スポンサーリンク

太宰治・新釈諸国噺『破産』【倹約ストレスが浪費へと!】

一読三嘆、名著から学ぶ
スポンサーリンク

はじめに【とある男の『節約術』】

 こんなご時世だからでしょうか。いや、かなり前から書店に “ 節約術 ” なる本が並べられている気がします。そのなかの一冊を手に取って読んだのですが、これが意外と面白いのです。

 節約=暗い、といったイメージからはほど遠く、楽しく節約をしょうといったコンセプトのものでした。読み進めていくと「食費を削りダイエット効果も!」そんな魅力的なフレーズが目に飛び込んできます。

 考えてみたら、わたしの周りにも節約術を実践している男がいました。飲み会には絶対に参加をしないし、昼食は必ず、自分で作ってきたおにぎりを二個。自動販売機は利用せずに、ステンレスボトルにお茶を入れて持ってきています。

 平均年齢の高い組織ですから当然、評判はあまり良くありません。ですが、その徹底ぶりに、わたし自身いたく感心をしていたものでした。

スポンサーリンク

太宰治・新釈諸国噺『破産』【倹約ストレスが浪費へと!】


新釈諸国噺『貧の意地』はこの中に収められている

太宰治(だざいおさむ)とは?

 昭和の戦前戦後にかけて、多くの作品を残した小説家です。本名・津島修治。(1909-1948)
太宰治は、明治42(1909)年6月19日、青森県金木村(現・五所川原市金木町)の大地主の家に生まれます。

 青森中学、弘前(ひろさき)高校を経て東京帝国大学仏文科に進みますが後に中退します。この頃、井伏鱒二(いぶせますじ)に弟子入りをし、本格的な創作活動を始めました。


  井伏鱒二

 しかし、在学中から非合法運動に関係したり、薬物中毒になったり、または心中事件を起こすなど、私的なトラブルは後を絶ちませんでした。

 一方、創作のほうでは『逆行』が第一回芥川賞の次席となるなど、人気作家への階段を上り始めます。1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚し、一時期は平穏な時間を過ごし『富嶽百景』『走れメロス』『駆込(かけこ)(うった)へ』など多くの佳作を書きます。

 戦後、『斜陽』で一躍、流行作家となりますが、遺作『人間失格』を残して、昭和23(1948)年6月13日、山崎富栄と玉川上水で入水自殺をします。(享年38歳)ちなみに、玉川上水で遺体が発見された6月 19日(誕生日でもある)を命日に、桜桃忌(おうとうき)が営まれています。


   太宰治

太宰治『家庭の幸福』を読みながら官僚(公務員)を考える!
太宰治『善蔵を思う』そしてわたしは、亡き友人を思う。
太宰治『黄金風景』読後、わたしの脳裏に浮かんだこと!
太宰治『燈籠』に見るささやかな希望の燈火と、大きな暗い現実
太宰治『富嶽百景』【富士という御山になぜ人は魅せられるのか】
太宰治・新釈諸国噺『貧の意地』【例え貧しくとも心は豊かに!】
太宰治『清貧譚』【私欲を捨ててまで守るべきものとは?】
太宰治『ヴィヨンの妻』【私たちは、生きていさえすればいい!】
太宰治『葉桜と魔笛』【神さまは在る。きっといる。ホント?】

『新釈諸国噺(しんしゃくしょこくばなし)』とは?

『新釈諸国噺』とは、12編の短編から成る太宰治の作品集のことで、江戸時代の浮世草子・人形浄瑠璃作者であった井原西鶴の著作の中から、太宰自身がお気に入りの作品を選んで現代語訳をし、独特の趣向を凝らして描かれた作品集となっています。

 太宰は冒頭の「凡例」で次のように述べています。

西鶴は、世界で一ばん偉い作家である。メリメ、モオパッサンの諸秀才も遠く及ばぬ。私のこのような仕事に依よって、西鶴のその偉さが、さらに深く皆に信用されるようになったら、私のまずしい仕事も無意義ではないと思われる。

 ちなみに『破産』の元になっているのは(日本永代蔵、巻五の五、三匁五分(あけぼの)のかね)です。

井原西鶴(いはら‐さいかく)とは?

 井原西鶴(本名は平山藤五)とは、江戸時代前期の浮世草子・人形浄瑠璃作者・俳人です。(寛永19年(1642年)- 元禄6年(1693))

 大坂の商家に生まれた井原西鶴は、15歳頃から俳諧を学び、矢数(やかず)俳諧(はいかい)でその名を広く世間に轟かせるようになります。その後、浮世草子を手掛けるようになり『好色一代男』を始めとした、数多くの名作を残していきます。

 代表作として他に、『好色五人女』『武道伝来記』『好色一代女」』『武家義理物語』『本朝二十不孝』『日本永代蔵』『世間胸算用」』『西鶴織留』『西鶴置土産」』などがあり、近世文学の代表者の一人とされています。

矢数俳諧(やかず‐はいかい)
〘名〙 俳諧形式の一つ。京都三十三間堂の「通し矢」にならって、一昼夜または一日のあいだに独吟の句数を競った俳諧興行。大句数(おおくかず)。大矢数。矢数。

出典:精選版 日本国語大辞典

『破産』あらすじ(ネタバレ注意!)

 むかし美作(みまさか)の国(現在の岡山県の北東部)に、万屋(よろずや)という大金持ちがいました。この当主が一代で溜め込んだ金銀は、何万両、何千貫と見当がつきません。

 だからといって大邸宅を構えるわけでもなく、古くて小さな家に住んでいます。着るものも木綿の着物一枚と決め、お風呂は近所のもらい風呂、食べるものはとにかく質素でした。

 つまり、当主が一代で財を成したのは、尋常ならぬ質素倹約の賜物だったのです。
そんな調子ですから “ 酒色 ” の二文字を激しく嫌っています。実の息子さえも、見込みがないと思えば、即座に勘当を言い渡しました。

 その後、当主の妹の一子を家に入れて、二十五、六まで手代同様にこき使い、ひそかにその働きぶりを観察します。当主はこの青年を大いに気に入り、養子に迎え入れて跡取りとすることにしました。

 さて、次は嫁です。当主は養子に「嫁はどんなのがいいか。」と聞きます。すると「やきもち焼きの女房を貰いたい。」と言うのです。理由は、万が一に自分が道楽に走ろうとも、悋気(りんき)が強い女房なら、万屋の財産も安全だろうとのことです。

 この養子の言葉に当主は大喜びします。早速四方に手を回して、眼鏡に叶う娘を見つけてきて、養子の嫁に迎えます。そして、自分ら夫婦は隠居をし、家の財産を全て養子に譲り渡しました。

 しかしながら、そんな真面目な養子でも、万屋の莫大な財産には目がくらみます。付き合いと称して茶屋遊びをするようになりました。すると、悋気持ちの女房が力を遺憾なく発揮します。

 いちいち、そのうるさい事ときたら、尋常ではありません。こんな時のために望んだ嫁とはいえ、この悋気癖には嫌気がさします。養子は内心(養父母に、気にいられようと言ったことが、とんでもないことになった……)と後悔していました。

 結局、養子も茶屋遊びは止めるしかありませんでした。あるじが家にいれば奉公人たちは気を抜かずに一生懸命働きます。隠居も機嫌が良く、財産は増えていくばかりです。けれども主ひとりはいつも悶々としています。

 表面上は如才(じょさい)なく働いていましたが、心の中で(いまに隠居が死んだら)と、ひそかに時期を狙っていました。やがて―――隠居夫婦が続けて極楽往生に旅立ちます。こうして養子は名実ともに真の主となったのでした。

 主はまず先に、女房を連れて伊勢参りに出かけ、そのついでに、京大阪を巡り、都のしゃれた風俗を見せました。そして、都のはやりの派手な着物や帯をどっさりと買ってあげて、やんわりと悋気をたしなめます。

 女房もまた、国へ帰ると、都の人に負けまいと美しく着飾るようになります。その上で、悋気はあさましいものと深く恥じるようになります。主はこのときを待っていたとばかりに「上方で保養したい。」と打ち明けます。

 女房は「一年でも二年でも、ゆっくり御養生しておいでなさい。あたしも遊ぶつもりよ。かまわないでしょう?」と、心よく主を送り出したのでした。

 主の留守中、女房は散財を始めます。奉公人たちもこれ幸いと、仕事そっちのけで己の欲望のために行動します。主もまた上方で、天下のお大尽(だいじん)とおだてられ、必死で金をばら撒いては豪遊を試みます。

 ついには、一年も経たぬうちに、あれほどあった金銀も底を尽いてしまいました。
主は国へと帰ります。そして一文無しということをひた隠しにして、両替商を営みます。

 かねてからの信用が万屋にはありました。お客は一文無しとは知らずに金銀を預けます。預かった金銀は右から左へと流用していましたが、内証を見すかされる事もありません。

 こうして三年後には、内証はともかくとして、表向きはむかしの万屋のような勢いを取り戻していました。その年の暮れのことです。最後の商いを終えると、蔵には一文の金も残っていませんでした。

 それでも主は(この年の瀬さえしのいで、来年になったら、また金銀の預け入れが殺到する)と、高を括り(必ず上方に返り咲いてやる)と決心するのでした。

 その夜、まだ除夜の鐘が鳴り終わらない頃のことです。

 目つきの鋭い浪人者が訪ねてきて「そなたの店から受け取ったお金の中に一粒、(にせ)の銀貨が混じっていた。取かえていただきたい。」と言います。

 主はあれこれと理由をつけて誤魔化そうとします。けれども浪人もまた、年の瀬の支払いをしなくてはと必死です。しだいに浪人の声も高くなっていきます。

 「たかが銀一粒だ。無いのか。本当に無いのか。何も無いのか。」
浪人がわめけばわめくほど、その声は近隣に響きわたり、たちまち人々の噂は四方に広がっていきました。

―以下原文通り―

人の運不運は知れぬもの、除夜の鐘を聞きながら身代あらわれ、せっかくの三年の苦心も水の泡、さすがの智者も矢弾(やだま)つづかず、わずか銀一粒で大長者の万屋ぐゎらりと破産。


青空文庫 『新釈諸国噺』 太宰治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2269_15103.html

スポンサーリンク

あとがき【『破産』の感想を交えて】

 「お金とはなんのためにあるのだろう?」―――『破産』は、そういった単純な疑問をわたしたちに投げかけてくれる作品です。

 使わずに溜め込んでばかりいても経済が回りません。だからといって貯えがなければ、非常時の対応は難しいでしょう。正直、大金を手にしたことのないわたしには、万屋の養子の気持ちが分かりません。

 ですが多分、いや、きっと同じように散財してしまうでしょう。質素倹約をするのも強い精神の上に成り立っているのですから。そう考えると、やはり節約術を実践している男(同僚)には、一目も二目も置かざるを得ないと思っていました。

 ところが、ある休日にトイレを借りようとふらりと立ち寄ったパチンコ店で、その節約男の姿を見かけたのです。
―――節約男は眼光を鋭くして、パチスロ機を睨んでいました。



 職場で見たことのないその形相に、わたしは思わず後退りをし、身を隠してしまいました。つまりは彼の節約術はギャンブルのためのものだったのです。

 万屋の内証と同じで、人間もその内実は分からないものです。もしかしたら高級車を乗り回している人が借金まみれで、安アパートで暮らしている人が金持ちかもしれません。

 ともかくとして、節約男もぐゎらりと破産しなければいいのですが・・・。

コメント

タイトルとURLをコピーしました