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太宰治『満願』あらすじと解説【原始二元論と愛という単一神!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【太宰治と『聖書』】

 昭和7(1932)年、左翼運動と絶縁した太宰は、静岡県駿東郡(すんとうぐん)静浦村(しずうらむら)(現・沼津市)の田中房二宅に間借り生活をし、文壇的デビュー作、『思ひ出』を執筆します。その後東京の芝区白金(現・港区白金)に家を借りて創作に専念します。

 けれども、この一室は友人たちのたまり場となります。太宰自身、左翼運動から離れたとは言え、その友人の中にはかつての運動仲間もいました。近所の人の通報により、太宰は留置所に入れられてしまいます。

 そのとき家宅捜査をされますが、本らしきものは『聖書』以外に無かったと言います。左翼運動家として警察に目を付けられ、引っ越しを繰り返した太宰ですが、『聖書』だけは手離さなかったようです。

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太宰治『満願』あらすじと解説【原始二元論と愛という単一神!】

『満願』は短編集『走れメロス』(新潮文庫)に収められています。

太宰治(だざいおさむ)とは?

 昭和の戦前戦後にかけて、多くの作品を残した小説家です。本名・津島(つしま)(しゅう)()。(1909~1948)
太宰治は、明治42(1909)年6月19日、青森県金木村(現・五所川原市金木町)の大地主の家に生まれます。

 青森中学、旧制弘前(ひろさき)高等学校(現・弘前大学)を経て東京帝国大学仏文科に進みますが後に中退します。この頃、井伏鱒二(いぶせますじ)に弟子入りをし、本格的な創作活動を始めました。しかし、在学中から非合法運動に関係したり、薬物中毒になったり、または心中事件を起こすなど、私的なトラブルは後を絶ちませんでした。

   井伏鱒二

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 一方、創作のほうでは『逆行』が第一回芥川賞の次席となるなど、人気作家への階段を上り始めます。昭和14(1939)年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚し、一時期は平穏な時間を過ごし『富嶽百景』『走れメロス』駆込(かけこ)(うった)へ』など多くの佳作を書きます。

 戦後、『斜陽』で一躍、流行作家となりますが、遺作『人間失格』を残して、昭和23(1948)年6月13日、山崎富栄と玉川上水で入水自殺をします。(享年38歳)ちなみに、玉川上水で遺体が発見された6月 19日(誕生日でもある)を命日に、桜桃忌(おうとうき)が営まれています。

    太宰治

 太宰治の故郷・青森県(津軽)にご関心のある方は下記のブログを参考にして下さい。

太宰治『津軽』要約と聖地巡礼!【序編―青森市・弘前市・大鰐町】
太宰治『津軽』要約と聖地巡礼!【本編①-外ヶ浜町・今別町】

掌編小説『満願』(まんがん)について

 『満願』は昭和13(1938)年、雑誌『文筆』(砂子屋書房)の9月号に掲載されます。現在は短編集『走れメロス』(新潮文庫)に収録されています。

 昭和9(1934)年の8月、太宰は、静岡県三島市広小路の坂部武郎宅に滞在して、『ロマネスク』を執筆します。『満願』は、この滞在先でのエピソードが基となっています。

『満願』あらすじ(ネタバレ注意!)

 語り手の「私」(太宰本人と思われる)が、『満願』発表の四年前、伊豆の三島に滞在して『ロマネスク』という小説を書いていた当時を回想する形式となっています。

 ある夜、「私」は、酔いながら自転車に乗ったことで怪我をしてしまいます。酒を飲んでいたために出血が多く、「私」は、急いで医者に駆け付けます。そのとき三十二歳の太った医者がふらふら酔って診察室に現れました。

 「私」は治療を受けながら笑ってしまいます。すると医者も笑い出して、とうとう二人声を合わせて大笑いしたのでした。その夜から「私」と医者は仲良くなります。

 医者は文学よりも哲学を好んでいました。 “ 原始二元論 ” ともいうもので、世の中の有様をすべて善玉悪玉の合戦と見ています。「私」は、“ 愛という単一神 ” を信じようと努めていました。けれども医者の説を聞くと、どこか胸のうちに爽涼(そうりょう)を覚えます。

※爽涼(そうりょう) 夏の早朝とか初秋とかの、さわやかな涼しさ。 

 例えば、「私」の訪問の際、奥さんにビールを命じる医者自身は善玉で、「ビールではなくてブリッジ(トランプ遊戯の一種)致しましょう。」と提案する奥さんは悪玉でした。

 医者の家では五種類の新聞をとっていたので、「私」はそれを読ませてもらいに、毎朝立ち寄ります。縁側に腰をかけて、奥さんが入れた冷たい麦茶を飲みながら新聞を読むのですが、その時刻に薬を取りに来る若い女の人がいました。

 その女の人は、簡単服(ワンピース)を着た清潔な感じの人で、ときに医者が玄関までその人を見送り、「奥さま、もうすこしの辛抱ですよ。」と大声で叱咤(しった)することがあります。医者の奥さんが、あるとき「私」にそのわけを語って聞かせました。

※叱咤(しった) 大声をあげて叱る、あるいは叱って励ますこと。

 女の人の旦那は小学校の先生で、先生は三年前に肺を悪くして、この頃良くなってきていました。医者はその若い奥さまに、「今が大事」と固く禁じます。不憫(ふびん)に思いながらも医者は、心を鬼にして、「奥さま、もうすこしの辛抱ですよ。」と叱咤するのでした。

 八月のおわり、「私」は美しいものを見ます。医者の家の縁側で新聞を読んでいると、奥さんが、「ああ、うれしそうね。」と小声でささやきます。顔を上げると、眼の前の小道を、簡単服を着た清潔な姿が、白いパラソルをくるくるっと回しながら飛ぶようにして歩いて行きました。

―以下原文通り―
 「けさ、おゆるしが出たのよ。」奥さんは、また、囁く。
三年、と一口にいっても、―――胸が一ぱいになった。年つき経つほど、私には、あの女性の姿が美しく思われる。
 あれは、お医者の奥さんのさしがねかも知れない。

青空文庫 『満願』 太宰治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1564_14134.html

『満願』【解説と個人的な解釈】

 先ず、物語のキーワードとなっているのは、「医者」の主張する「善玉悪玉の合戦」としての “ 原始二元論 ” です。一方「私」は、 “ 愛という単一神 ” を信じようとしています。勿論 “ 愛という単一神 ” とはイエス・キリストのことです。

 物語の中で「医者」は、若い女の人(夫が肺病)に対して、「今が大事」と固く禁じていることがあります。察するにそれは、二人の “ 夫婦生活 ” のことでしょう。

 物語の後半、若い女の人は、白いパラソルをくるくるっと回しながら飛ぶようにして歩いて行きます。そして医者の奥さんが「私」に、「おゆるしが出たのよ。」と囁きます。禁欲の命の解除のことです。

 「私」は、「年つき経つほど、私には、あの女性の姿が美しく思われる。」と当時を追慕します。もしかしたら女性の姿に “ 愛という単一神 ” を重ねて見ていたのかも知れません。

 そして作品の末尾で「私」は、「あれは、お医者の奥さんのさしがねかも知れない。」と語りますが、素直に受け取るなら、医者の奥さんが「おゆるし」を出すように取り計らったと考えられます。

 つまり、“ 原始二元論 ” からすれば、禁欲の命を出した医者が悪玉で、取り計らった奥さんが善玉です。けれども女の人の健康のことを考えるなら、医者が善玉で、医者の奥さんが悪玉なのです。

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あとがき【『満願』の感想を交えて】

 冒頭で書いた左翼運動の他に、度重なる自殺未遂、麻薬中毒、借金苦など、破滅への道を突き進んでいた太宰ですが、先輩作家など周囲の人々の力を借りて、再出発を志します。

 その後結婚を経て、太宰が作家として最も充実していた時期に突入します。『満願』はそんな時期の幕開け的な作品です。そこには『晩年』の頃のような、川端康成の言うところの「厭な雲」は見えません。

 さて、わたしが『満願』を最初に読んだのは高校生のときでしたが、当時から大好きな作品でした。特に「パラソルをくるくる回しながら、さっさっと飛ぶようにして歩いて行く若い女性」の姿は、まるで映像のかのように印象深く心に残り続けました。

 と、同時に、女性の「清潔な姿」の裏に「性的な秘密」を見出してドギマギし、顔面が熱くなったことも思い起こされます。ともかくとして原稿用紙にして数枚程度の短い作品ですので、一度は読んで頂きたい作品です。

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