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山川方夫『お守り』あらすじと解説【ぼくという規格品の拒絶!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【多様性と個性について】

 昨今「多様性」という言葉が日常において頻繁に使われるようになりました。
「多様性」――それは、人種や性別、宗教、価値観などの異なる人々が共存し合い、個人の違いを認め、そして尊重し合うことを意味します。

 「多様性」は集団に対して使われる一方で、「個性」という言葉もあります。「個性」とは、生まれながらに持っている個人の性質のことを言いますが、この「個性」と「多様性」は混同されがちです。

 今回はそんな「個性」について考えさせられる山川方夫の短編小説『お守り』をご紹介します。

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山川方夫『お守り』あらすじと解説【ぼくという規格品の拒絶!】

山川方夫(やまかわまさお)とは?

 山川方夫(本名・山川嘉巳(よしみ))は日本の小説家です。(1930~1965)
山川方夫は、昭和5(1930)年2月25日、東京市下谷区上野桜木町(現在の東京都台東区上野桜木町)に、日本画家・山川秀峰の長男として生まれます。

 昭和27(1952)年、慶應義塾大学文学部仏文科を卒業し、同大学の大学院に進みます。この頃『三田文学』に参加します。その後大学院は中退しますが『三田文学』の活動を通して、新人発掘に力を注ぎ、江藤(じゅん)曽野(その)綾子(あやこ)らを世に出す傍ら、自らも同誌に『日々の死』を連載します。

   永井荷風

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 昭和33(1958)年、『演技の果て』で第39回芥川賞候補となり、翌昭和34(1959)年にも『その一年』『海の告発』が第40回芥川賞候補となります。その後も芥川賞や直木賞の候補となりますが、ついに受賞が叶うことはありませんでした。

 『夏の葬列』などを収録した掌編集『親しい友人たち』や『長くて短い一年』を刊行し、その一編は翻訳され海外にも紹介されますが、昭和40(1965)年2月19日、交通事故で死去してしまいます。(没年齢・34歳)

 他に代表作として『お守り』『海岸公園』『クリスマスの贈物』『愛のごとく』等があります。

   山川方夫

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短編小説『お守り』について

 短編小説『お守り』は、昭和35(1960)年3月、『三社連合』(『北海道新聞』日曜版)に掲載されます。

『お守り』あらすじ(ネタバレ注意!)

 四、五年ぶりに逢った高校の同級生・関口が、飲みの席で突然、「君、ダイナマイトは要らないかね?」と「僕」に言います。関口は、建築会社に勤めています。ですから入手することは難しくないでしょう。とは言うものの、その発言は突飛すぎました。

そして関口は、“ なぜダイナマイトを持っているのか ” について、その経緯を「僕」に語ったのでした。

 去年の春に結婚した関口は、妻と二人で団地の一室に住んでいます。ところが住みついて半年後、奇妙ないらだたしさや不安を感じ始めたと言います。そしてきっかけは黒瀬という男がつくったと話しました。

 ある夜、宴会で遅くなった関口は、団地の前で一人の男を見かけます。驚くことにその男の後ろ姿は関口とそっくりでした。男は関口と同じE棟の、しかもいつも関口が使っている階段を上って行きます。そして男は三階のとある扉を叩きました。

 関口は思わず足を止めます。なんとその扉は関口の部屋の扉だったのです。男はいかにも疲れて帰宅した夫という感じで部屋の中に吸い込まれて行きました。その男を妻の愛人ではないかと思った関口は、部屋の前に立って扉に耳をつけました。

 部屋の中では妻が、「二郎さん、二郎さん」と、いつものように関口の名前を呼び、どうやら夕食の支度をしている様子です。男は新聞をひっくり返していました。関口は呆然(ぼうぜん)とします。(もう一人の自分がいるのだ……)

 関口が扉を開けると、妻は「だあれ?」と言いました。関口は、「ぼく」と返事をします。すると妻は悲鳴をあげ、関口にすがりつくと泣き始めたのでした。そして血相を変えた男が顔を出します。その男の名前が、黒瀬次郎だったのでした。

 関口の部屋はE-305号室で、黒瀬の部屋はD-305号室です。つまり黒瀬は一棟まちがえて関口の部屋に上がりこんでしまったとのことでした。関口が二郎で黒瀬は次郎、やはり妻と二人で暮らしていると言います。その後、黒瀬は平あやまりをして帰って行きました。

 妻は関口に言います。「だって、ドアをあけて私、そのまま台所に行っちゃってたんですもの。」関口は思います。(団地でみんな同一の規格の部屋に住んでいるが、知らぬうちに僕らは生活まで規格化されているんじゃないだろうか……)と。

 続けて関口は「僕」にこのように語ります。「妻と喧嘩をしたりすると、どこからか同じような夫婦の声が聞こえてきたりする。トイレに行くと同じように水を流す音が聞こえてきたりする。さらには夜の夫婦生活も同じ時間にみんな一斉に始める……。」

 そして関口はこのように思ったそうです。「ぼくらは規格品の人間として、規格品の日常に、規格品の反応を示し、実は目に見えぬ規律に統一され、あやつられて毎日を過ごしているのではないのか?」

 そんな一件以来、関口と黒瀬はお互いを避けるようになったと言います。「きっとぼくはやつを通して、“ ぼく ” という規格品を拒絶しようとしていたんだ。」と語り、そして「団地の無数の黒瀬次郎たちと区別する何かを手に入れなければならないと思うようになった。」と関口は話しました。

 そして十日ほど前に “ お守り ” を手に入れることができたと語り、「そのお守りが、これさ。」と、鞄の中から本物のダイナマイトを取り出して見せて、「いざとなりゃ、いつでも自分もお前たちも、吹き飛ばしてやることができる。これが見つけた僕の支えさ。」と話したのでした。

 ところが関口は、「もう要らない。別のお守りを探さなくちゃなんないんだ。独自性だと言えなくなっちゃったからさ。」と言い、今日のラジオを聞いたかと「僕」に訊ねます。「聞かない。」と答えると関口は、ラジオの内容を次のように僕に教えたのでした。

 「今日の夕方、あるバスの中で突然ダイナマイトが爆発して乗客の三人が即死した。現場は僕の団地のすぐ近くだ。そういやあ、やつも大切そうに鞄を抱えて歩いていたよ。調べたらダイナマイトは、即死した一人、黒瀬次郎という土木技師の鞄に入れられてあったんだ……。」

青空文庫 『お守り』 山川方夫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001801/files/59531_72665.html

『お守り』【解説と個人的な解釈】

 『お守り』が発表されたのは、昭和35(1960)年の3月です。この頃の日本は高度経済成長期(1955~1973)で多くの労働者を必要としていました。そのため、いわゆる集団就職など、地方から都市部への人口流入が一気に増えます。

 それに伴い、都市部では公営住宅、公団住宅、公社住宅などの団地が盛んに建設されていきます。当時の人々の間では団地に住むことが一種のステータスだったと言われています。さながら現在のタワーマンションのような感じでしょうか。

 そんな憧れの団地の一室に住む関口がこの物語の主人公です。ところが関口は、自分とそっくりな黒瀬という人物と出逢うことで、ある疑念に囚われていくようになります。

 それは、自分たちは、「規格品の人間として、規格品の日常に、規格品の反応を示し、実は目に見えぬ規律に統一され、あやつられて毎日を過ごしているのではないのか?」といった疑念でした。

 関口は、規格品としての自分を拒絶するためにお守り(ダイナマイト)を手に入れます。けれども黒瀬が爆発事件を起こしたことで、そのお守りも必要がなくなります。つまり思考回路までが既製化されてしまっていたということでしょう。

 作者はこの物語を通し、日本経済の成長のために身を削って働く当時の人々を既製品と称して、国家のために人々の個性が失われていくのではなかろうか?といった問いを読者に投げかけているものと考えられます。

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あとがき【『お守り』の感想を交えて】

 よく他人から、「個性がない!」などと言われることがあります。けれども冒頭に書いたように、個性とは、「生まれながらに持っている個人の性質」のことで、一人として自分と同じ個性を持っている人間などいないのです。

 もしも「個性がない!」と映るのなら、その人の眼が曇っていると言えるでしょう。例え似たような境遇を過ごして来ようとも同じ個性になることはありません。とは言うものの、『お守り』が書かれた時代は少し様相が異なるかも知れませんね。

 「個性」などと考えていたのは一部の知識人だけで、「それで生活が豊かになるのなら……。」と、物語の中で語られる規格品とやらを多くの国民が甘んじて受け入れていた感もあります。

 ともかくとして、個性どうのこうの、多様性どうのこうのと言えるのは、それだけわたしたちの暮らしが豊かになったからだと思わずにはいられません。と言えば、もっともっと幸福を求めている人には叱られるかもしれませんが……。

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