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人々のこころとこころを繋いで結ぶ!【『結い』を考える】

古き良き日本の再発見
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はじめに【日本人本来の姿】

 介護問題について思うこと【介護電話相談窓口】の冒頭部分で、『ゆいの心』について少し述べました。

 わたしが『結い』について、深く興味を持ち、自分の人生にもそれを生かせないかを考えるようになったのは、2011年(平成23年)3月11日に発生した、東日本大震災がきっかけでした。

 誰もが経験したことのない未曾有みぞうの大災害。
絶望や深い悲しみに包まれながらも、人々は助け合い、そして寄り添い合っていました。
その姿に感動を覚え、深く心に刻み込んだ人間も多いのではないでしょうか。

 「これが、日本人本来の姿だと」

そこで今回は『結い』について、もう少し詳しく書きたいと思います。

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『結い』とは?

 『い』というのは、日本で古くから受け継がれてきた、協働態きょうどうたい(共同体)のことです。
協働態は土地に根ざし、その絆と連帯感はまるで一心同体であるかのように、固く結ばれています。

 その成員せいいん(ムラビト)の交流は相互の助け合いをむねとしていて、この助け合いを、日本人は『結い』などと呼んできました。

 現代にもその姿を残しているということでは、1995年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録された、富山県の五箇山ごかやま(相倉地区、菅沼地区)から岐阜県の白川郷(荻町地区)にかけての合掌集落がっしょうしゅうらくが有名です。



 『結い』は、冠婚葬祭や、家の建て替え・屋根のき替え、田植えと稲刈り、焼畑の山焼き、里山の下枝刈りと下草刈り、などに働き手やまかないを出し合い、お互いを助け合うものです。

 合掌集落の場合は、茅葺かやぶき屋根の建物が多く現存しているため、維持していくうえで莫大な労力と費用のかかる屋根の葺き替えには、どうしても『結い』が必要になります。

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『結い』の義務と責任・罰について

 『結い』には必ず義務と責任が生じます。
成員(ムラビト)は物や労力を提供する義務があり、全員がこのルールに従うからこそ、今回は助けに回る側でも、今度は助けを貰う番が必ず巡ってきます。
当然ながら、ムラビトの生活は『結い』にるところが大きくなります。

 汗をかくことで『結い』の一員となり、また、汗をかかなければ一員から除外されます。
自分がおこたりなく汗をかきさえすれば、ムラの総出であれこれ助けられ、少なくとも最低限の暮らしは維持できるのです。



 当然のことながら、思いやりや志を集めた助け合いにはルールがあり、義務、そして責任もともないます。責任を引き受けることで協働態は成り立ち、存続されていきます。

 『結い』のルールには罰もあります。
「村八分」という言葉は、誰もが一度は、耳にしたことがあるのではないでしょうか。
何かしら掟破おきてやぶりをして、この『結い』から八分方はちぶかた締め出されることです。

 村八分は処払ところばらいではないので、ムラビトとして葬儀の助けだけは受けられます。
しかし、大方の互助からは締め出されるので、相当暮らしに困ります。


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あとがき【貨幣経済のなかに『結い』を組み込む】

 貨幣経済において、物や労力、そしてサービスの提供はその名のとおり、貨幣を介しておこなわれます。

 貨幣を多く持つ者は、多くの物や労力、サービスを得ることができます。
反対に、持たざる者は、なにも得られず、ただただ疲弊ひへいしていくばかりです。

 一方、『結い』とは、義務や責任を分担し合うことで、公益を実現する社会システムです。
 現在の貨幣経済のなかに、『結い』のような社会システムを組み込むことができたなら、人々の暮らしと心は、なおいっそう豊かなものになるでしょう。と、わたしは考えます。

こころの支えと安心は地域から!【結い・もやい・講】

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