はじめに【ストレスについて】
前回の『悩み』に続き、今回は『ストレス』について思うがまま書き下ろしてみたいと思います。現代社会に生きる限り、人はみなストレスから逃れられないでしょう。
悩みについて詳しくは
人はなぜ悩むのか?【脳内の断捨離のすすめ!】 をご覧になって下さい。
わたくし事ですが、以前、ストレスが原因で会社を退職したことがあります。
朝起きて、身支度をするまでは良いのですが、いざ出勤となると、思うように足が前にでません。同じような経験をされた方、意外と多いのではないでしょうか?
その頃のわたしは、自分自身の心の弱さにこそ原因があるのだと思い悩み、あらゆる本を読み漁ったり、セミナーに参加をしたり、挙句の果てには禅修行まで体験するといった始末でした。
しかし、ストレスには外的要因によって生み出されるものも多いようです。
では、わたしの経験も踏まえて、その辺りから探ってみましょう。
目指せストレスフリー!【しがみつかず、こだわりを捨て】
グローバル化がもたらしたストレス
2000年代に入ってから、IT産業なる分野が、めまぐるしく進化を遂げ、いまも成長し続けているのは、誰もが知るところでしょう。こうしてブログを書けるのも、その恩恵です。
IT産業は、世界の垣根を超えるといったことも容易にしました。
どこにいても、世界中の誰とでも繋がれるのは素晴らしいことです。
しかし同時に、日本社会はグローバル化の波をもろに受けることになります。
かつて、日本の組織は会社に限らず、「一家主義」で動いていました。
上司と部下は親分、子分みたいな関係で、情緒的なつながりが色濃かったと思われます。
わたし自身も、仕事帰りに上司と一杯飲んで、「ちょっと家のことで困っていて・・・」なんて、仕事以外のことでも包み隠さず相談していたものです。
つまり、不平・不満を吸収する機能があったと言えます。
不幸にも、景気悪化という“ 外圧 ”も重なり、多くの日本企業は「能力主義」を取り入れるなどの変革を余儀なくされました。
すなわち、終身雇用、年功序列の崩壊で、「一家主義」が通用しない時代になったと言えます。
当然のように、不平・不満を吸収する機能は壊れ、個人の『ストレス』は増幅していきます。つまり、グローバル化を経て、“ ストレスの温床 ” を日本社会は作り出したと言えるでしょう。
成功願望とストレスについて
誰しもが偉くなりたい、他人に評価をされたい、そんな『成功願望』を、抱いたことがあると思います。
しかしまた、地位を失いたくない、ミスだけはしたくといった『失敗不安』も同時に、表裏一体として存在していることを忘れてはいけません。
この願望と不安の狭間で人は思い悩み、ストレスをため込みます。
社会人が一般的に身を置く、“ 競争社会 ” の場合は特に厳しく「うまくやらなければ」という強迫観念と、「いつ転落するかもしれない」といった不安に満ちています。
実際、仕事に意欲的な人、周りからいわゆる “ エリート ” と目されている人ほどストレスが強いと言われます。
こうした人がいったん挫折すると回復が遅く、“ 異常反応 ” を起こしやすいようです。
周囲には信じがたい犯罪が発覚し、「あの人がなぜ?」と言われるのもこのケースです。
最近の事件を見ていると、こうした事例が特別でなくなってきているように思います。
プレッシャーと人間関係が作り出すストレス
プレッシャーについて
例え『成功願望』がなくとも、仕事をしているうえで、『失敗不安』は常に付きまといます。誰もが目に見えない敵、“ プレッシャー ” と戦っているのです。
良く、プレッシャーと上手に付き合う・プレッシャーを楽しむ。などといった活字を目にしますが、それは『成功願望』を持つ人に向けた言葉です。
では、持たない人に向けての言葉はなにかと言うと、プレッシャーを考えない。です。
つまり、日頃から自己評価を低くしておくことが鍵になると思います。
自己評価を高くしていると、どうしても「わたしはもっとできるはずだ」「わたしが失敗なんてするはずがない」と、自分で自分に対して、プレッシャーをかけてしまいがちです。
そして、知らないあいだに、新たなストレスが生まれるのです。
人間関係が作り出すストレス
職場やプライベートの人間関係が、ストレスの原因だと言う人も増えてきています。
人間関係の場合は、“ 距離を置く ” ことが最善策かと思われますが、プライベートはともかくとして、職場においては難しいでしょう。
「一家主義の崩壊」で、人間関係の構築を図る場が限られてきています。
人と人とが壁を作っている限り、人間本来の姿は見えづらいものです。
すなわち、構築途上の人間関係において、重要になってくるのは、自分基準でものごとを見ない。ということです。
人間は、どうしても、自分を基準に物事を考えがちです。
それは仕方がないことです。しかしこの場合は、「自分ならこうするのに」「わたしが正しいのに」みたいな感じで、必要のないストレスまでため込んでしまいます。
つまり、“ 人への寛容さ ” が、ストレスを軽減させるのです。
家庭生活でのストレス
家庭生活においても、ストレスをため込む人が多いようです。
もしもその空間が、仕事の愚痴のひとつも言えぬ空気になっているとすれば、あしたの活力を補給するどころか、息もつけないでしょう。
家庭さえ平穏であれば、ストレスは浄化されていきます。
しかし本来、浄化作用をもたらすべき家庭環境が、ストレスの汚染源になっているとするのなら、そこから改善しなければならないでしょう。
他人とは違い、「家族なら分かってくれるだろう」は、今の世の中では通用しません。
ひと昔前までは、“ 話さなくても分かり合える ” といった風潮がありましたが、今の世の中なら、“ 分かり合えるまで対話をする ” ことこそが大事だと思われます。
あとがき【ひとつの生き方にこだわらず!】
風邪は万病のもとと言われますが、“ ストレスも万病のもと ” です。
なぜなら、精神疾患や生活習慣病の原因のひとつとして『ストレス』が上げられているからです。
わたしも、はじめに触れたとおり、『ストレス』が原因で “ こころとからだの病 ” 両方に苦しめられたひとりです。結果、会社を退職するといった選択をしました。
そんなわたしの経験上、はけ口のないストレスをため込んでまで、会社にしがみつく必要はない。と、思っています。
ただ、それは病気の治療と同じで、わたしに効く療法だからといって、万人に効果があるとは限りません。
先ずは、自分の能力、性格、置かれた状況を十分考えてみましょう。
そして、自分に合った解決策を見いだして下さい。
ストレスについて、わたしが一番実感したことを最後にこの稿を終えたいと思います。
ひとつの生き方にこだわりすぎないことが大切です。
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