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宮沢賢治『紫紺染について』あらすじと解説【偏見や差別!!】

名著から学ぶ(童話)
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はじめに【「偏見や差別」について!】

 なぜこの世から「偏見や差別」は無くならないのでしょうか。―――それは誰しもが「自己肯定感」を持っているからです。人には自分が有利になりたい、偉くなりたいという心理があります。

 自分自身で何かしらの基準をつくり、自分のほうが上だと思うことで自己肯定感を満たしているのです。ですから「私は差別したことがない!」と断言している人でも、無意識のうちに「偏見や差別」をしている場合があります。

 「国籍差別」や「男女差別」はもとより、わたしたちの周りには常に差別問題が潜んでいると考えなければなりません。「地域差別」もその一つです。子供が親を選べないのと同じで、生まれてくる地域や環境もまた選ぶことができません。

 それなのに都会の人間は田舎の人間を差別し、同じ田舎でもまた、より田舎の人間を差別します。宮沢賢治の童話はいつも、そのような人間の愚かさに気付かせてくれます。

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宮沢賢治『紫紺染について』あらすじと解説【偏見や差別!!】

宮沢賢治(みやざわけんじ)とは?

 宮沢賢治(作家・詩人1896~1933)は、明治29年に岩手県の花巻市に富商の長男として生まれます。盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)を卒業後は研究生として残り、稗貫郡(ひえぬきぐん)(現・花巻市)の土性調査にあたりました。

 大正10(1921)年からの5年間は、花巻農学校の教師を務めながら『注文の多い料理店』などの童話作品を刊行していきます。けれども全く売れず、父親から300円を借りて200部買い取ったという逸話が残されています。

 大正15(1926)年、花巻農学校を依願退職し、百姓の道を志しますが、賢治の農業は「金持ちの道楽」と、陰口を叩かれたりするなど、その道は険しいものでした。同時期、『羅須地人(らすちじん)協会』を設立し、農業の技術指導や、レコードコンサートの開催など、農民の生活向上を目指して邁進します。

 しかし、そんな賢治の理想も結局は叶わぬまま、肺結核が悪化し、病臥(びょうが)生活を送るようになります。最後の5年は病床で、作品の創作や改稿を行っていましたが、昭和8(1933)年9月に、急性肺炎により37歳の若さで亡くなりました。

 生前刊行された作品は、詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』(1924)のみです。『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』など、宮沢賢治の代表作といわれる作品は、死後に刊行され、その多くは現代のわたしたちにも影響を与えてくれています。

 また、作品中に多く登場する架空の理想郷に、郷里の岩手県をモチーフとして「イーハトーブ」と名付けたことでも知られています。

花巻農学校教諭時代の宮沢賢治

 宮沢賢治の人生を詳しく知りたい方は 宮沢賢治『略年譜』【心象中の理想郷を追い求めたその生涯!】、また、宮沢賢治に関係する人々のことを知りたい方は、宮沢賢治『雨ニモマケズ』現代語訳【賢治に影響を与えた人々!】 を、ご覧になって下さい。

羅須地人協会(らすちじんきょうかい)とは?

 大正15(1926)年に、宮沢賢治が現在の岩手県花巻市に設立した私塾のことです。
若い農民たちに、植物や土壌といった農業と関連する科学的知識を教え、そのほか、自らが唱える「農民芸術」の講義も行いました。

 しかしその活動も、保守的な農民の理解は得られず、翌年には休止してしまいます。この私塾がこの名称で活動したのは1926年8月から翌年3月までの約7ヶ月でしたが、その後も賢治は農業指導の活動を続けます。特に農家に出向いての施肥指導はよく知られています。

   羅須地人協会の建物

イーハトーブとは?

 イーハトーブとは宮沢賢治による造語で、賢治の心象世界中にある理想郷を指す言葉です。この造語は賢治の作品中に繰り返し登場します。

 賢治が生前に出版した唯一の童話集である『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』の宣伝用広告ちらしの文章は、「イーハトヴ」について以下のような説明がなされています。

『イーハトーブ童話 注文の多い料理店』新刊案内のチラシ

イーハトヴとは一つの地名である。強て、その地点を求むるならば、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。実にこれは、著者の心象中に、この様な状景をもって実在したドリームランドとしての日本岩手県である。

『紫紺染について』あらすじ(ネタバレ注意!)

 盛岡(岩手県)の特産品のなかに、「紫紺(しこん)(ぞめ)」というものがあります。桔梗(ききょう)によく似た草の根を、灰で煮出して染める染物のことですが、一時期は(すた)れてしまい、製法も染め方も分からなくなっていました。

 けれども、県工業会の役員や工芸学校の先生が色々調べて、昔と同じものが出来るようになりました。この紫紺染は、東京大博覧会にも出展され二等賞を取ったことで新聞にも毎日掲載されます。ところが、当初の苦心は相当のものでした。その研究中の一つのお話しです。

 ある日、工芸学校の先生が、昔の古い記録を見つけます。そこには、「山男が西根山(にしねやま)で紫紺の根を掘り、それを盛岡の生薬(きぐすり)商人・近江屋源八(おうみやげんぱち)に一(ぴょう)二十五(もん)で売り、それから酒屋で酒一()(10(しょう):18リットル)を二十五文で買って立ち去った。」と、記されていました。

 これを読んだ先生は、「紫紺の職人も生薬屋もみんな死んだ。一つ山男を呼び出して聞いてみよう。」と、思い立ちます。そこで紫紺染研究会の人たちと相談をし、九月六日の午後、内丸(うちまる)西洋(せいよう)(けん)にて山男の招待会をすることに決めました。先生は山男宛に手紙を出します。

 九月六日、紫紺染に熱心な二十四人が西洋軒に集まりました。誰もが皆、(山男が本当に来るのか?)と、大変心配していました。ところが山男は本当にやって来ます。みんなは想像と違い、山男が紳士風なのですっかり驚いてしまいます。

 ただ一人、本屋の主人だけは思わずにやりとしました。なぜなら昨日、『知って置くべき日常の作法』という本を買った男が、山男にそっくりだったからです。―――宴会もすすみ、話しもはずんでいきました。とは言うものの紫紺について中々訊ねることはできません。

 会長は山男に、「あなたは普段どんなものをお食べになりますか?」と聞きます。すると山男は、「栗の実やわらびや野菜です。」と答えます。続けて、「野菜はあなたがお作りになるのですか?」と聞くと、「お日さまがおつくりになるのです。」と、山男は答えたのでした。

 そしてとうとう会長さんが、「あなたは紫紺のことはよくごぞんじでしょうな?」と、切り出します。山男はお酒をがぶりと飲み、「しこん?聞いたようなことだがよく分かりません。」と、答えました。みんなはがっかりし、(紫紺のことを知らない山男など用はない)と思います。

 それからは自分たちの懇親会のつもりで、めいめい勝手に飲み始めます。ところが、山男にはそれが大変嬉しかったようで、山男もしきりにお酒を飲み、しまいには「へろれって、へろれって」と、途方もない声で吠えたり、ラッパ飲みを始めたので震え出す人もいました。

 会長さんは、そんな場の乱れを引き締めようとしたものの、その会長さんじたいヘロヘロに酔っています。するとその時、山男が立ち上がり、一同に向かってこのように話したのでした。

 「私はひどいアルコール中毒なのであります。ですから皆様と反対にお酒を飲まないと物を忘れるのです。それでお酒を飲んで、紫紺について一生懸命思い出しました。あれを()めるには黒い湿った土を使うという話をぼんやりと覚えています。」

 工芸学校の先生は、「黒い湿った土を使うこと」と手帳に書いて、ポケットにしまいました。宴会が終わると、山男は飛ぶように玄関へと降りて行きます。みんなは見送ろうと玄関に行きましたが、そのとき既に山男は居ませんでした。

 紫紺染が東京大博覧会で二等賞をとるまでにはこんな苦心があったというお話です。

青空文庫 『紫紺染について』 宮沢賢治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1937_18525.html

『紫紺染について』【解説と個人的な解釈】

 『紫紺染について』は、宮沢賢治の生前未発表作品で、原稿執筆時期も不明です。物語の中で「東京大博覧会」と語られているのは、大正11(1922)年3月10日から7月31日まで開催された「平和記念東京博覧会」のことと思われ、実際この博覧会で「紫紺染の作品」が入賞しています。

 研究会の人たちは、製法が途絶えていた「紫紺染」を復活させるため、山男を招待します。けれども山男が「紫紺染のことを分からない」と言ったため、一同は(それなら山男に用はない)と、めいめいに飲み始めます。

 当初から山男に対し偏見を持っていた人たちは、山男が「利用価値がない」と分かり、更に差別的になっていきます。招待されるにあたり「作法」を学んできた山男とはえらい違いです。ここで一つ考えて見ましょう。

 自然の恵みを大切にして暮らし、山の幸を「お日さまがおつくりになるのです。」と話す山男と、打算的かつ差別的な、町で暮らす研究会の人たち、どちらが人間として美しいかどうか?

 物語の結末、山男は一目散に帰りますが、それは人間の醜さが混在する町から早く逃れたかったからだと個人的に解釈しています。

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あとがき【『紫紺染について』の感想を交えて】

 冒頭で「偏見や差別」について書きました。「偏見」とは文字の如く、偏った見方や考え方のことを言います。「偏見」の場合、誤った知識を修正するとか、努力次第で無くすことができます。「偏見」が「差別」に繋がることが多く、早いうちに解消させることが大事です。

 紫紺染研究会の人たちは、山男を “ 野蛮で無知な人間 ” という「偏見」を持っていました。ところが以外にも紳士風なのに驚きます。けれどもお酒が入り、次第に馬脚を現していく山男に対し嫌悪感を示し「差別意識」が働いていきます。

 もしもですが、研究会の人たちが最初から山男のことを理解しようと努めていたら、もっと円満に事は運んだのではないかと想像します。とこかくとして、人を蔑む心は愚かだと肝に銘じなければなりません。これは自戒の念でもあります。

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