スポンサーリンク

太宰治『家庭の幸福』【家庭というエゴイズムへの反逆!】

一読三嘆、名著から学ぶ
スポンサーリンク
スポンサーリンク

はじめに【インターネット投票について】

 茨城県つくば市で、スマートフォンを活用したインターネット投票の実験が始まるというニュースを見ました。(※2020年度、スマートフォン普及率は世帯ベースで77%を超える)これほどの普及率なのですから、遅いくらいと言っても良いのかも知れません。

 仮にスマートフォンを持っていない方には、役所内に専用の臨時投票所を設けて対応すればいいだけですし、コンピューターなら開票作業も早く、多くの人員を割く必要もありません。

 何よりも、流行り病の影響で “ 3密を回避する ” といった風潮が人々のあいだで共有されつつあるのですから、まさに良いこと尽くしです。先日、このことを、地元の市の職員に何気なく訊ねて見たところ、本気とも冗談ともつかない言葉が返ってきました。

 「臨時収入が無くなるから困るなあ」

 臨時収入?―――この部分に引っかかったわたしは、地方公務員が受け取る “ 選挙の投開票作業の手当 ” について少し調べたのですが、正直唖然としてしまいました。
自治体によって金額はバラバラですが、3万円~4万円のあいだの報酬が多かったようです。



 拘束時間が長いとは言え、高額な報酬だと感じるのはわたしだけでしょうか。
厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、パートタイム労働者の平均月収は10万円未満だそうです。それなりに安定した収入のある公務員にではなく、生活困窮者に仕事を振り分けたりすれば収入の格差是正にも一役買うと思うのですが・・・。

 そもそも、インターネット投票が全選挙で可能になるのなら、こんなこと考える必要さえも無くなります。それにしても、市職員の言葉には失望しました。『公僕』といった意識が微塵も感じられません。優先順位はいちに、自分の家庭の幸福なのです。

 そう言えば、太宰治の短編小説にも『家庭の幸福』と言う作品がありました。

スポンサーリンク

太宰治『家庭の幸福』【家庭というエゴイズムへの反逆!】

『家庭の幸福』は短編集『ヴィヨンの妻』(新潮文庫)に収められています。

太宰治(だざいおさむ)とは?

 昭和の戦前戦後にかけて、多くの作品を残した小説家です。本名・津島(つしま)(しゅう)()。(1909~1948)
太宰治は、明治42(1909)年6月19日、青森県金木村(現・五所川原市金木町)の大地主の家に生まれます。

 青森中学、旧制弘前(ひろさき)高等学校(現・弘前大学)を経て東京帝国大学仏文科に進みますが後に中退します。この頃、井伏鱒二(いぶせますじ)に弟子入りをし、本格的な創作活動を始めました。しかし、在学中から非合法運動に関係したり、薬物中毒になったり、または心中事件を起こすなど、私的なトラブルは後を絶ちませんでした。

   井伏鱒二

井伏鱒二『山椒魚』あらすじと解説【窮地に陥った者の悲鳴!】
井伏鱒二『太宰治のこと』要約【桜桃忌に読みたい作品④!】
井伏鱒二『屋根の上のサワン』あらすじと解説【手放すことも愛!】
井伏鱒二『へんろう宿』あらすじと解説【「お接待」慈悲の心!】

 一方、創作のほうでは『逆行』が第一回芥川賞の次席となるなど、人気作家への階段を上り始めます。昭和14(1939)年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚し、一時期は平穏な時間を過ごし『富嶽百景』『走れメロス』駆込(かけこ)(うった)へ』など多くの佳作を書きます。

戦後、『斜陽』で一躍、流行作家となりますが、遺作『人間失格』を残して、昭和23(1948)年6月13日、山崎富栄と玉川上水で入水自殺をします。(享年38歳。)ちなみに、玉川上水で遺体が発見された6月 19日(誕生日でもある)を命日に、桜桃忌(おうとうき)が営まれています。

    太宰治

 太宰治の故郷・青森県(津軽)にご関心のある方は下記のブログを参考にして下さい。

太宰治『津軽』要約と聖地巡礼!【序編―青森市・弘前市・大鰐町】
太宰治『津軽』要約と聖地巡礼!【本編①-外ヶ浜町・今別町】

短編小説『家庭の幸福』について

 『家庭の幸福』は太宰治が死去した二か月後、『中央公論』に発表されます。

 太宰が『家庭の幸福』と同時期に執筆した家庭を舞台とする作品に、『父』『おさん』『桜桃』『ヴィヨンの妻』等がありますが、いずれの作品にも無能で頼りなく、家庭から逃避している夫(父)の姿が描かれています。

 ですから本作品も、太宰の私小説的な部分に創造力を織り交ぜた構成となっています。

『家庭の幸福』あらすじ(ネタバレ注意!)

 作家・太宰治の官僚に対する考えはこうです。
官僚については今までそんなに深く考えたことがないし、“ 役人は威張る ” たったそれだけの事で、民衆だってずるく汚く欲深くて、裏切りもするし、ろくでも無いのが多いのだから官僚だけが責められるのはおかしい。

 むしろ、努力をして官僚になったのだから、少しくらい威張ってもいい。世の中の官僚には同情すら感じてしまう。

 そんな考えを持つ太宰でしたが、妻、美知子がラジオを購入してきたのをきっかけに、ラジオを聴き始めます。ある日、病に倒れ、暇つぶしにラジオをつけてみると、「街頭録音」なる番組がラジオから流れてきました。



 その番組内容は、日本政府の官僚と民衆が不平についての意見をぶつけ合うというものです。番組の中で官僚は食ってかかる民衆に対し、妙な笑い声を交えながら、要領を得ない説明をただ繰り返すだけでした。

 そんな官僚の態度に太宰は、極度の憎悪を感じます。
そして、官僚のヘラヘラした態度はいったいどこから出てくるのか、太宰は寝ながら空想し、短篇小説のテーマを思い浮かべます。



 太宰は主人公の名を仮に津島修治(太宰の本名)と付けて物語を進めていきます。
津島は東京都の或る町で公務員として働いています。小さいながらも一軒家を購入し、家族5人で、いわゆる “ 幸福な家庭 ” の(あるじ)として暮らしています。

 そんなある日、津島は少額ながら宝くじの当選金を手にします。そしてそのお金でラジオを買い換え、自宅に届けるよう手配をします。津島はとにかく早く我が家に帰って、平和な家庭の光を浴びたくてたまりません。



 帰宅時間になって帰ろうとすると、見すぼらしい身なりの女性が出産届けを持って窓口に現われます。女性はなんとか今日中に受理してもらおうと津島に懇願します。けれども、一時でも早く “ 家庭の幸福 ” を見届けたい津島は、女性を退けて帰ってしまいます。

 女性がその日の夜半、玉川上水に飛び込み、自殺をした。という記事が新聞の片隅に載っていたが、津島はそのことを知らずに今日も “ 家庭の幸福 ” に全力を尽くしていました。

青空文庫 『家庭の幸福』 太宰治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/282_45418.html

太宰治の家庭に対しての考え方【『如是我聞(にょぜがもん)』より】

 太宰は『家庭の幸福』と同時期に『如是我聞』というエッセイを書いています。そこで「家庭のエゴイズム」について批判をしています。

彼らの神は何だろう。私は、やっとこの頃それを知った。
家庭である。
家庭のエゴイズムである。
それが結局の祈りである。(略)ゲスな言い方をするけれども、妻子が可愛いだけじゃねえか。(略)所詮(しょせん)は、家庭生活の安楽だけが、最後の念願だからではあるまいか。
(『如是我聞』)

青空文庫 『如是我聞』 太宰治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1084_15078.html

スポンサーリンク

あとがき【『家庭の幸福』の感想も交えて】

 「臨時収入が無くなるから困るなあ」
そう言ったときの市職員もまた、津島と同じです。

 公務員にも家族がいて、我が身、我が保身が大事なのもわかります。
“ 選挙の投開票作業の手当 ” の額に腹を立てているわたしも同様に自分が可愛いです。

 太宰はこの短編小説をこう締め括っています。
         家庭の幸福は諸悪の(もと)

 つまりは、公務員だけではなく、わたし達ひとりひとりが多少なりとも、他人の『家庭の幸福』を望むようになれば、物語の女性のような悲劇が減らされるのではないでしょうか。

太宰治【他の作品】

太宰治『善蔵を思う』そしてわたしは、亡き友人を思う。
太宰治『黄金風景』読後、わたしの脳裏に浮かんだこと!
太宰治『燈籠』に見る【ささやかな希望の燈火と大きな暗い現実】
太宰治『富嶽百景』【富士という御山になぜ人は魅せられるのか】
太宰治・新釈諸国噺『貧の意地』あらすじと解説【心の貧困!】
太宰治・新釈諸国噺『破産』あらすじと解説【倹約ストレス?】
太宰治『清貧譚』あらすじと解説【私欲を捨ててまで守るもの?】
太宰治『ヴィヨンの妻』あらすじと解説【生きてさえいればいい!】
太宰治『葉桜と魔笛』あらすじと解説【神さまはきっといる!】
太宰治『待つ』あらすじと解説【あなたはいつか私を見かける!】
太宰治『水仙』あらすじと解説【21世紀にも天才は存在する!】
太宰治『メリイクリスマス』あらすじと解説【人間は逞しい!】
太宰治『雪の夜の話』あらすじと解説【随筆『一つの約束』!】
太宰治『薄明』あらすじと解説【絶望の淵に見る希望の光!!】
太宰治『たずねびと』あらすじと解説【他人からの善意の救済!】
太宰治『桜桃』あらすじと解説【子供より親が大事と思いたい!】
太宰治『斜陽』あらすじと解説【恋と革命のために生れて来た!】
太宰治『畜犬談』あらすじと解説【芸術家は弱い者の味方!!】
太宰治『女生徒』あらすじと解説【幸福は一夜おくれて来る!!】
太宰治『満願』あらすじと解説【原始二元論と愛という単一神!】
太宰治『トカトントン』あらすじと解説【マタイ福音書の意味!】
太宰治『走れメロス』あらすじと解説【信頼されることの重み!】
太宰治『恥』あらすじと解説【小説家なんて人の屑だわ!】

コメント

タイトルとURLをコピーしました