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小川未明『白い門のある家』あらすじと解説【忘却する過去!】

名著から学ぶ(童話)
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はじめに【現代人は忙しいの?】

 よく「現代人は忙しい」という声を聞きますが、果たして本当なのでしょうか?―――結論から言うと事実と言えるでしょう。けれどもこの忙しさとはあくまで精神的な忙しさのことです。

 むかしに比べると、家事や仕事の労働時間は圧倒的に短縮され、暮らしは格段に便利になっています。けれどもそれによって生じた時間は、趣味や自分磨き、または副業に費やされていきます。

 これではいくら時間があっても足らず、精神的に休む暇もないでしょう。小川未明の童話『白い門のある家』は、そんな人たちに読んで頂きたい作品です。

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小川未明『白い門のある家』あらすじと解説【忘却する過去!】

小川未明(おがわみめい)とは?

 小川未明(本名・小川健作)は、大正・昭和期の小説家、児童文学作家です。(1882~1961)
小川未明は新潟県中頚城(なかくびき)郡高城村(現・上越市幸町)に生まれます。

 東京専門学校(現・早稲田大学)英文科在学中、坪内逍(つぼうちしょう)(よう)の指導を受け、処女小説『(あられ)(みぞれ) 』 (1905) で文壇にデビューします。またこの頃、逍遙から「未明」の雅号をもらい、「小川未明」という名前で執筆を始めます。

 その後は、短編集『愁人』『緑髪』『惑星』を次々と刊行していきます。大正期に入ってからの未明は社会主義的な傾向を強めていきます。また、この時期に創刊された『赤い鳥』なども影響し、童話も盛んに書くようになっていきます。

※『赤い鳥』 鈴木三重吉が創刊した童話と童謡の児童雑誌

 大正15/昭和元(1926)年、『未明選集』全6巻の刊行を機に、童話作家として専念することを決意します。以後、『牛女』『赤い蝋燭(ろうそく)と人魚』『野薔薇』『考えこじき』など、数々の名作を描き続けました。

 昭和36(1961)年5月11日に脳出血のため東京都杉並区高円寺南の自宅で死去します。(没年齢・79歳)

   小川未明

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坪内逍遙(つぼうち しょうよう)とは?

 坪内逍遙(本名・坪内勇蔵)は明治から昭和前期の小説家、劇作家、評論家です。(1859~1935)

 坪内逍遙は、安政6年5月22日(1859.6.22)、美濃国太田村(岐阜県美濃加茂市)の尾張藩代官所役人の家に生まれます。東京大学文学部政治科を卒業し、後に早稲田大学の前身である東京専門学校の教授となります。この頃に小川未明が生徒となり指導をします。

 文芸誌『早稲田文学』(1891)の創刊、シェークスピアの研究・翻訳、また文芸協会を主宰して演劇運動にも尽力するなど、日本近代文学、演劇の発展史に大きな功績を残します。

 昭和10(1935)年2月28日、感冒に気管支カタルを併発し、死去します。(没年齢・75歳)

   坪内逍遙

童話『白い門のある家』について

 小川未明の童話『白い門のある家』は大正14(1925)年7月、児童雑誌『赤い鳥』14巻5号に発表されます。

『白い門のある家』あらすじ(ネタバレ注意!)

 静かな春の晩のことです。一人の男が家で仕事をしていました。彼はふと、喫茶店(カフェー)にでも行ってコーヒーを飲みたいと思いました。外に出ると、おぼろ月夜が出ていて、なにもかもが夢でも見ているようでした。

※おぼろ月(朧月) 春の季語。春に見られるほのかに(かす)んだ月のこと。

 彼は、町へ出て始めて、夜が更けていることに気がつきました。人もあまり歩いていません。彼は顔なじみの喫茶店のほうに歩いて行ったのですが、すでにその店も閉まっていました。

 がっかりした彼が来た道を引き返そうとすると、「こんばんは。」と、一人の見知らぬ男から呼び止められました。その男は親しそうに寄って来て、「いい喫茶店をご案内いたしましょう。」と言いました。彼はためらいます。

 けれどもその男に何となく親しみを感じた彼は、一緒に行くことにしました。今まで何度も通った道のはずなのに、どことなく町が美しく見えます。(月の光が全てのものを美しく照らして見せているのだろう)と思いました。

 喫茶店の入口には緑色のカーテンがれていました。中へ入ると花がたくさん(びん)()けられていて、どこからかマンドリンの音が流れていました。彼と男は一つのテーブルに向かい合って座ります。

 このとき始めて(あかり)の下で男の顔を見た彼はびっくりしました。むかし南洋の島で亡くなった従兄(いとこ)に似ていたのです。そして店内を見回すと、思い出せないけれど、客のどの顔も一度はどこかで見たことのある顔で、彼は自分の目を疑ったのでした。

 そのうち男は席を立って他の客のほうに行きました。奥の方から聴こえてくるマンドリンの音色を聴いていると、遠い昔のことなどを思い出して悲しくなりました。するとマンドリンの音がやみます。そのとき彼の目の前に、美しく若い婦人が現れたのでした。

 「私をお忘れになったでしょう?」と婦人は言って、彼の前の席に座りました。そして、「あなたはいつも、私が、マンドリンを弾いている窓の下を通って、学校へいらっしゃいました。ある雨の日、私はあなたに傘をお貸ししました。そのお礼としてあなたは、綺麗な本を持って来てくださいました。」と話しました。

 彼は、「すっかり忘れていました。今あの時分のことを思い出しました。」と言って、過ぎ去った日のことをなつかしく思ったのでした。婦人は、「今夜は、もう遅くなりましたから帰ります。またいつかお目にかかります。」と言い残して店を出て行きました。

 時計が十二時半を打つと、客はみんな帰って行きました。彼も男と一緒に店を出ました。男は、「お気にいりませんでしたか?」と彼に(たず)ねました。彼は、「しんみりとした、いいところです。珍しく見覚えのある人にあって、色んなことが思い出されてなりません。」と答えました。

 二人は、おぼろ月夜の中を歩きました。すると男が、「私の家は、ここから三軒めの奥に入ったところです。どうか、お遊びにいらしてください。」と言いました。後ろ姿を見送ると、男は白い門のある家へと入って行きました。彼は家に帰って眠りにつきました。

 それから数日後のある晩のことです。彼は、男に連れられて行った喫茶店を思い出して、もう一度行ってみたくなりました。ところがどんなに探しても緑色のカーテンの垂れている喫茶店は見つからないのです。

 彼は今度、白い門のあった家を訪ねて行きました。けれどもこの家も見当たりません。近所の人にも訊ねてみても、「ここらには、白い門のある家はありません。」と、答えました。このことを人に話しても、誰も信じてくれなく、「夢を見たのだろう。」と言うばかりでした。

青空文庫 『白い門のある家』 小川未明
https://www.aozora.gr.jp/cards/001475/files/53151_59550.html

『白い門のある家』【解説と個人的な解釈】

 仕事で疲れた主人公が、顔なじみの喫茶店に出かけます。しかしすでに店は閉まっていたため、見知らぬ男に導かれるままに、とある喫茶店を訪れます。そこで過去に一度は会ったことのある人々に巡り合うといった不思議な物語です。

 先ず、主人公を導いた男は、南洋の島で亡くなった従兄と似ていました。ちなみに大正時代「第一次世界大戦」が起こり、日本も当時ドイツ領だった南洋諸島を占拠します。従兄はこの戦いで戦死したのでしょう。

 次にマンドリンを弾いていた美しい婦人ですが、「窓からいつも見ていた」とあるように、主人公に好意を抱いていたと思えます。婦人は「またいつかお目にかかります。」と言い残して去って行きます。

 従兄に似た男も、「どうか、お遊びにいらしてください。」と言い、白い門のある家へ入って行きます。ところが後日行ってみても、喫茶店も白い門のある家も見つかりません。ここからは個人的な解釈になりますが、主人公を導いた男を含め、喫茶店で見た人々は既に亡くなっている人たちのような気がします。

 ですから死後の世界での再会を約束して帰って行ったのです。つまりかつて主人公と親交を結んでいた人たちが、忙しさのあまり過去さえ忘却している主人公に、「少しは休んだら?」という意味で、不思議な体験をさせたのだと想像します。

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あとがき【『白い門のある家』の感想を交えて】

 冒頭で「現代人は忙しい」と書きましたが、それはわたし自身にも言えることです。もはや当たり前のようになっている競争社会のなか、人は、置いて行かれまいと必死になります。

 そんな社会の中で、忙しくすることは当然と言えるでしょう。とは言え、これではいつか心に(ひずみ)が起きてしまいます。『白い門のある家』の主人公もまた、ゆとりの無い生活の中、ノイローゼに陥ったと解釈する人もいます。または月夜の幻覚だったと言う人もいます。

 ともかくとして、ときに立ち止まったり、過去を振り返ったりする時間も大事です。コスパ重視とも言える世の中ですが、たまには真逆のことをするのも良いかも知れませんね。と、思う今日この頃です。

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