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中島敦 南島譚01『幸福』を再読した感想!!

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【『文豪ストレイドッグス』を手に取り】

 恥ずかしながら『文豪ストレイドッグス』なる漫画があることを、つい最近知った次第です。知人の娘さん(中学生)が、この漫画のおかげで読書をするようになったのだと。

 そんなはなしを聞いたわたしは、たまたま立ち寄った書店(古本も置いてあり、立ち読みも可)で、この漫画を見つけ、パラパラとめくってみました。ストーリーや世界観が小説家から、かけ離れているとはいえ、登場人物(キャラクター)の名前が名だたる文豪ばかりでびっくりしてしまいました。

 確かに、作家さんの名前を知ることで興味を持ち、作品も読みたくなるのかも知れませんね。あっ、そうそう、もっとびっくりしたことがありました。主人公が芥川龍之介や太宰治といった言うなればメジャーどころじゃなくて、マイナー(あくまでわたしの印象)な中島敦だったことです。

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中島敦 南島譚01『幸福』を再読した感想!!

中島敦とは?

 昭和初期に活躍した小説家です。
中島(あつし)(1909-1942)は東京に生まれ、東京帝国大学国文科を卒業後、横浜高等女学校で教壇に立つかたわら執筆活動を始めます。

 持病の喘息と闘いながらも執筆を続け、1934年、『虎狩』が雑誌の新人特集号の佳作に入ります。1941年、南洋庁国語教科書編集書記としてパラオに赴任中、中島代表作のひとつ『山月記』を収めた[古譚(こたん)]を刊行しました。

 その後、創作に専念しようとしましたが、喘息が悪化し、急逝してしまいます。
『弟子』()(りょう)』等の代表作の多くは死後に発表され、その格調高い芸術性も死後に脚光を浴びることになります。享年33歳。


  中島敦

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南島譚とは?

 [南島譚(なんとうたん)]とは、太平洋の島国パラオが舞台の短編集のことです。
中島敦は南洋庁の編修書記に任じられ、パラオ・コロール町(コロール島)で、現地の国語教科書作成業務に携わっています。(当時のパラオは日本領)このとき、現地で聞いた話をもとに創作しています。

南島譚01『幸福』あらすじ(ネタバレ注意!)

 昔パラオのある島に、ひとりのとても哀れな男がいました。余り若くもなく、顔も醜く、島一番の貧乏人です。ですから、妻など持てる筈もありません。男は島の第一長老(ルバック)の家の物置小屋の片隅に住み、最も卑しい召使(めしつかい)として仕えています。

 哀れな男は怠ける暇などなく、家中のあらゆる卑しい仕事をひとりで背負わされています。けれどもあてがわれる食事はというと、犬猫の餌のようなクカオ芋のしっぽと魚のあらだけです。

 哀れな男の主人、第一長老はパラオ地方指折りの金持ちです。ですから、毎日贅沢なものを食べ、豚のように太っていました。彼の妻は表向きひとりですが、実際の数は無限といってよいほどです。

 哀れな男は第一長老だけではなく、他の権力者たちの前で立って歩くことも許されません。匍匐(ほふく)膝行(しっこう)、つまり膝を地面に付けて、腹ばいになって進まなければなりませんでした。

 それはカヌーに乗って海に出ているときも同じです。長老の舟が近づいてくるときは、たとえ大きな鮫がいたとしても、必ず海に飛び込まなければなりません。男はこのとき足の指を三本失ってしまいました。



 ある年、この島に伝染病が流行し、哀れな男もこれにかかってしまいます。顔色は青ざめ、血を吐き、身体はみるみるうちに痩せ衰えていきます。しかし長老は、哀れな男が哀れな病気になっただけと男を休ませず、逆に仕事を益々増やしていきます。

 それでも哀れな男は、自分の運命を辛いとは思いませんでした。視ることや聴くことや呼吸することを禁じないだけでも有難いと思っています。病気にしても、もっと酷い人がいるのだからと。

 そんな哀れな男もときには神に祈ることもあります。
男が祈るのは善神と悪神が祀られる、ふたつの祠です。パラオの信仰では、善神は何もしなくても祟りませんが、悪神は機嫌をとらないと祟りを起こすと伝えられています。哀れな男は悪神に、(やまい)の苦しみ、仕事の辛さ、そのどちらかを少しでも減じてほしいと祈りました。

 それから暫くしたある晩から、哀れな男は奇妙な夢を見るようになります。
夢の中で哀れな男は、長老になっているのです。家長のいるべき正座に座り、妻もいて、食卓の上には豪勢な食事が山のように積まれています。



 けれども翌朝、目が覚めると、哀れな男はやはり元の召使のままでした。
ところが夜になると、また夢の中で長老になるのです。それが幾晩も続きます。哀れな男はしだいに夢の中の長老姿が板についていきます。夢の中の生活を考えたら、一日の辛い仕事もものの数ではありませんでした。

 不思議なことに、哀れな男は体調を取り戻し、顔色も良くなり、夢の中での美食のせいだろうか、めっきりと太っていきます。哀れな男がこんな不思議な夢を見るようになった同じ頃、長老も奇妙な夢を見るようになります。

 その夢の中で長老は、哀れな男の立場になり、長老に化した哀れな男にこき使われているのです。夢の中で辛い労働を課せられ、粗末な食事しか与えられないせいか、長老の身体はみるみるうちに痩せ衰えていきます。



 とうとう腹を立てた長老は、夢の中で自分を虐げる憎むべき哀れな男を呼びつけ、罰してやろうとしました。しかし哀れな男は、長老のかつて知る男の姿ではありませんでした。何時の間にかデップリと肥り、元気一杯の姿です。

 そこで長老は、哀れな男に、健康を回復した理由を尋ねます。
話を聞いた長老は大いに驚きます。二人は同じ夢を見ていたのです。現実の哀れな男は夢の中の長老であり、現実の長老は夢の中の哀れな男なのでした。

 だからといって哀れな男は一向に驚きません。満足げな微笑を浮かべ、鷹揚(おうよう)に頷くだけで、とても幸福な顔をしています。哀れな長老は幸福な男の顔を妬ねたましげに眺めます。

ー以下原文通りー

 右は、今は世に無きオルワンガル島の昔話である。オルワンガル島は、今から八十年ばかり前の或日、突然、住民諸共(もろとも)海底に陥没して了った。爾来(じらい)、この様な仕合わせな夢を見る男はパラオ中にいないということである。

青空文庫 南島譚01『幸福』 中島敦
https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/619_14531.html

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あとがき【南島譚01『幸福』の感想も交えて】

 わたしが小説を読み始めたのも中学からです。複雑な家庭環境からの現実逃避のためでした。考えてみたら今も成長していませんが・・・。当時住んでいた家のそばに、町の集会場があって、本棚には誰かが寄贈してくれた300冊くらいでしょうか、本が並べられていたのです。

 その大半は、教科書にも載る明治から昭和初期にかけて活躍した近代文学の大家たちのものでした。そのなかでわりかし読み易い太宰治や芥川龍之介の作品から読み始め、小説好きになっていくのですが、難し過ぎて途中で挫折してしまう作家さんの作品も多かったです。そんな作家さんのひとりが中島敦です。

 けれども『幸福』は、すらすらと読み進めた記憶があります。
立場逆転の物語が痛快この上なく、わたしも夢の中で自分の幸福を深く願ったものです。
自分自身に主人公を投影していたのかも知れませんね。

 この作品は、人生を重ね、改めて読んでみることで味わいが濃くなります。
富める者は全てを失う恐怖に震え、貧しき者はいまを耐えながら夢を見ている。
そのどちらが本当の幸福なのかを、わたしたちに考えさせてくれます。

それにしても中島敦を主人公にした『文豪ストレイドッグス』の原作者は渋い。

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