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三島由紀夫『志賀寺上人の恋』あらすじと解説【恋と信仰の相剋!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【『太平記』について】

 ご存知のとおり『太平記』は、南北朝時代を舞台とした軍記物語で、全40巻という、日本の歴史文学の中では最長とされる作品です。作者は小島法師説がありますが未詳となっています。

 その内容は、後醍醐天皇の即位から鎌倉幕府の滅亡、建武(けんむ)中興(ちゅうこう)とその挫折、新田義貞と足利尊氏との確執から南北朝の分裂、室町幕府内の軋轢(あつれき)など、文保2(1318)年から正平22(1367)年までの動乱期を和漢(わかん)混交(こんこう)(ぶん)で記述されています。



 軍記物語ですから合戦の記述は勿論のこと、因果(いんが)応報(おうほう)論などの仏教思想が随所に散りばめられている作品です。今回はこの『太平記』を典拠とした三島由紀夫の短編小説『志賀寺上人の恋』をご紹介致します。

※和漢混交文(わかんこんこうぶん) 和文の要素と漢文訓読語の要素を合わせもつ文体。
※因果応報(いんがおうほう) 過去および前世の行為の善悪に応じて現在の幸・不幸の果報があり、現在の行為に応じて未来の果報が生ずること。

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三島由紀夫『志賀寺上人の恋』あらすじと解説【恋と信仰の相剋!】

『志賀寺上人の恋』は短編小説『岬にての物語』(新潮文庫)に収録されています。

三島由紀夫(みしまゆきお)とは?

 三島由紀夫(本名・平岡(きみ)(たけ))は、戦後の日本文学界を代表する小説家、劇作家です。(1925~1970)
三島は、大正14(1925)年1月14日、東京市四谷区(現・東京都新宿区四谷)に生まれます。

 昭和6(1931)年、学習院初等科に入学し、中等科在学中には三島由紀夫のペンネームで『花ざかりの森』を発表し、早熟の才をうたわれます。

 その後、学習院高等科を経て昭和19(1944)年、東京帝国大学法学部に進みます。大学在学中に終戦を迎え、この頃、生涯にわたる師弟関係となる川端康成と出会います。

    川端康成

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 昭和22(1947)年、東京大学を卒業し、大蔵省に就職しますが、まもなく退職、作家生活に入ります。昭和24(1949)年、『仮面の告白』で作家としての地位を確立します。

 その後、『禁色(きんじき)』『潮騒』『美徳のよろめき』『金閣寺』『鏡子の家』など、次々と話題作を発表し、文学界の頂点に達します。昭和36(1961)年発表の『憂国』以後は、戦後社会を否定し、思想的に右傾していきます。

 昭和43(1968)年、学生たちと「楯の会」を結成します。昭和45(1970)年11月25日、三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、決起を訴えますが果たさず、割腹自殺します。(没年齢・45歳)

   三島由紀夫

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短編小説『志賀寺上人の恋』について

 『志賀寺(しがでら)上人(しょうにん)の恋』は、昭和29(1954)年、文芸雑誌『文藝春秋』10月号〈歴史小説特集号〉に掲載されます。昭和31(1956)年に角川書店より刊行された『詩を書く少年』に収録されます。その後、昭和53(1978)年に新潮社より刊行の『岬にての物語』(新潮文庫)に収録されます。

 ちなみに『志賀寺上人の恋』は、南北朝時代の軍記物語『太平記』第37巻の「身子声聞、一角仙人、志賀寺上人事」の段を典拠としています。

『志賀寺上人の恋』あらすじ(ネタバレ注意!)

 志賀寺しがでら上人(しょうにん)は高徳の老僧です。長い修行を積んだこの老僧の目に、現世というものは全て塵芥(ちりあくた)のようにしか映りませんでした。永く浮世(うきよ)を捨てている上人にとって、富貴(ふうき)の人の生活も夢の中の快楽に見えます。容色ようしょくの美しい女性に会っても煩悩につながれて流転する迷界(めいかい)の人を気の毒に思うだけです。

※塵芥(ちりあくた) ちりやごみ。
※浮世(うきよ) 定めがないこの世。つらいことの多い世の中。
※富貴(ふうき) 金持ちで、かつ地位や身分が高いこと。また、そのさま。
※容色(ようしょく) 容貌と顔色。みめかたち。
※迷界(めいかい)  仏語。迷いの世界。

 上人にとって現世とは、ただの紙上の絵、他国の一枚の地図でした。上人の肉体はすでに骨と皮だけになっていいます。夜毎(よごと)の夢といっても浄土の夢のほかはもう見なくなっていました。

 ある春の午後のことです。上人は杖を(たずさ)えて草庵(そうあん)を出ると、湖畔へと行って、(ひと)(たたず)水想(すいそう)(かん)をしていました。そのとき高貴の人の車が、佇んでいた上人の近くに止まります。

※草庵(そうあん) わらかやなどで屋根を()いた粗末な家。草ぶきの小さな家。
※水想観(すいそうかん) 仏語。水や氷の清らかなさまを想うことによって極楽浄土のさまを観想する方法。

―――車の主は京極(きょうごく)御息所(みやすどころ)でした。
 御息所は、志賀の春の景色を見に来ていたのですが、湖の眺めに別れを告げるため、車を止めさせて、車の物見(車窓)をあげたのです。

※御息所(みやすどころ) 天皇に侍する宮女の敬称。

 上人は思わずそのほうを見ました。そしてその瞬間、上人は、御息所の美しさに()たれます。両者の目は合い、しばらく見つめ合っていました。

 無礼な視線を許すほど寛容(かんよう)な御息所ではなかったですが、相手が澄ました老僧だったために、その凝視(ぎょうし)の意味が(いぶか)られたのです。急に物見が下ろされ、車は都へと向かって遠ざかって行きました。

 御息所の美しさに魅了された瞬間、現世がおそろしい力で上人に復讐したのです。庵に帰った上人は、本尊(ほんぞん)に向かって名号みょうごうを唱えようとしました。けれども御息所の面影がそれを邪魔します。

※名号(みょうごう) 仏・菩薩の称号をさしていう。名をもって(さけ)ぶという意味を持つ。

 (あの美しさは仮の姿、滅ぶべき肉体の一時の現象……。)そう思おうとしますが、一瞬で上人の心を奪った力は、何か稀有(けう)久遠(くおん)の力のように思われました。上人は長い修行を通して、肉欲との戦いに勝利し、女性をただの肉の存在としか思わなくなっていました。

※稀有(けう) めったにない、珍しいこと。
※久遠(くおん) 時が無窮なこと。永遠。また、遠い昔。

 けれども御息所の顔は、肉というにはあまりにも光り輝いた渾然(こんぜん)たる存在だったのです。その日以来上人は溜息(ためいき)ばかりつくようになります。雲を見ても月を見ても、本尊に向かって心を澄まそうとしても、何もかもが御息所の顔ばかり浮かんでくるのでした。

※渾然(こんぜん) 別々のものが一つにとけあって、差別のないさま。

 しばらくして、「上人が物狂いのようになった。」との噂が御息所の耳に入ります。御息所は志賀の湖畔で見た老僧のことなどすっかり忘れていましたが、俗世の男との恋着(れんちゃく)に飽きていた御息所にとって、高徳の老僧を(まど)わしたという事件は虚栄(きょえい)(しん)を満たすものでした。

※恋着(れんちゃく) 忘れようにも忘れられないほど、恋い慕うこと。恋してその人に執着すること。
※高徳(こうとく) すぐれて高い徳。

 御息所は浄土を信じていました。志賀寺上人は名高く、この世を捨てた人だと都中(みやこじゅう)に知れ渡っています。もしも噂が本当なら、上人は御息所の容色に迷って来世を犠牲にしようとしているのでした。

 宮廷内の好き物や、若い美貌(びぼう)の貴公子に、心を動かされることがなかった御息所の関心事は、自分を誰が最も強く、そして深く愛することができるかということでした。すでに地上の富のあらゆるものを持っていた御息所は、来世の富を捧げてくれる男を待っていたのです。

 志賀寺上人の恋着の噂は、宮廷内で広まっていきました。(みかど)までもが冗談半分にそれを言います。高徳の僧をさえの迷わした御息所の美しさはますます()(たたえ)えられました。誰もが、老人と美しい貴婦人の間に「現実の恋は起こり得ない」との安心感から、この噂が伝えられたのです。

 (あの老僧は、浮世を捨てたように、今度は御息所のために来世をも捨てるだろう……)御息所は、高徳の老僧の姿を思い浮かべながら、浄土の蓮華の想いを心に浮かべたのでした。

 一方、志賀寺上人は戦っていました。京極の御息所への恋など到底(かな)うはずもなく、このままでは浄土におもむくこともできません。上人は、一瞬のうちに行く手の闇に包まれてしまったのです。思いを凝らすと、必ず御息所の美しい顔が浮かびました。

 そこで上人は、あえて逆らわずに、御息所の面影に思いを凝らすことにし、いつしか喜びを感じるようになっていきます。そして京極の御息所という存在は、巨大な蓮の花の幻と一つになっていったのでした。上人は、一度だけでも御息所の顔を見たいと願います。

 けれども巨大な蓮の花のようになった女の幻影が、跡形もなく崩れるのを怖れました。恋の幻影が崩れれば上人は救われます。今度こそは確実に得脱(とくだつ)します。上人にはそれが怖かったのでした。そんな思いを巡らしながらも上人は、―――ついに御息所に逢いに行く決心をします。

※得脱(とくだつ) 仏語。生死の迷いを脱して、さとりを得ること。煩悩を断って迷いの苦をのがれること。

 御息所の御所の庭のかたすみに一人の老僧が立っていました。待女がそのことを御息所に告げます。御息所は(たわむ)れに、御簾(ぎょれん)を透かしてそのほうを見ました。それが志賀の湖畔で見た上人の姿だと気づくと顔色を変えて驚いたのでした。

※待女(じじょ) 貴人の側、王族・貴族または上流階級の婦人に個人的に仕えて雑用や身辺の世話をする女性。
※御簾(ぎょれん・みす) 貴人を敬って、その用いる(すだれ)をいう語。

 御息所はどうしていいか分からず、そのまま放置するようにと侍女に言います。御息所の心に不安が生まれました。上人が来世を彼女のために捨てたら、来世は彼女に無疵(むきず)でわたることはないと考えたのです。上人の姿からは高徳の風貌(ふうぼう)が消え、まるで地獄から来た人のように見えました。

 (つえ)にすがってようやく都にたどり着いた志賀寺の上人は、疲労も忘れて無我夢中で御息所の御所に忍び入っていたのです。けれども、あの御簾の中に恋する女がいるのかと思うと、急にそれまでの偽りの夢から()めてしまい、再び来世に魅入られ、浄土を切実に思い描いたのでした。

 あとはただ、今生の妄念(もうねん)を晴らすために、御息所に会って、恋を打明ける手続きが残っているだけです。上人は、(御息所が早く自分に気がついて招いてくれれば……)と思いながら、今にも倒れそうな老躯(ろうく)を杖で支えながら立っていました。

※妄念(もうねん) 仏語。迷いの心。迷妄の執心。また、誤った心の思い。妄執。
※老躯(ろうく) 年老いて衰えたからだ。老体。

 夜になっても上人はじっと立ち続けています。その立姿はまるで白骨が佇んでいるように見えました。京極の御息所は怖しさで眠ることもできません。御簾の外を見ないで背を向けていても、上人の凝視を感じるのです。

 上人の恋は凡庸(ぼんよう)な恋ではなかったのでした。御息所は始めて、愛されることと()地獄(じごく)への恐怖を感じます。そして自分の念じる浄土だけは(まも)りたいと考えます。(私はあの姿と何の関わりもない)と御息所は心の中で叫ぶのでした。

※凡庸(ぼんよう) すぐれた点がなく、平凡なこと。また、そういう人。凡人。
※堕地獄(だじごく) 悪業(あくごう)によって地獄に落ちること。堕獄(だごく)

 暁闇(ぎょうあん)のなかに上人はまだ佇んでいました。ついに敗北した御息所は、侍女を呼んで、上人を御簾の前に招き入れるように申しつけます。肉体が朽ち果てそうになり忘我(ぼうが)の境にいた上人は、侍女が近づいて来る姿を見ても、それが待ち続けている御息所なのか、それとも来世なのか分かりませんでした。

※暁闇(ぎょうあん・あかつきやみ) 夜明け前、月がなく辺りが暗いこと。
※忘我(ぼうが) 熱中して我を忘れること。物事に心を奪われ、うっとりとなること。

 侍女が御息所の言葉を伝えると、上人は口の中で何か怖しい叫びをあげます。そして手を引こうとした侍女をしりぞけて、確乎(かっこ)とした足取りで御簾の前まで歩んで行ったのでした。

※確固・確乎(かっこ) しっかりしているさま。確かなさま。

 御簾の中は暗く、外から御息所の姿は見えませんでしたが、上人はその前に(ひざ)まずいて、顔を両手で(おお)って泣きました。その慟哭(どうこく)は長く続きます。そのとき、御簾の中から御息所の雪のような手が少しさし出されました。

※慟哭(どうこく) 悲しみに耐えきれないで大声をあげて泣くこと。号泣すること。

 志賀寺の上人は、恋するものの手を両手で押しいただくと、それ(ひたい)に、(ほお)にと当てます。御息所は、自分の手にさわる冷たい異様な手を感じました。そのうち上人の熱い涙でその手は濡れていきます。

※押し頂く(おしいただく) 物をもらって、うやうやしく頭の上にささげ持つ。感謝の意をこめてもらう。

 御息所は、上人の涙に濡れた自分の手を気味の悪いものに感じました。けれども空から朝日が御簾をとおして差し込んだ瞬間、日頃の(あつ)い信仰心から、(とうと)い霊感に突如()たれます。自分に手に触れている上人の手を、「仏の御手」に違いないと思ったのでした。

 そして、もしも浄土が自分のものになるなら、上人の恋を受け入れても良いと思うようになります。御息所は、この仏の手を持った男が「御簾をあけてくれ。」と頼むのを待ちます。―――けれども上人は、何も言わず、何も願いませんでした。

 やがて、しっかりと握られていた手はほどかれ、上人はその場から立ち去ります。御息所は再び冷たい心になりました。―――数日ののち、志賀寺上人が草庵で入寂(にゅうじゃく)したという噂が届きます。

※入寂(にゅうじゃく) 僧が亡くなること。

 京極の御息所は、美しい経巻の数々を納経しました。それは「無量寿経(むりょうじゅきょう)」「法華経(ほけきょう)」「華厳経(けごんきょう)」などのありがたい経文でした。

※納経(のうきょう) 現世の安穏や来世の幸福を祈り、また死者の追善供養などのために、経文を写して寺社に納めること。 また、その経文。

『志賀寺上人の恋』【解説と個人的な解釈】

 物語に移る前、本文の中で三島由紀夫は次のように語っています。

そこでは恋愛と信仰の相剋(そうこく)が扱われている。西洋には沢山その例があるが、日本ではめずらしい話柄である。恋愛の因子にはっきり来世の問題が入っている。

上人ばかりでなく、恋された女の中にも、来世と今世がその席を争い合って、大げさに言えば、かれらは自分の考えている世界構造が崩れるか崩れないか、というきわどいところで、この恋物語を成立たせたのである。

実際、平安中期以降のさかんな浄土信仰は、厳密にいえば、信仰というよりもむしろ一つの巨大な観念世界の発見であった。
(『志賀寺上人の恋』三島由紀夫)

※相剋・相克(そうこく) 対立するものが互いに相手に勝とうと争うこと。

 三島の言っているように、平安中期以降、天台宗下で阿弥陀(あみだ)浄土(じょうど)思想(しそう)が育まれ、特に貴族社会では極楽浄土への往生(おうじょう)を願う浄土信仰を信じる者が急激に増えていきました。物語に登場する京極の御息所もその一人です。

※往生(おうじょう) 現世を去って、他の仏の浄土に生まれること。特に、極楽浄土に往って蓮華の中に生まれ変わること。

 一方、志賀寺の上人は、僧侶として浄土信仰の教義を極めたうえで、現世を捨てて、来世への夢だけを望んでいます。御息所から見れば自分の身では叶わない “ 信仰心を体現した人物 ” と映ったでしょう。さらに上人は高僧として有名です。

 けれどもこの恋は同時に、二人の夢である来世をも崩壊させかねない危険なものでした。三島はこのことを「恋愛と信仰の相剋」と語っていますが、確かに “ 来世を取るか今世を取るか ” といった二人の微妙な心の葛藤が描かれています。

 結局上人は、恋よりも来世を選び、御息所の前から姿を消すわけですが、この行為は自分自身の本願だけではなく、“ 御息所の来世への夢を壊すわけにはいけない ” との深い愛の表れのような気がします。

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あとがき【『志賀寺上人の恋』の感想を交えて】

 ドラマで見るような恋人同士の悩み、「仕事と私(俺)とどっちが大事なの?」この問いの返答に困る方は多くいるでしょう。『志賀寺上人の恋』に登場する二人の悩みはこの百倍、千倍もの悩みだったと想像できます。

 作品舞台は南北朝時代ですが、現代でも深く宗教を信仰している方は、このような葛藤をしておられると思います。そんなことを考えると、自分自身のしてきた恋愛はなんて軽いものだったのだろうと、反省してしまいます。

 ともかくとしてこの作品は、文体を通して典雅(てんが)と言うべきか、格調高いと言うべきか、言葉には表せない美をもって構築されています。執筆年齢が29歳と言うのですから三島恐るべしと言うより他ありません。

 わたしがどうこう言うよりも、ぜひ、一度は手に取って読んで頂きたい作品です。

※典雅(てんが) 正しく上品なこと。 ととのっていてみやびやかなこと。
※格調高い(かくちょうだかい) どことなく上品で立派なさま。品格のあるさま。

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