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脳と心、刺激と訓練で成長を!!【中高年からの学び】

こころを豊かにするメソッド
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はじめに【勉強しなかったことへの後悔と反省】

 【後悔】―――社会人になってから「あのときにもっと勉強していたら」と、何度後悔してきたことか分かりません。もはや人生に後戻りはできませんが、こんな後悔を抱くかたは、きっとわたしひとりだけではなく、かなりの数にのぼるものと考えます。

 中学高校の頃、「こんな勉強に意味があるのか?」「社会人になってもきっと必要としないだろう」。こんな風に自己分析、自己判断し、興味のある分野だけを学んでいました。

 家庭環境の問題もあり、早くして大学進学を諦めた当時のわたしにとって『勉強』とはその程度の認識でしかなかったのです。

 【反省】―――自分ひとりが『勉強』しないだけならまだしも、真面目に『勉強』をしているクラスメイトをどこか見下し、舌打ちをしているわたしもいました。(ちっ、優等生め!)こんな感じです。なんとも愚かな人間だったことかと、思い出しただけでも赤面してしまいます。

 こうした後悔と反省から、日々(今からでも決して遅くない。勉強しなければ!)と思うのですが、意欲がどうしても湧かないことが多々あります。そんなわけで、『学び』と、学ぶための前提条件『脳と心』について書きたいと思います。

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脳と心、刺激と訓練で成長を!!【中高年からの学び】

過去にこだわらず未来だけを見据える!

 精神的な悩みを持つ人の大半は、過去へのこだわりがとても強いようです。

 もちろん、その人の歴史、特に精神的な歴史の持つ意味はとても大きく、大なり小なり、性格形成に影を落とします。小さいころに親から受けた暴力や、同級生からのいじめといった体験が、その人の人生を変えてしまう例は枚挙にいとまがありません。

 しかし、健全な精神を持つ人々にとっては、過去はさほど大きな意味を持ちません。精神的に元気な人々は、「今」が楽しく、「明日」(それは仕事、休暇のことなど、さまざまですが)にドキドキ、ワクワクしています。「過去」を振り返ってクヨクヨしている余裕はないのが普通です。



 社会全体が閉塞状況になり、明日に希望が持てなくなると、誰しも昔を懐かしむようになりますが、それは精神的にはあまり健康的なこととは言えません。

 もちろん、過去を全く顧みずに生きてゆけというのではありませんが、「今」と「明日」が面白くない世の中では、生きて行く元気が出ないということになります。

 心のベクトルが過去ではなく、現在から未来の方向に向かっている時、人間の精神は健康的と言えるでしょう。ところが、現代の人々の心は、低年齢層で膨張のピークを迎え、あとはしぼむだけのように思えてなりません。「心のデフレ」と言えば、わかりやすいかも知れません。

 つまり、精神が健康的にならなければ、わたしのように「いざ学ばん!」と意気込んでみたとしても簡単に挫折をしてしまいます。先ずは何かを始めるまえに、「今」と「明日」、そして「未来」のことを想像し、ドキドキ、ワクワクするよう「脳と心」に信号を送り続けることも必要なのではないかと考えます。すなわち自己暗示を意味します。

何歳になっても頭はよくなるし心も豊かになる!

 脳以外の身体の臓器のほとんどは、20歳前後にピークを迎え、あとはどんどん機能低下してゆきます。しかし、脳(心)は、20歳を超えても、努力や経験で、ますます機能が向上するのです。もっと言うと最新の研究で、脳は80歳、90歳になっても成長すると主張する学者もいます。

 小中学校から高校時代に、よく「あの子は頭がいい」という言い方をします。脳の成長はそこで終わりません。刺激と訓練を重ねることで、脳も心も、どんどん成長します。先天的な要因を超えて、後天的な因子で「頭はよくなる」し、「心は豊かになる」のです。

 「頭をよくする」には、地道な訓練や真剣な思考が必要でしょう。そして、「豊かな心」を作るのに最も大切なのは、心の刺激と、その刺激を感じる能力です。感動できる出来事にどれだけ遭遇するか、その感動にどこまで素直になれるかで、心の成長は決まってくるように思います。

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あとがき【『学び』とは問題への備え・明るい未来への道標】

 明治大学文学部・齋藤孝教授は『人はなぜ学ばなければならないのか』という著書のなかで、“ 様々な分野に興味を持って学ぶこと ” で、それが豊かな人生に繋がると。言っています。



 人類が火を扱うようになったのも、また石器を加工するようになったのも、まさしく『学び』のひとつだったと言えるでしょう。現在の生活に置き換えると、買い替えた家電やスマートフォンを使いこなし、日々の暮らしに役立てているのと同じです。

 つまり、わたしたちも日常生活において常に学び続けているのです。生きてゆくために必要だと感じたとき、人はそれを『学び』とすら気付きません。

 齋藤孝教授の言う、 “ 学ぶことが豊かな人生に繋がる ” とは、かつてわたしが抱いていた「こんな勉強に意味があるのか?」に対する回答でした。

 学ぶことは「今」「明日」「未来」、いつか起こりうる問題への備えなのかも知れません。または、明るい未来を見つけるための道標なのかもしれません。

 笑顔と明るい気持ちを忘れずに【空海と松下幸之助に学ぶ】

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