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宮沢賢治『どんぐりと山猫』あらすじと解説【馬鹿が一番偉い!】

名著から学ぶ(童話)
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はじめに【『ルカによる福音書』(9章46~48節)】

 新約聖書『ルカによる福音書』の9章に次のような一節があります。

 弟子たちの間で、誰が一番偉いかという議論が持ち上がります。イエスは彼らの心の内を見抜き、一人の幼な子の手を取り、自分のそばに立たせてこのように言われます。

 「わたしの名のために幼な子を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。」

 この一節を参考にしたかどうかは不明ですが、宮沢賢治の童話『どんぐりと山猫』は、同じような問いを読者に投げかけています。

ルカによる福音書
 新約聖書第三書。四福音書の一つ。ルカ著。八〇年代に成立。イエスの生涯と教えを詳述し、キリスト教の真理性を史実に基づいて証明しようとしたもの。文学的にもすぐれた叙述で、最も美しい福音書といわれる。ルカ伝。

出典:精選版 日本国語大辞典
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宮沢賢治『どんぐりと山猫』あらすじと解説【馬鹿が一番偉い!】

宮沢賢治(みやざわけんじ)とは?

 宮沢賢治(作家・詩人1896~1933)は、明治29年に岩手県の花巻市に富商の長男として生まれます。盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)を卒業後は研究生として残り、稗貫郡(ひえぬきぐん)(現・花巻市)の土性調査にあたりました。

 大正10(1921)年からの5年間は、花巻農学校の教師を務めながら『注文の多い料理店』などの童話作品を刊行していきます。けれども全く売れず、父親から300円を借りて200部買い取ったという逸話が残されています。

 大正15(1926)年、花巻農学校を依願退職し、百姓の道を志しますが、賢治の農業は「金持ちの道楽」と、陰口を叩かれたりするなど、その道は険しいものでした。同時期、『羅須地人(らすちじん)協会』を設立し、農業の技術指導や、レコードコンサートの開催など、農民の生活向上を目指して邁進します。

 しかし、そんな賢治の理想も結局は叶わぬまま、肺結核が悪化し、病臥(びょうが)生活を送るようになります。最後の5年は病床で、作品の創作や改稿を行っていましたが、昭和8(1933)年9月に、急性肺炎により37歳の若さで亡くなりました。

 生前刊行された作品は、詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』(1924)のみです。『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』など、宮沢賢治の代表作といわれる作品は、死後に刊行され、その多くは現代のわたしたちにも影響を与えてくれています。

 また、作品中に多く登場する架空の理想郷に、郷里の岩手県をモチーフとして「イーハトーブ」と名付けたことでも知られています。

花巻農学校教諭時代の宮沢賢治

 宮沢賢治の人生を詳しく知りたい方宮沢賢治『略年譜』【心象中の理想郷を追い求めたその生涯!】、また、宮沢賢治に関係する人々のことを知りたい方は宮沢賢治『雨ニモマケズ』現代語訳【賢治に影響を与えた人々!】を、ご覧になって下さい。

羅須地人協会(らすちじんきょうかい)とは?

 大正15年(1926)に、宮沢賢治が現在の岩手県花巻市に設立した私塾のことです。
若い農民たちに、植物や土壌といった農業と関連する科学的知識を教え、そのほか、自らが唱える「農民芸術」の講義も行いました。

 しかしその活動も、保守的な農民の理解は得られず、翌年には休止してしまいます。この私塾がこの名称で活動したのは1926年8月から翌年3月までの約7ヶ月でしたが、その後も賢治は農業指導の活動を続けます。特に農家に出向いての施肥指導はよく知られています。

   羅須地人協会の建物

イーハトーブとは?

 イーハトーブとは宮沢賢治による造語で、賢治の心象世界中にある理想郷を指す言葉です。この造語は賢治の作品中に繰り返し登場します。

 賢治が生前に出版した唯一の童話集である『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』の宣伝用広告ちらしの文章は、「イーハトヴ」について以下のような説明がなされています。

イーハトヴとは一つの地名である。強て、その地点を求むるならば、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。実にこれは、著者の心象中に、この様な状景をもって実在したドリームランドとしての日本岩手県である。

『イーハトーブ童話 注文の多い料理店』新刊案内のチラシ

童話『どんぐりと山猫』について

 『どんぐりと山猫』は、大正13(1924)年に出版された、宮沢賢治の最初の童話集『注文の多い料理店』に収録された作品のひとつです。この童話集は、盛岡市の杜陵出版部と東京光原社を発売元として1000部が自費出版同然に出版されました。

 本書の出版は宮沢賢治が盛岡高等農林時代の1年後輩、近森善一と及川四郎の協力によって実現します。しかし値段が1円60銭と比較的高価だったため、実際に売れたのは、せいぜい30から40部くらいでした。

 このとき賢治が200部を買い取ったとの記録が残っています。ちなみに、もしも1000部が完売していたなら1600円になりますが、当時は家一軒が買えた値段でした。

短編集『注文の多い料理店』収録作品
『注文の多い料理店』(初版復刻昭和52)

・『どんぐりと山猫』
・『狼森と笊森、盗森(おいのもりとざるもり、ぬすともり)』
『注文の多い料理店』
『烏の北斗七星』
・『水仙月の四日』
・『山男の四月』
・『かしわばやしの夜』
『月夜のでんしんばしら』
『鹿踊りのはじまり』

『どんぐりと山猫』あらすじ(ネタバレ注意!)

 ある秋の土曜日の夕方、おかしなハガキが一郎少年のもとに届きます。

かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。あした、めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。とびどぐもたないでくなさい。
山ねこ 拝

 つまり、「翌日に面倒な裁判があり、ぜひ出席してほしい」といった内容の案内ハガキで、差出人は山猫からです。文章は間違いだらけで文字は下手くそでした。けれども一郎は嬉しさのあまり眠れない夜を過ごします。

 翌朝、一郎は山猫を探しに山へと向かいました。途中、栗の木や笛ふきの滝、キノコの楽隊、そして栗鼠(りす)に山猫の居場所を尋ねながら歩いて行くと、真っ黒な(かや)の森にさしかかります。そこには新しい小道がついていて、一郎はその道を上って行きました。

 小道を上り切ると、美しい黄金(きん)色の草地(くさち)が広がっています。その草地の真ん中で一郎は、異様な姿をした男に出会いました。男は「山猫さまの馬車別当だよ。」と言い、ハガキを書いたのは自分だと一郎に告げます。

 一郎が馬車別当と会話をしていると山猫が登場し、どんぐりたちも集まって来ました。やがて裁判が始まります。裁判の内容は “ どんぐりたちの中で誰が一番偉いかで争っている ” というものでした。

 どんぐりたちは、それぞれ色んな理由をつけて自分が一番偉いと主張していて、既にその裁判も三日目だと言うのです。裁判長の山猫が和解を勧めてもまるで(らち)が明きません。そこで山猫は一郎の考えを聞きたくて呼んだのでした。

 一郎は「このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらい」という説教で聞いた話を山猫に教えます。山猫は一郎からの助言とほぼ同じ判決を下すと、どんぐりたちは静かになり、一瞬にして争いは解決してしまいました。

 山猫は一郎に感謝し「名誉判事」という肩書きを与え、今後も裁判があったら来て欲しいと言います。一郎が快諾すると山猫はハガキの文句に「明日(みょうにち)出頭すべしと書くのはどうでしょう?」と訊ねてきました。

 一郎が「なんだか変ですね。」と否定すると、山猫はいかにも残念そうに「今までのとおりにしましょう。」と言い、謝礼として、黄金(きん)のどんぐり一升と塩鮭の頭のどっちが良いかを聞いてきました。一郎は黄金のどんぐりを選びます。

 山猫は「おうちへお送りいたしましょう。」と言い、一郎を、白いキノコの馬車に乗せました。けれども馬車が進むうちに黄金のどんぐりは光を失っていきます。そして馬車が止まったときには、茶色い普通のどんぐりとなり、山猫も別当も馬車も消えてしまいました。

 それから二度と山猫からのハガキは届かなくなってしまします。一郎は、「出頭すべし」と書いてもいいと言えばよかったと、時々思うのでした。

青空文庫 『どんぐりと山猫』 宮沢賢治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/43752_17657.html

『どんぐりと山猫』【解説と個人的な解釈】

 『注文の多い料理店』の広告文の『どんぐりと山猫』の部分には「必ず比較をされなければならないいまの学童たちの内奥からの反響です」という一文があります。

 この一文のように、人間社会では、常に誰かと比較をされています。また自分自身のことも誰かと比較し、無意識のうちに優位性を競い合っています。どんぐりたちの争いもそんな過程の中で生まれます。

 一郎は「この中で一番馬鹿が偉い云々」といった説教で聞いた話を山猫に伝え、上手くその場を収めます。けれども一郎自身、その意味を全く理解していなかったのです。その場しのぎの言説だったといっても良いでしょう。

 何故なら一郎は、山猫や馬車別当に対し、文章能力においての優位性を自覚しているからです。判決どおりなら、一郎が「一番偉くない」筈です。けれども本心ではそう思っていませんでした。

 それが物語の結末に表れます。山猫の「出頭すべし」というハガキの文句を一郎は否定します。二度と山猫からハガキが届かなかったのも当然です。どこかで山猫や馬車別当、そしてどんぐりたちを見下していたのですから。

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あとがき【『どんぐりと山猫』の感想を交えて】

 人間の争いの根本には必ずと言ってもいいほど「私心(ししん)」があります。それは自然なことかも知れませんが、ときとして「私心」は「エゴ」と受け取られることもあります。

 冒頭で紹介した『ルカによる福音書』でイエスは、幼な子の「私心」の無さを弟子たちに見せ、小さい者(無欲な者)ほど偉いと諭します。『どんぐりと山猫』もまた、この「偉さ」をテーマに描かれています。

 どんぐりたちが自分の偉さを競い合っているのは勿論のこと、山猫も自分の威厳を見せつけ、偉さを誇示しています。一郎もまた教養においての優位性を、ひけらかしているようにも見て取れます。

 さて、『どんぐりと山猫』が書かれた大正13(1924)年当時、日本にはまだ地主と小作人といった就労関係がありました。もしかしたら賢治はこの関係性を、山猫に服従し続けている馬車別当として描いたのかも知れません。

 そしてそんな小作人たちに言いたかったのでしょう。
「例え無学だとしても汗水垂らして働いているあなたたちが一番偉い」と。

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