はじめに【熟年離婚の増加について】
つい先日、知人が熟年離婚をしました。本人曰く、「子供たちが独り立ちしたら別れましょう」と、ずいぶん前から、奥さんに提案されていたそうです。
「てっきりあのときは冗談だと思って、はいはい。なんて返事したけど、まさかそれが言質取られたことになるとは思いもよらなかったよ。あはは」。
こんな風に強がって見せていた知人でしたが、最後にぼそっと「子供たちが向こうを選んだのはきつかったけどな……。」と本音を漏らしました。
厚生労働省の調べによると熟年離婚件数は年々増加傾向にあると言われています。
誰もが結婚するときは “ 一生添い遂げたい ” と思って結婚します。けれども価値観や考えかたが多様化する現在、第二の違う人生を歩みたくなる気持ちも理解できます。
そんなわたしも実は、若き日のことですが一度、離婚を経験しています。
そして結婚当初は、森鴎外の短編小説『じいさんばあさん』のような晩年の夫婦を理想像としていました。その思いは虚しくも塵と化したのですが・・・。
森鴎外『じいさんばあさん』から学ぶ夫婦の絆!!
森鴎外(もりおうがい)とは?
明治・大正期の小説家、評論家、軍医です。本名・森林太郎。(1862-1922)
森鴎外は文久2(1862)年、石見国(島根県)津和野藩主の典医、森静男の長男として生まれます。明治14(1881)年、東京大学医学部を卒業後、陸軍軍医となります。
4年間のドイツへ留学を経て、帰国後には、留学中に交際していたドイツ女性との悲恋を基に処女小説『舞姫』を執筆します。以後は軍医といった職業のかたわら、多数の小説・随想を発表していくこととなります。
軍医の職を退いた森鴎外は、大正7(1918)年、帝国美術院(現:日本芸術院)の初代院長に就任します。その後も執筆活動を続けていましたが、大正11(1922)年、腎萎縮、肺結核のために死去します。(没年齢:満60歳)
近代日本文学を代表する作家の一人で、『舞姫』の他にも、『高瀬舟』『青年』『雁』『阿部一族』『山椒大夫』『ヰタ・セクスアリス』といった数多くの名作を残しています。
森鷗外
『じいさんばあさん』あらすじ(ネタバレ注意!)
文化六年(1809年)、春のことです。三河国の領主、松平左七郎という大名の邸内に隠居所が作られるところから物語は始まります。すると間もなく、この隠居所で、老夫婦が暮らすようになります。夫の名は伊織、妻の名はるんと言います。
ふたりの暮らしの様子と言えば、まるで子供がままごとでもしているかのようです。とても仲睦まじく穏やかに過ごしていますが、老夫婦の間にはどこか遠慮があり、「夫婦ではあるまい、兄妹だろう」。と云うものもいます。
ある年の暮れのことです。将軍徳川家斉公から、妻のるんに、銀十枚の褒美が下されます。歳暮拝賀のおりに褒美を与えるというのは恒例でしたが、隠居所の婆さんが貰うのは異例で、このことは世間の評判になります。
そして物語は、老夫婦の過去へと遡っていきます。
夫の伊織は旗本で、石川阿波守総恒の組に属していました。武芸が出来、学問の嗜もあって、色の白い美男ですが、ただひとつ、肝癪持といった病があります。そんな伊織がるんを嫁に迎い入れたのは明和三年(1766年)、伊織、三十歳のときでした。
るんは十四歳から二十九の歳まで、尾張徳川家で勤め奉公をしていました。決して美人とは言えませんが、賢く、とても夫を好いてくれて、七十八歳になる夫の祖母にも優しく、伊織は好い女房を貰ったと満足しています。
明和八年(1771年)、伊織は京都に赴任することになります。妊娠をして臨月になる、るんを残してのことでした。その京の都で、伊織はとある事件を犯してしまいます。その事件とは、刀を購入した際に、同僚から借財したのをきっかけに、口論になり、癇癪をおこし、しまいには相手を斬ってしまうというものでした。
伊織は江戸に護送され、越前国丸岡に「永の御預け」という処分を受けます。残されたるんは伊織の祖母の最期を看取りますが、不幸にもその翌年には、父の顔を見ることの出来なかった嫡子平内をも流行り病で亡くしてしまいます。
独りになったるんは、一生武家奉公をしようと思い立ち、筑前国黒田家に入ります。そしてなんと三十一年もの長きにわたり勤め上げ、表使格(上級女中)にまで進みます。そののち、年老いたことを理由に奉公先を退きました。
隠居の身となり郷里の安房に戻っていたるんに嬉しい知らせが届きます。伊織が罪を許され、江戸へ帰るというのです。るんは喜び勇んで江戸に向かいます。なんと三十七年振りの再会です。
青空文庫 『じいさんばあさん』 森鴎外
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あとがき【『じいさんばあさん』の感想も交えて】

人と人は苦難を共に乗り越えることで、絆がより深くなると言われます。
でもどうでしょう。苦難を乗り越える途上で絆を断ち切ってしまうことも少なくありません。そこには前提条件として信頼関係が存在するからだと思います。
若き日の老夫婦が共に暮らしていたのは、たったの四年間です。けれども、信頼関係を育むのに時間は関係ないようです。伊織とるんにとって、たったの四年間が、されど四年間だったのでしょう。その信頼関係が、三十七年という長い年月をも乗り越えたのです。
きっとこの老夫婦はこれからも、離れていた時間を取り戻そうと、絆を深めていくことでしょう。いずれにしても、お互いの努力、特にるいの相手を心底思う気持ちの表れです。
一度結婚を失敗したわたしも、今度こそは素敵なじいさんばあさんになれるよう、今から努力しなければいけませんね。先ずはばあさん探しから始めなければなりませんが・・・。
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森鴎外『寒山拾得』 現代社会でも目にする “ 盲目の尊敬 ”
森鴎外『最後の一句』【痛快なる役人への一言!】
森鴎外『山椒大夫』【安寿はなぜ自分を犠牲にしたのか?】
森鴎外『舞姫』【立身出世思想と真の愛情、どっちを選ぶか?】
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