由紀夫のペンネームで『花ざかりの森』を発表し、早熟の才をうたわれます。

 その後、学習院高等科を経て昭和19(1944)年、東京帝国大学法学部に進みます。大学在学中に終戦を迎え、この頃、生涯にわたる師弟関係となる川端康成と出会います。

   川端康成

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 昭和22(1947)年、東京大学を卒業し、大蔵省に就職しますが、まもなく退職、作家生活に入ります。昭和24(1949)年、『仮面の告白』で作家としての地位を確立します。

 その後、『禁色(きんじき)』『潮騒』『美徳のよろめき』『金閣寺』『鏡子の家』など、次々と話題作を発表し、文学界の頂点に達します。昭和36(1961)年発表の『憂国』以後は、戦後社会を否定し、思想的に右傾していきます。

 昭和43(1968)年、学生たちと「楯の会」を結成します。昭和45(1970)年11月25日、三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、決起を訴えますが果たさず、割腹自殺します。(没年齢・45歳)

   三島由紀夫

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短編小説『美神』(びしん)について

 『美神』は昭和27(1952)年、雑誌『文芸』12月号に発表された三島由紀夫の短編(掌篇)小説です。現在は短編集『鍵のかかる部屋』(新潮社)に収録されています。又、高等学校の国語教科書にも採用されています。

『美神』あらすじ(ネタバレ注意!)

 R博士はドイツ人ですが永くイタリアに定住しています。古代彫刻の権威で、(おびただ)しい数の著作を残しています。そんなR博士は83歳で、いま臨終(りんじゅう)の床にありました。

 けれども病床(びょうしょう)に近づくことが許されているのは、古美術愛好家の若い医師N博士一人だけです。R博士は瀕死(ひんし)の状態にも関わらず、最後の気力を振り絞り、「もう一度別れを言わせてくれ。」と、聞き取りにくい声でN博士に言いました。

 N博士はR博士のベッド近くに、台車に置かれたひとつの彫像を運んできます。それは―――大理石のアフロディテの像でした。

※ アフロディテ  ギリシア神話における愛と美と性を司る女神。

 R博士は10年前、ローマ近郊で、このアフロディテの像を発掘したのです。その発見は近代の奇跡と呼ばれました。像はローマの国立美術館に納められます。

 R博士は10年間、この大理石像に会うため、足繁く美術館に通います。こういった経緯もあり、美術館は特例として最後の対面をさせるために、像をR 博士の病室へと運び込ませたのでした。

 R博士は像を眺めながら、N博士に「自分の著書の170ページを読んでくれ。」と、頼みます。N博士はその部分を「像の高さは、2・17メートル……」と、読みました。

 続けて他の研究者の著書を次々と読ませ、像の高さを言わせます。当然ながらそのいずれもが2・17メートルでした。R博士はそれを聞きながら、怖ろしい笑い声をあげます。そして慌てて駆け寄るN博士に、ある秘密を告白します。

 R博士は一目見たときからアフロディテ像の魅惑の(とりこ)になったと言います。そして(彼女と個人的な秘密を(わか)ちたい)と願ったR 博士は自著に、像の高さを実際の高さより3センチ高く2・17メートルとして発表したと言うのです。

 こうして秘密を打ち明けたR博士は、疑わしそうな顔をしているN博士に、もう一度アフロディテ像の計測を指示します。N博士も言われたとおりにしました。

 けれども、像の高さは正確に―――2・17メートルあります。

 R博士は蒼ざめながら叫び、再度の計測を指示します。が、同様の結果でした。N博士は言い知れぬ恐怖に襲われます。もしもR博士が真実を語ったとすれば像はひとりでに3センチ育ったからです。

 R博士の顔には錯乱の表情が浮かびます。そしてアフロディテ像を怨嗟(えんさ)の目で見つめながらこう言います。―――「裏切りおったな。」

 これが R博士の最後の言葉でした。やがてN博士の指示で待機していた人々が部屋に入ってきました。ところが、その先頭の婦人は金切り声をあげて立ちすくんでしまいます。それは、R博士の死顔があまりのも怖ろしかったからでした。

『美神』【解説と個人的な解釈】

 R博士にとってアフロディテ像の発掘が、悲劇の始まりと言えるでしょう。R博士は象の魅力に惹かれますが、それはもはや、生命を宿した一人の女性を愛するかのようです。

 そしてアフロディテ像との間に個人的な秘め事を交わします。しかしその秘め事も「死」の間際、N博士に打ち明けてしまいます。いや、「死」の間際だったからこそ、R博士は打ち明けてしまったのでしょう。

 現代風に言うとマウントを取りたかったのでしょうか。その気持ちも分からなくはないものの、ここで秘め事も破綻してしまいます。R博士は「裏切りおったな。」と言い残し、死を迎えます。

 しかしR博士の望みどおり、アフロディテ像を一種の生命体とするなら、最初に裏切ったのはR博士のほうだったと言えるでしょう。物語はまるで裏切りへの代償かのように、悲惨な結末を辿ります。

 そしてその結末、R博士の死顔が怖ろしかったことを考えると、「錯乱状態での勘違いでは?」と、単純に語れないところが本作品の面白さです。文面どおりに受け止めるなら、アフロディテ像はひとりでに3センチ育ったのです。

 さて、三島由紀夫は『小説とは何か』というエッセイで「人間的必然を超えたところにあらはれる現象は、神の領域に他ならない。」(『小説とは何か』『全集 34』)と、話しています。

 三島は昭和26(1951)年の12月から昭和27(1952)年の5月にかけて、朝日新聞特別通信員として海外視察に行っています。この視察旅行での最終訪問地がローマでした。『美神』は帰国後に書かれます。

 欧米の文化、そして宗教観に触れたうえで実感したのが “ 神の領域 ” だったのではないでしょうか。世の中にはいまだ科学では証明しきれない多くの現象が存在しています。三島の言葉を借りるなら、『美神』はまさに、神の領域を表現した作品と言えます。

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あとがき【『美神』の感想を交えて】

 『美神』という作品を読むたびに実感するのは「執着心」の怖さについてです。R博士とまではいかなくても、誰しも少なからず心当たりがあるのではないでしょうか。それを「愛情の裏返し」と肯定する人もいます。けれどもそれは、自分に都合の良いように解釈しているだけなのです。

 『美神』の舞台、ローマ市内には、キリスト教のカトリックの総本山・バチカン市国があります。キリスト教と言えば “ アガペー ” (無償の愛)という概念が有名です。では、R博士の場合はどうだったのでしょうか。

 「裏切りおったな。」との発言を見る限り、明らかに違うものであると推察できます。つまり、フロディテ像に対し、「愛」の代償を求めていたものと考えられます。代償を得られないと人は不安になります。その不安がいつしか「執着心」や「嫉妬心」に変わります。

 けれども、このような厄介極まりない「執着心」や「嫉妬心」にもいずれ終わるときがきます。生命は永遠ではないのですから。ともかくとして、『美神』は半永久的に存在し続ける像の「美」と滅びゆく人体の「醜」を、まざまざとわたしたちに、見せつけてくれます。

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