はじめに【もしも宝くじに当たったら?】
ある宝くじ売り場の看板にでかでかと “ 当売り場から出ました、一等7億円‼ ” なんて、威風堂々たる文字が書かれてありました。わたしも、たま~にですが気が向いたとき、宝くじを買ったりすることがあります。
ですが、当選結果を見ないうち数年が経ち、紙くずになってしまうことも。
最初から、「こんなもん当たる筈がない」という先入観があるのでしょうね。だったら買わなければいいのにと自分でも思います。
でも何でしょう。(もしも高額当選が当たったら使い道はどうしようか?)そんなことを空想するだけでも胸が躍ります。だからそんな気持ちを持続させようとして、結果を見ないで取って置くのでしょう。
それと実は、仮に当選してしまったら。という恐怖心もあるのです。
芥川龍之介の短編小説『杜子春』の物語が、脳裏によぎってしまうからなのかも知れません。
芥川龍之介『杜子春』に学ぶ人生観【人間らしく正直に生きる!】
芥川龍之介とは?
大正・昭和初期にかけて、多くの作品を残した小説家です。芥川龍之介(1892~1927)
芥川龍之介は、明治25(1892)年3月1日、東京市京橋区(現・東京都中央区)で牧場と牛乳業を営む新原敏三の長男として生まれます。
しかし生後間もなく、母・ふくの精神の病のために、母の実家芥川家で育てられます。(後に養子となる)学業成績は優秀で、第一高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学英文科に進みます。
東京帝大英文科在学中から創作を始め、短編小説『鼻』が夏目漱石から絶賛されます。今昔物語などから材を取った王朝もの『羅生門』『芋粥』『藪の中』、中国の説話によった童話『杜子春』などを次々と発表し、大正文壇の寵児となっていきます。
夏目漱石
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本格的な作家活動に入るのは、大正7(1918)年に大阪毎日新聞の社員になってからで、この頃に塚本文子と結婚し新居を構えます。その後、大正10(1921)年に仕事で中国の北京を訪れた頃から病気がちになっていきます。
また、神経も病み、睡眠薬を服用するようになっていきます。昭和2(1927)年7月24日未明、遺書といくつかの作品を残し、芥川龍之介は大量の睡眠薬を飲んで自殺をしてしまいます。(享年・35歳)
芥川龍之介
『杜子春』とは?
唐代伝奇のひとつ『杜子春伝』を原作とし、芥川龍之介が一部内容を書き換えて、子供向けに童話化した作品です。
『杜子春伝(とししゅんでん)』について
『杜子春伝』は、李復言が書いた《続玄怪録》中の一編です。
当時の中国(唐朝時代)は、道教が朝廷の手厚い保護を受けています。このような背景から、唐代の伝奇小説には道教や道士、仙人や仙術を語る話が多く、「杜子春伝」はその代表的な作品の一つとして数えられています。
李復言(りふくげん)とは?
李復言とは、中国、唐朝時代の文士、伝奇小説家です。けれども経歴等については不詳で、『杜子春伝』の作者としてだけ知られています。
道教(どうきょう)とは?
道教とは、中国三大宗教(三教と言い、儒教・仏教・道教を指す)の一つで、老子を教祖とし、仙人となって不死を得ることを窮極の目的としています。
道家の所説を主要な教義とするところから道教と称していますが、他にも古来の天帝、星辰、山岳などに対する信仰や、民間の俗信を広く取り入れていて、多神教的であることに特色があります。
その教義は陰陽五行説、讖緯説、儒教倫理、仏教教理などを含んでいて、日本には道教そのものとして伝来することはありませんでしたが、神道、陰陽道、修験道などに微妙な影響を与えていています。
陰陽太極図
『杜子春』あらすじ(ネタバレ注意!)
唐の都、洛陽の西門の下で杜子春という若者が途方に暮れていました。
元は金持の息子でしたが、今はその日の暮らしにも困るくらい、憐れな身に落ちています。
杜子春は、ぼんやりと空を眺めながら、「こんな思いで生きているなら、いっそのこと死んでしまった方がましかも知れない」。そんなことばかり考えています。
そこへ一人の老人が現れ、杜子春に、「おまえは何を考えているのだ」と、問いかけます。老人の問いかけに杜子春は思わず、自分の置かれている状況を正直に答えます。
老人は「夕日の光の中に立ち、お前の影の頭の部分を掘るように」と言って立ち去ります。杜子春は、とりあえず言われたとおりにしてみます。すると、地面の中からたくさんの黄金が出てきたのです。
大金を手にした杜子春は、贅沢三昧な暮らしを始めますが、いつの間にか、全ての財産を使い果たしてしまいます。再び杜子春は、洛陽の西門の下で途方に暮れます。すると、またもや例の老人が声をかけてくるではないですか。
老人はまた杜子春に黄金のありかを教えます。ですが、またしても贅沢三昧をし、おびただしい黄金も使い果たしてしまいます。三度目、杜子春が洛陽の西門の下で佇んでいると、やはり老人は声をかけてきます。
老人は再び黄金のありかを教えようとします。しかし杜子春は、「お金はもういらない」と言い、老人に「あなたは仙人でしょう。どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えて下さい」と、弟子入りを志願します。
老人は「峨眉山に住む鉄冠子という仙人だ」と名乗り、杜子春の弟子入りの願いを聞き入れます。峨眉山で仙人の修行を始めた杜子春に老人は「何が起ころうと声を出してはいけない。一言もしゃべらなければ仙人にしてやろう」と告げ、去ります。
それから杜子春を、様々な幻覚が襲いかかります。虎と蛇の同時に食われそうになったり、ときには稲妻に打たれ、また、神将の槍に突かれても杜子春は決して口を開こうとしません。
ついには地獄のエンマ大王の前に引きずり出されても黙り込む杜子春です。
けれども、馬の姿となった父と母が連れてこられ、目の前で鬼どもにむちで打たれるのを見た杜子春は、とうとう「お母さん!」と叫んでしまいます。
―――気が付くと、杜子春はまた洛陽の西門の下にいました。
老人は杜子春に「やはり、おまえは仙人になれなかったな」と言います。
杜子春は、「いくら仙人になれたとしても、あの時声を出さないわけにはいかなった」と言います。
老人は杜子春に問いかけます。「では、これからどうするか」と。
杜子春は答えます。
「人間らしい、正直な暮しをするつもりです」。
青空文庫 『杜子春』 芥川龍之介
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李復言『杜子春伝』と芥川龍之介『杜子春』の違い!
あらすじの違いについて
峨眉山で仙人の修行を始めた杜子春に老人は「何が起ころうと声を出してはいけない。」と告げて去ります。すると、妖怪や神将、エンマ大王があらわれ杜子春に口を開くよう、詰め寄ります。
ここまでの内容はほぼ同じです。しかし、このあとの声を出してしまう理由と、そのあとの老人の態度が大きく異なります。
李復言『杜子春伝』
杜子春は女性に転生させられて、結婚して子供を産みます。それでも口を開かなかった杜子春に夫は「自分を侮っているからだ!」と言い、目の前で赤ん坊を石に叩きつけて殺してしまいます。
杜子春はその瞬間、悲鳴をあげてしまいます。老人は激怒して、杜子春を山から追い返してしまいます。
芥川龍之介『杜子春』
あらすじにも書いたように、杜子春の前に、馬の姿になった両親が連れてこられます。そして、目の前でむちを打たれる様子を見せられます。
じっと痛みに耐えている両親のその姿に、とうとう杜子春は声をあげてしまいます。老人は声を出した杜子春に対し、満足そうに受け止めています。
テーマの違いについて
李復言『杜子春伝』
“ 仙人となって不死を得ることの難しさ ” つまり、その道を究めることの難しさとその覚悟を語っています。
芥川龍之介『杜子春』
人間は人間性を捨てるべきでないという、人道主義を語っています。
あとがき【『杜子春』の感想も交えて】
『宝くじ』で夢を買う。と、人は皆言います。わたしの場合は、夢もそうですが、現実逃避の手段として『宝くじ』を購入していると言えます。悲しいかな、わたしも含め、人間とは欲深い生き物です。
杜子春は二度も大金を手にしたにもかかわらず、仙人になって不思議な仙術を手に入れたいと、それ以上のことを望みます。
若き日のわたしにも、何度か怪しげな投資話が持ち込まれたことがあります。
そして一度だけですが、欲を出したわたしは、そんな投資話に乗って大損をしたことも。
時間が経った今だからこそ、良い人生勉強だったと思うことができますが、当時は悔しさのあまり眠れない日が続きました。わたしもいつか、なにも望まず、杜子春のように「人間らしい、正直な暮しをするつもりです」。と言える日がくると信じています。
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