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宮沢賢治『春と修羅』全文と解説【賢治はどうして修羅なのか?】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【『春と修羅』の修羅について】

『春と修羅』―――宮沢賢治が生前に唯一刊行した詩集(賢治自身は心象スケッチと呼ぶ)です。この詩集のタイトルにもなった詩「春と修羅」が書かれたのは、大正11(1922)年4月8日とされています。

 「春と修羅」の「春」は、花の命が一斉に芽開く季節です。と同時に釈迦誕生の日という意味がこめられています。一方、「修羅」とは「阿修羅」のことでインド神話における鬼神の一種です。(あく)(しん)とされ、争いや(いさか)いが絶えない不穏な世界を指すこともあります。

 また「修羅」とは賢治自身なのだと言う専門家もいます。なぜ「修羅」が賢治なのでしょう?ともかくとして今回は、『春と修羅』を掲載したいと思います。

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宮沢賢治『春と修羅』全文と解説【賢治はどうして修羅なのか?】

宮沢賢治(みやざわけんじ)とは?

 宮沢賢治(作家・詩人1896~1933)は、明治29年に岩手県の花巻市に富商の長男として生まれます。盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)を卒業後は研究生として残り、稗貫郡(ひえぬきぐん)(現・花巻市)の土性調査にあたりました。

 大正10(1921)年からの5年間は、花巻農学校の教師を務めながら『注文の多い料理店』などの童話作品を刊行していきます。けれども全く売れず、父親から300円を借りて200部買い取ったという逸話が残されています。

 大正15(1926)年、花巻農学校を依願退職し、百姓の道を志しますが、賢治の農業は「金持ちの道楽」と、陰口を叩かれたりするなど、その道は険しいものでした。同時期、『羅須地人(らすちじん)協会』を設立し、農業の技術指導や、レコードコンサートの開催など、農民の生活向上を目指して邁進します。

 しかし、そんな賢治の理想も結局は叶わぬまま、肺結核が悪化し、病臥(びょうが)生活を送るようになります。最後の5年は病床で、作品の創作や改稿を行っていましたが、昭和8(1933)年9月に、急性肺炎により37歳の若さで亡くなりました。

 生前刊行された作品は、詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』(1924)のみです。『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』など、宮沢賢治の代表作といわれる作品は、死後に刊行され、その多くは現代のわたしたちにも影響を与えてくれています。

 また、作品中に多く登場する架空の理想郷に、郷里の岩手県をモチーフとして「イーハトーブ」と名付けたことでも知られています。

花巻農学校教諭時代の宮沢賢治

 宮沢賢治の人生を詳しく知りたい方宮沢賢治『略年譜』【心象中の理想郷を追い求めたその生涯!】、また、宮沢賢治に関係する人々のことを知りたい方は、宮沢賢治『雨ニモマケズ』現代語訳【賢治に影響を与えた人々!】 を、ご覧になって下さい。

羅須地人協会(らすちじんきょうかい)とは?

 大正15(1926)年に、宮沢賢治が現在の岩手県花巻市に設立した私塾のことです。
若い農民たちに、植物や土壌といった農業と関連する科学的知識を教え、そのほか、自らが唱える「農民芸術」の講義も行いました。

 しかしその活動も、保守的な農民の理解は得られず、翌年には休止してしまいます。この私塾がこの名称で活動したのは1926年8月から翌年3月までの約7ヶ月でしたが、その後も賢治は農業指導の活動を続けます。特に農家に出向いての施肥指導はよく知られています。

   羅須地人協会の建物

イーハトーブとは?

 イーハトーブとは宮沢賢治による造語で、賢治の心象世界中にある理想郷を指す言葉です。この造語は賢治の作品中に繰り返し登場します。

 賢治が生前に出版した唯一の童話集である『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』の宣伝用広告ちらしの文章は、「イーハトヴ」について以下のような説明がなされています。

イーハトーブ童話 注文の多い料理店』新刊案内のチラシ

イーハトヴとは一つの地名である。強て、その地点を求むるならば、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。実にこれは、著者の心象中に、この様な状景をもって実在したドリームランドとしての日本岩手県である。

『春と修羅』【全文と解説・個人的な解釈】

心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様
(正午の(かん)(がく)よりもしげく
 琥珀(こはく)のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)

(解説)
 「諂曲(てんごく)模様(もよう)」の「諂曲」とは、通常「媚びへつらうこと」という意味ですが、宮沢賢治が影響を受けた島地大等の『妙法蓮華経』では、「諂曲」にヨコシマというカナを当てています。ですから賢治も(よこしま)な模様」という意味で使っているのでしょう。

 つまり賢治は、(神仏が奏でる音楽よりも心華やかに、琥珀のような光が降りそそいでくるというのに)自分の心象から見た風景は、「灰色の鋼のように硬く冷たく灰色の空のようだ」と語っています。

 その空から、あけびの(つる)が伸びて雲にからまり、のばら(野茨のいばら)の(やぶ)や腐植土の湿地が、一面の(よこしま)な模様を作っていると語り、「おれは一人の修羅なのだ」と、自分自身を冷静に分析しています。

砕ける雲の眼路(めじ)をかぎり
 れいろうの天の海には
  聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ
   ZYPRESSEN 春のいちれつ
    くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の(りょう)さへひかるのに
      (かげろふの波と白い偏光(へんこう)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (玉髄(ぎょくずい)の雲がながれて
   どこで()くその春の鳥)

(解説)
 「ZYPRESSEN」とはドイツ語で「糸杉」のことを言います。つまり、「雲は見渡す限り砕け散っていて、美しい空にはガラスのように透き通った聖なる風が吹きかっている。糸杉の暗い並木の間から、白い雪がかぶった天山が光っている」と、美しい風景をなぞります。

 けれどもそんな美しい景色にもかかわらず、この世界から「まことのことばはうしなはれ」と、怒りをにじませ、自分が修羅であることを再び自答するかのように語ります。

  日輪青くかげろへば
    修羅は樹林に交響し
     陥りくらむ天の椀から
      黒い木の群落(ぐんらく)が延び
       その枝はかなしくしげり
      すべて二重の風景を
     喪神(そうしん)の森の梢から
    ひらめいてとびたつからす
    (気層いよいよすみわたり
     ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを()
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ

青空文庫 『春と修羅』 宮沢賢治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1058_15403.html

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あとがき【『春と修羅』の感想を交えて】

 宮沢賢治『春と修羅』序 にも書きましたが、“ 賢治の仏教思想に基づく世界観 ” を表現したのが『心象スケッチ 春と修羅』です。当然ながらその詩(心象スケッチ)は難解そのものです。

 わたし自身、読むたびに新たな発見や疑問が湧き出てきて、その度ごとに解釈が変わったりしました。賢治の頭の中を探訪するようなものですから当然です。

 さて、『春と修羅』が書かれた前年、妹のトシ子が亡くなりますが、賢治はその病床でトシ子の手記を発見します。手記には、地元紙にも掲載された「音楽教師と二人の女子生徒(一人はトシ子)の三角関係の恋愛事件」の真相が書かれていたと言います。

 そこにはトシ子の苦しみ、そして傷ついた胸の内が赤裸々に綴られていました。手記を目にした賢治はもしかしたら、その教師に「復讐心」を抱いたのかも知れません。そして自分の心には「修羅」の面があると自覚したのかも知れません。なんて想像してしまいます。

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