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芥川龍之介『トロッコ』あらすじと解説【憧れ・喜びが恐怖へ!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【忘れられぬ幼少の頃の記憶】

 「廃線マニア」という人たちがいます。実はわたしの知人にも一人いるのですが、何年か前その知人の誘いで、かつては国鉄が走っていたというルートを散策したことがあります。

 線路や枕木等は撤去されていましたが、砂利が残っているせいか、草はそんなに生えておらず歩き易かったのを記憶しています。駅だった場所は、巨大なむき出しのコンクリートが横たわっているだけです。

 知人がわたしに語りかけます。「どうだ、浪漫があるだろ?」正直わたしにはわかりませんでしたが、同意した素振りを見せました。しばらく行くとトンネルが見えてきます。

 網が張られ立ち入り禁止になっているものの知人は「破れている箇所があるから入ろう!」と言いました。このときわたしはハッキリと拒否しました。実は暗いところが苦手なのです。それは幼少期の体験が原因でした。

 そして同時にこんなことも考えていました。―――『トロッコ』の良平と同じだな、と。

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芥川龍之介『トロッコ』あらすじと解説【憧れ・喜びが恐怖へ!】

芥川龍之介とは?

 大正・昭和初期にかけて、多くの作品を残した小説家です。芥川龍之介(1892~1927)
芥川龍之介は、明治25(1892)年3月1日、東京市京橋区(現・東京都中央区)で牧場と牛乳業を営む新原敏三の長男として生まれます。

 しかし生後間もなく、母・ふくの精神の病のために、母の実家芥川家で育てられます。(後に養子となる)学業成績は優秀で、第一高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学英文科に進みます。

 東京帝大英文科在学中から創作を始め、短編小説『鼻』が夏目漱石から絶賛されます。今昔物語などから材を取った王朝もの『羅生門』『芋粥』『藪の中』、中国の説話によった童話『杜子春』などを次々と発表し、大正文壇の寵児となっていきます。

   夏目漱石

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 本格的な作家活動に入るのは、大正7(1918)年に大阪毎日新聞の社員になってからで、この頃に塚本文子と結婚し新居を構えます。その後、大正10(1921)年に仕事で中国の北京を訪れた頃から病気がちになっていきます。

 また、神経も病み、睡眠薬を服用するようになっていきます。昭和2(1927)年7月24日未明、遺書といくつかの作品を残し、芥川龍之介は大量の睡眠薬を飲んで自殺をしてしまいます。(享年・35歳)

   芥川龍之介

小説『トロッコ』について

 『トロッコ』は、芥川龍之介の短編小説で、大正11(1922)年3月 1日発行の雑誌『大観』(実業之日本社)に発表されます。翌年の大正12(1923)年に、創作集『春服』に収録されました。

 物語の素材は、芥川に憧れて上京し、芥川と知遇を結んでいた、湯河原出身の雑誌記者・力石平三の手記から得たものです。

 力石の幼年時代、熱海軽便鉄道は、人車鉄道から軽便鉄道への切り替え工事を行っていました。手記とはその工事を見物したときの回想を記したものです。

『トロッコ』あらすじ(ネタバレ注意!)

 良平が八歳のとき、小田原熱海間で鉄道の敷設(ふせつ)工事が始まりました。良平は毎日、工事の見物に行きます。その理由は、トロッコで土を運搬する様子が面白かったからでした。良平は思います。―――(トロッコに乗れないまでも、押すことさえできたら)と。

 ある二月の夕方、良平は、二つ下の弟や、隣の子供と一緒にトロッコを見に行きました。するとそこにはトロッコだけがあり、土工たちの姿は見えませんでした。三人の子供が恐る恐るトロッコを押してみたところ、ごろりと車輪が回ります。

 三人はそのままトロッコを勾配が急になるまで押していくと、良平の合図でトロッコの上へと飛び乗りました。トロッコは三人を乗せて勢いよく動き出します。良平は有頂天になります。けれども、すぐに止まってしまいました。

 三人がもう一度トロッコに乗ろうと押し始めたとき、突然、誰かに怒鳴られます。そこには背の高い土工が佇んでいました。その瞬間三人は一斉に逃げ出します。それから良平は、トロッコを見ても乗ろうとはしませんでした。

 それから十日あまり経った日、良平は一人でトロッコが来るのを眺めていました。トロッコを押しているのは親しみやすそうな二人の若い男です。良平が、「おじさん。押してやろうか?」と声をかけると、土工たちはこれを快諾します。

 押しながら良平は土工たちに、「何時(いつ)までも押していて良い?」と尋ねると、土工たちは「良いとも」と、同時に返事をしてくれました。線路が下りになると、一人の土工が良平に、「やい、乗れ」と言います。良平は直ぐに飛び乗りました。

 良平を乗せたトロッコは、蜜柑畑の匂いを浴びながら走り出します。良平は(押すよりも乗る方がずっと好い)と当り前の事を考えていました。トロッコが走るのを止めると、三人はまた押し始めます。そのうち崖の向こうに海が見えてきました。

 そして再びトロッコに乗った良平でしたが、さっきのように、面白い気もちにはなれませんでした。余りにも遠くに来過ぎたことが感じられたからです。良平は思います。(このトロッコがはやく帰ってくれたらいい)と。

 次にトロッコは茶店の前で止まりました。そこで良平は、土工たちから駄菓子をもらいます。けれども良平は、はやく帰りたい気持ちで、内心イライラしていたのです。さらに進むと、また同じような茶店があってそこで休憩をとりました。

 良平は(もう日が暮れる)と不安になります。けれどもそんな良平に、土工たちは無造作に、「われはもう帰んな。」「遅くなるとわれの家でも心配するずら。」と口々に言うのでした。

 この言葉を聞いた良平は、一瞬あっけに取られて、泣きそうになります。けれども泣いても仕方がないと思った良平は、線路伝いに走り出しました。しばらく夢中で走っていると(ふところ)に入れていた菓子包みが邪魔になったのでこれを放りだし、板草履も投げ捨てました。

 時々涙がこみ上げてきます。けれども良平は我慢して走り続けました。行きと帰りで景色が違うのも不安です。羽織も脱いで捨てました。蜜柑畑まで戻ってきた頃には、あたりはもう暗くなっています。(命さえ助かれば)―――良平はそう思いながら走りました。

 夕闇の中、やっと村はずれの工事現場が見えたとき、良平はたまらず泣きそうになります。けれども、このときも泣かずに駆け続けました。村に入ると、家々には明かりがともっています。家の門口に駆け込んだとき、良平はとうとう大声を出して泣きました。

 家の人たちは、泣いている理由を尋ねますが、彼はただ泣き立てるより仕方がありませんでした。今までの心細さをふり返ると、いくら泣き続けても足りない気がしたからでした。

 良平は二十六歳になり、妻子と一緒に東京へ出てきて、雑誌社の仕事をしています。彼は、時々そのことを思い出します。塵労(じんろう)に疲れた彼の前には今も、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続しているのです…………。

青空文庫 『トロッコ』 芥川龍之介
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『トロッコ』ひとこと解説

ここでは良平の心の動きだけに焦点を当てて解説したいと思います。

  1. [憧れ]  良平はトロッコに乗り込むことに「憧れ」の気持ちを抱いています。それは(土工になりたい)とまで思う、働く大人たちに対する憧れでもありました。
  2. [喜び]  その「憧れ」が現実となります。人の良さそうな二人の土工を手伝うことになった良平はトロッコに乗り込み「喜び」を実感します。
  3. [不安]  そんな「喜び」も束の間でした。家から次第に離れていくうちに「不安」になっていきます。もはやトロッコに乗っても「喜び」の感覚は失われていました。
  4. [疑念]  良平の心には、どこかに(このトロッコは戻らないかもしれない)といった「疑念」も湧き起ってきます。けれども良平はこの「疑念」を頭の中で打ち消しています。それは茶店での一連の苛立ちから察することができます。
  5. [恐怖]  やがてそんな「疑念」が二人の土工から告げられた言葉で現実になります。来た道を今から一人で帰らなければならないと分かると「恐怖」を覚えます。良平は帰り道の途中で(命さえ助かれば)とまで考えます。
  6. [安堵]  家にたどり着いた瞬間「恐怖」から「安堵」に変わります。良平はとにかく大声で泣くことしかできませんでした。この場面にそれまでの心細さが凝縮されています。

 このように主人公・良平の感情は目まぐるしく変化します。『トロッコ』が情景描写に長けている作品と云われるのも納得です。

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あとがき【『トロッコ』の感想を交えて】

 冒頭部分で、幼少期の体験が原因で暗いところが苦手になったと書きましたが、それはこんな体験でした。小学二年のときだったでしょうか、当時冒険ごっこという遊びが仲間内で流行っていました。いわゆる肝試しです。

 そこで普段は誰も近づかない防空壕を冒険しようとなったのです。防空壕とはいっても洞穴のようなものです。友達二人と僕は勇気を振り絞ってその中に入って行きました。

 ちょっとした高揚感も手伝ってか最初はみんな饒舌でした。ところが二十メートルほど進むと無口になります。明らかに何かの気配が感じられたのです。友達の一人が「誰だ!」と叫びました。

 その瞬間、何百匹というコウモリが一斉に入口に向かって羽ばたいていったのです。勿論わたしたちも一斉に逃げ出しました。ところが、わたし一人が足を挫いて動けなくなってしまったのです。懐中電灯は友達が持っていました。

 そのとき、暗闇に取り残されたことが原因で苦手になったのです。中学になってから『トロッコ』という作品を読んだとき、冒険時の自分の気持ちが書かれているかのようで驚きました。

 『トロッコ』では、結末で大人になった良平が、時々そのことを思い出すとありましたが、わたしも廃線のトンネルを見たとき、同じようにそのときの恐怖が蘇ってきました。

 わたしの前には今も、暗闇の中のひんやりとした空気と、ぬるぬるした岩肌が断続しているのでしょうか。

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