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芥川龍之介『桃太郎』あらすじと解説【鬼が島は天然の楽土!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【おとぎ話『桃太郎』について】

 日本で最も有名なおとぎ話と言うと『桃太郎』を連想する人が多いのではないでしょうか。一般的に知られている内容は、「桃から生まれた桃太郎がお祖父母に育てられ、やがてイヌ、サル、キジを家来にして鬼ヶ島へ鬼退治に行き、見事に鬼を退治した桃太郎は郷里に鬼の財宝を持ち帰る。」というものです。

 けれどもこの話は、明治時代になってからのもので、当時、大日本帝国の国家体制に伴い、創作されたものと言われています。それはさておき、全国各地には様々な「桃太郎」の伝承が残されています。

 「桃太郎」ゆかりの地とされる岡山では、鬼に酒を飲ませて退治するという話が伝えられ、香川県では「桃太郎」が女性だったとする伝承もあり、地域ごとにその内容は違っています。このように色々な「桃太郎」がある中、個人的には、芥川龍之介の『桃太郎』を読んだときの衝撃が忘れられません。

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芥川龍之介『桃太郎』あらすじと解説【鬼が島は天然の楽土!】

芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)とは?

 大正・昭和初期にかけて、多くの作品を残した小説家です。芥川龍之介(1892~1927)
芥川龍之介は、明治25(1892)年3月1日、東京市京橋区(現・東京都中央区)で牧場と牛乳業を営む新原敏三の長男として生まれます。

 しかし生後間もなく、母・ふくの精神の病のために、母の実家芥川家で育てられます。(後に養子となる)学業成績は優秀で、第一高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学英文科に進みます。

 東京帝大英文科在学中から創作を始め、短編小説『鼻』が夏目漱石から絶賛されます。今昔物語などから材を取った王朝もの『羅生門』『芋粥』『藪の中』、中国の説話によった童話『杜子春』などを次々と発表し、大正文壇の寵児となっていきます。

   夏目漱石

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 本格的な作家活動に入るのは、大正7(1918)年に大阪毎日新聞の社員になってからで、この頃に塚本文子と結婚し新居を構えます。その後、大正10(1921)年に仕事で中国の北京を訪れた頃から病気がちになっていきます。

 また、神経も病み、睡眠薬を服用するようになっていきます。昭和2(1927)年7月24日未明、遺書といくつかの作品を残し、芥川龍之介は大量の睡眠薬を飲んで自殺をしてしまいます。(享年・35歳)

   芥川龍之介

短編小説『桃太郎』について

 短編小説『桃太郎』は、大正13(1924)年7月1日、週刊誌『サンデー毎日』で発表されます。ちなみに『サンデー毎日』は日本で初めての総合週刊誌で、芥川は16作品をこの週刊誌に発表しています。

『桃太郎』あらすじ(ネタバレ注意!)

 むかしむかし、ある深い山の奥に大きい桃の木がありました。この木は一万年に一度花を開き、不思議なことに()には美しい赤児(あかご)(はら)んでいました。ある朝のことです。一羽の八咫(やた)(がらす)がその実を(ついば)み、(はる)か下の谷川へと落としたのでした。その後の話しは日本中の子供の知っている通りです。

※孕む(はらむ) 女、または高等動物の雌が、腹に子を宿す。妊娠する。
※八咫烏(やたがらす) 神武天皇が東征の時、熊野から大和へぬける山中の道案内として、天照大神の命を受けて飛来したという神話の中の烏。
※啄む(ついばむ) 鳥がくちばしでつついて食べる。

 桃から生まれた桃太郎は鬼が島の征伐(せいばつ)を思い立ちました。思い立った理由はお爺さんやお婆さんのように山や川や畑へ仕事に出るのが嫌だったからです。老夫婦も内心では働かないうえに腕白(わんぱく)な桃太郎に愛想を尽かしていました。

 老夫妻は桃太郎の言うなりに出陣に必要なものを整えてあげます。兵糧(ひょうりょう)も桃太郎の注文通り、(きび)団子(だんご)を作ってあげました。桃太郎は意気揚々(いきようよう)と鬼が島征伐へと向かいます。途中で犬、猿、(きじ)を仲間にしますが、計算高い桃太郎は、黍団子を半分ずつしかあげませんでした。

※意気揚々(いきようよう) 誇らしげに、得意そうに振る舞うようす。 「揚揚」は得意なようす。

 犬、猿、維を仲間にしたものの彼らは残念ながら仲が良くありませんでした。犬は意気地(いくじ)のない猿を馬鹿にし、猿はもっともらしい雉を馬鹿にし、地震学に通じた雉は頭の鈍い犬を馬鹿にします。それでも桃太郎は言葉巧みに言い含めて(とも)をさせたのでした。

 鬼が島は絶海の孤島ことうでした。けれども世間が思っているのとは違い、極楽(ごくらく)(ちょう)(さえず)る美しい天然の楽土らくどでした。こういう楽土に生まれた鬼は勿論平和を愛していました鬼は琴を弾いたり踊りを踊ったり、詩人の詩を歌ったりしながら安穏あんのんに暮らしていました。

※楽土(らくど) 苦しみがなく楽しい生活が送れる土地。
※安穏(あんのん) 何事もなく穏やかなこと。

 鬼の妻や娘は、(はた)を織ったり花束を(こしら)えたりと、人間の妻や娘と変わらない生活を送っていました。老いた鬼の母は孫の子守をしながら人間の恐ろしさを話して聞かせていたものです。

 「お前たちも悪戯をすると、人間の島へやってしまうよ。人間というのは気味が悪く、嘘を言うし、欲は深いし、己惚(うぬぼ)れは強いし、仲間同士殺し合うし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけようのない(けだもの)なのだよ……。

 桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えました。「進め!進め!鬼という鬼は見つけしだい一匹も残らず殺してしまえ!」桃太郎は犬、猿、雉の三匹に号令をかけます。昨日まで楽土だった鬼ヶ島も、鬼の死骸だらけになってしまいました。

 こうして悪逆非道の限りを尽くした桃太郎一行は、降参した鬼たちから島の宝物全てを巻き上げ、それだけではなく鬼の酋長しゅうちょうの子供を人質として差し出すように命じました。酋長は訊ねます。

 「わたしどもが何か無礼をしたため征伐されたと思いますが、どんな無礼をしたのでしょうか?」
桃太郎は答えます。―――「鬼が島を征伐したいと(こころざ)したから来たのだ。」

 桃太郎は人質の鬼の子供に宝物の車を引かせて、犬、猿、雉の三匹と故郷へと凱旋がいせんしました。これは日本中の子供の知っている話です。けれども桃太郎は幸福に一生を送ったわけではありませんでした。生き残った鬼たちが時々海を渡って来て桃太郎の寝首をかこうとしたのです。

※凱旋(がいせん) 戦いに勝って帰ること。

 桃太郎は思います。―――「どうも鬼というものの執念(しゅうねん)の深いのには困ったものだ。」
鬼ヶ島では鬼の若者たちが島の独立を計画し、椰子の実に爆弾を仕込んでいました。黙々と嬉しそうに……。

 桃の木は今日(こんにち)も昔のように無数の実をつけています。未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っているのです。

青空文庫 『桃太郎』 芥川龍之介
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『桃太郎』【創作の背景・解説と個人的な解釈】

 作品の書かれた大正13(1924)年当時、南洋諸島(マリアナ諸島、カロリン諸島、マーシャル諸島)は日本の占領下に置かれていました。鬼が島に椰子の木が茂っていると書かれているように、物語の舞台は南洋諸島を連想させます。つまり芥川はこの植民地統治に異を唱える為、『桃太郎』を書いたと想像できます。

 そして前年の大正12(1923)年9月1日には、「関東大震災」が起きていました。雉が地震学に通じていると書かれているのもこの記憶があったからでしょう。また「関東大震災」の混乱に乗じて「朝鮮人・中国人の虐殺事件」という凄惨な事件が発生します。

 この事件では6000名以上もの朝鮮人、700名以上もの中国人が虐殺されたと言われています。事件の発端は、「社会主義者と朝鮮人が暴動を起こし、各地で放火や暴行、井戸に毒を入れている」という流言が広まったからでした。

 鬼が島での桃太郎も、「鬼という鬼は見つけしだい一匹も残らず殺してしまえ!」と悪逆非道の限りを尽くします。まさに虐殺事件の現場そのものです。鬼たちが人間を恐ろしいと思うのも当たり前でしょう。そして虐殺されたほうは当然ながら復讐を企てます。

 このように芥川は『桃太郎』というおとぎ話を通して、当時の日本社会を風刺して見せたと言えるでしょう。最後に、結末に語られる「天才」についてですが、「馬鹿と天才は紙一重」という言葉がるように、「天才は狂気を併せ持っている」ものです。そんな「天才」が世の中を動かすと悲惨な結末を迎えると作者は言いたかったのでしょう。

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あとがき【『桃太郎』の感想を交えて】

 大日本帝国憲法(明治憲法)には表現の自由が定められていました。けれども実際は「出版法」(1893年)や新聞紙法(1909年)という法律があり「言論統制」が図られていたと言えるでしょう。

 つまり、政府にとって不都合な言論は「検閲(けんえつ)」という名の下に抹消されていたのです。そんな時代、芥川は『桃太郎』を発表します。当時を生きていた読者たちは、芥川が何を言わんとしていたか理解出来たと思います。

 さて、何度読んでも『桃太郎』という小説は、まざまざと人間の「欲望やエゴイズム」を見せつけてくれます。そしていつも思うことは「侵略戦争」の愚かさについてです。現代においてもこの愚かなる行為は繰り返し起きています。

 ともかくとして、冒頭部分とか多少難しさがあるものの、一人でも多くの子供たちに芥川の『桃太郎』を読んで頂きたいものですね。

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