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太宰治『薄明』あらすじと解説【絶望の淵に見る希望の光!!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【戦禍の犠牲者はいつも一般市民】

 今このときも、空襲警報の鳴り響く中、逃げ惑っている人たちがいます。激しい爆撃音の恐怖に耳をふさいでいる人たちがいます。大切な人の命を奪われて深い悲しみに暮れている人たちがいます。

 とにかく一日も早く、「戦争」という人間の犯す最も残酷な犯罪は終わらせて頂きたいものです。戦禍の犠牲者はいつも、戦争とは関係のない一般市民なのですから。

 かつて日本も、同じようなことを経験していました。広島と長崎の原爆を筆頭に、日本各地は長期間の大規模な無差別爆撃を受けました。この経験を元にした小説を多くの作家が残していますが、太宰治もその一人です。

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太宰治『薄明』あらすじと解説【絶望の淵に見る希望の光!!】

『薄明』は短編集『グッド・バイ』に収められています。

太宰治(だざいおさむ)とは?

 昭和の戦前戦後にかけて、多くの作品を残した小説家です。本名・津島(つしま)(しゅう)()。(1909~1948)
太宰治は、明治42(1909)年6月19日、青森県金木村(現・五所川原市金木町)の大地主の家に生まれます。

 青森中学、旧制弘前(ひろさき)高等学校(現・弘前大学)を経て東京帝国大学仏文科に進みますが後に中退します。この頃、井伏鱒二(いぶせますじ)に弟子入りをし、本格的な創作活動を始めました。しかし、在学中から非合法運動に関係したり、薬物中毒になったり、または心中事件を起こすなど、私的なトラブルは後を絶ちませんでした。

   井伏鱒二

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 一方、創作のほうでは『逆行』が第一回芥川賞の次席となるなど、人気作家への階段を上り始めます。昭和14(1939)年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚し、一時期は平穏な時間を過ごし『富嶽百景』『走れメロス』駆込(かけこ)(うった)へ』など多くの佳作を書きます。

 戦後、『斜陽』で一躍、流行作家となりますが、遺作『人間失格』を残して、昭和23(1948)年6月13日、山崎富栄と玉川上水で入水自殺をします。(享年38歳)ちなみに、玉川上水で遺体が発見された6月 19日(誕生日でもある)を命日に、桜桃忌(おうとうき)が営まれています。

    太宰治

 太宰治の故郷・青森県(津軽)にご関心のある方は下記のブログを参考にして下さい。

太宰治『津軽』要約と聖地巡礼!【序編―青森市・弘前市・大鰐町】
太宰治『津軽』要約と聖地巡礼!【本編①-外ヶ浜町・今別町】

『薄明』(はくめい)について【創作の背景】

 太宰治の短編小説『薄明』は、昭和21(1946)年11月20日、同タイトルの単行本『薄明』(新紀元社)に収録されます。

 昭和20(1945)年3月、太宰は、妻子を山梨県甲府の石原家に疎開させます。4月に東京都三鷹の自宅付近が爆撃を受けたため、太宰自身も甲府に疎開をしました。けれども7月、甲府の石原家が焼夷弾(しょういだん)爆撃で全焼してしまいます。

太宰治青森の疎開の家(旧津島家新座敷)

その後太宰は妻子とともに青森県金木の生家に再疎開しましたが、太宰はこのときの経緯を『十五年間』で次のように記しています。

私は二度も罹災(りさい)していた。「お伽草子」を書き上げて、その印税の前借をして私たちはとうとう津軽の生家へ来てしまった。甲府で二度目の災害を(こうむ)り、行くところが無くなって、私たち親子四人は津軽に向って出発したのだが、それからたっぷり四昼夜かかってようやくの事で津軽の生家にたどりついたのである。
(『十五年間』「文化展望」創刊号)

青空文庫 『十五年間』 太宰治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1570_34478.html

『薄明』あらすじ(ネタバレ注意!)

 昭和二十年の四月上旬、「私」は、妻と二人の子供とともに、妻の実家がある甲府に移住をします。「私」は、(早く家族を疎開させよう)と考えていました。けれども、飲酒癖という欠点のある「私」は常に金が無く、グズグズしているうちに空襲に遭ってしまったのです。

 妻の両親は既に亡くなっていて姉たちは嫁いでいました。ですから弟が戸主となっています。その弟も海軍に行き、二十八歳になる妹が実家で一人暮らしをしていました。妹は「私」たち家族に遠慮をして、子供たちの世話をしてくれました。

 けれども、甲府の家族に色々と厄介をかけてきた「私」は、家を失った者のヒガミがあるのか、薄氷を踏んで歩いているような気遣いがあったのです。それでも「私」たちの場合は疎開人として良いほうでした。

 七月になると、(甲府がもうじき空襲に遭う)という噂で、市中が騒然となります。「私」たち一家は穴を掘り、食料等の最少限の必需品を土の中に埋めて置く事にします。

 このとき、五歳の長女が「これも埋めて下さい。」と、自分の赤い下駄を持って来ました。「私」はそれを受け取って穴にねじ込みながら、ふと誰かを埋葬しているような気がします。

 その十日ほど前から、子供二人が流行性結膜炎(けつまくえん)にかかって病院に通っていました。下の男の子は軽症でしたが、上の女の子は日増しに酷くなり、二、三日前から完全に失明状態になっていたのです。

 「私」は、(親の因果(いんが)が子に(むく)いというやつだ。罰だ)と、自分自身のこれまでの行いを悔やみ、(もしも一生眼があかなかったら、文学も名誉もみんな捨てて、この子の傍についていてやろう)と、思ったのでした。

 そんな不安を抱えたある夜のことです。―――空襲警報と同時に、焼夷弾攻撃が始まりました。「私」は失明の子供を、妻は下の男の子を背負い、敷布団を一枚ずつ抱えながら逃げます。

 そして十丁(約1.1キロメートル)ほど走って田圃(たんぼ)に出ると、突然、頭上に火の雨が降ってきました。「私」たちは布団を被って地面に伏せます。しばらくして起きると辺りは火の海でした。「私」は付近にいる人たちと一緒に、必死で火焔(かえん)を消します。

 夜が明けると、「私」たちは、町はずれの焼け残った国民学校に避難をしました。妹は親戚の家に食料を分けてもらおうと、夜のうちに出発しています。女の子の眼はふさがったままでした。

 「私」は家族を残して、家がどうなっているのか確認しに出かけます。焦土の中を歩いていても一縷(いちる)の望みは捨てていませんでした。けれども―――板塀(いたべい)だけが残り、中の屋敷は全滅していたのです。焼け跡に義妹が、顔を真っ黒にして立っていました。

 妹は「私」に「おにぎりあるわよ。」と言って手渡します。そして「土の中に埋めたものは大丈夫らしいわ。」と、元気づけて、国民学校に食料を持って行きました。わたしは思います。(女の二十七、八は、男の四十いやそれ以上に老成している)と。

 「私」たち家族は、義妹の友達の家に泊めてもらうことにしました。その夜、妻と妹は中々眠れぬ様子で、今後の身の振り方を小声で相談しています。「私」が「みんなで、おれの生れ故郷へ行くさ。」と言いました。けれども信用の無い「私」の言葉に二人は沈黙したままでした。

 翌日、穴の中から掘り出した生活必需品を大八車(だいはちくるま)(木製の人力荷車)に積んで、義妹の別の知人のところに行きます。そこの家はかなり広く、御主人は中々の人格者で「私」たち家族には奥の十畳間を貸してくれました。そして病院も見つけます。

 県立病院が焼けて、郊外の焼け残った建築物に移転して来たのでした。そこは十分くらいで行ける距離で、「私」と妻は早速子供を連れて行きます。眼科の医者は女医でしたが、気軽に「すぐに眼はあくでしょう。」と、言いました。

 その病院に通って二日目の午後―――女の子の眼はあきます。

 「私」たち家族は安堵して、女の子を、家の焼け跡を見せに連れて行きました。「私」が「ね、お家が焼けちゃったろう?」と、言うと女の子は「ああ、焼けたね。」と微笑しています。

 「兎さんも、お靴も、みんな焼けちゃったんだよ。」と、言うと「ああ、みんな焼けちゃったね。」と言って、やはり微笑していたのでした。

青空文庫 『薄明』 太宰治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/263_20161.html

 後の家族の物語は、短編小説『たずねびと』に描かれています。

『薄明』【解説と個人的な解釈】

 創作の背景にも書きましたが、『薄明』は、太宰が実体験を元に創作を加えた作品と思われます。物語は、飲酒癖という欠点があり家族から全く信用されていない「私」と、逆境の中で強さを見せる女性(妻と義妹)といった対比的な形で描かれていきます。

 二度も空襲で家を焼かれ、ほとんどの財産を失っているにも関わらず、「私」の家族は上の女の子の眼を一番に心配していました。わたし自身経験したことではなく想像でしかありませんが、空襲で家を焼かれるのは、この時代珍しいことではありません。

 そんな状況下、やはり「命」こそが最も大事で、次にくるのは「健康」だったのでしょう。両親にしても明日の我が身の保証はありませんでした。万が一、子供だけが残されたことを考えると、眼の完治は必死の願いだったに違いありません。

 物語の結末で女の子の眼はあきます。女の子は家の焼け跡を見ても微笑しています。それもその筈です。女の子にとっても眼が見えることは、何ものにも代え難い喜びだったのですから。

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あとがき【『薄明』の感想を交えて】

 『薄明』という作品は、あえて主人公を自虐的に描くことで、戦争の悲惨さを薄めているような気がします。戦後間もない頃ですから配慮をしたのかもしれません。と、同時に、読者に微かな希望の光も見せています。

 当時の人々は、そんな微かな希望の光を頼りに、復興への第一歩を踏み出しました。現代を生きるわたし達が平和で豊かな暮らしをしているのも、そんな先人たちの一歩の蓄積の上に成り立っています。

 とは言え、今も戦禍の中、苦しんでいる人たちがいます。例え戦禍を逃れたとしても、更なる苦難が待ち受けていることでしょう。どうかそんな人たちに希望の光がもたらせますように。『薄明』にはそんな願いが込められているような気がします。

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