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コロナ過を生きるひとりの『高齢者』の物語

老人介護をしながらでも楽しく暮らす方法
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はじめに【テレビを楽しめなくなった老人】

 一時期は落ち着いていたコロナ報道も、また熱を帯びてきているような気がします。 病床数のひっ迫や重症患者の増加など、報道で伝えるのは至極当然のことだと思いますが、情報バラエティー番組で、専門家でもないタレントがなんやかんやと騒ぎ立てるのはどうかと・・・。

 まぁ、そんな番組は見なければいいだけのはなしで、特に困るのはニュース速報です。娯楽番組を見ているのに速報音とテロップが流れ、お節介にも感染者数を教えてくれます。なぜこんなことを言っているのか、それは父親が以前までのようにテレビを楽しめなくなっているからです。

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コロナ過を生きるひとりの『高齢者』の物語

春―――『緊急事態宣言発令中』

  「テレビはコロナばっかりだな……。」
父親が溜息交じりにこんなひとり言を度々漏らすようになったのは春も真っ只中、全国に緊急事態宣言が発令され、世の中は自粛自粛の黒い雲に覆われている頃だった。

 わたしもそんな風潮に流され、父親が散歩に出るときも、マスクを着用するよう、ことのほか(うるさ)く言ったものだ。父親もまたそんなわたしに反発し、「息苦しい」とか、あれこれと理由をつけてマスクの着用を拒み、わたしを酷く困らせた。

 それだけではない。当時の父親は、まるで反抗期の少年かのように、わたしの発言全てに反発していた。ストレスがよほど溜まっていたのだろう。それは父親だけじゃなく―――わたしにも言えることだが・・・。当然のように(いさか)い事は多くなる。

 まだ原因は思い当たる節がある。デイサービスから “ 可能な限り施設の利用を控えるよう ” にと、要請があったことだ。デイサービスに通うのは父親の気分次第。人間関係が(こじ)れると行かなくなるしその逆もある。ちょうどこの頃はバイオリズムが上り調子だったのだろう。楽しみのひとつが父親の中から消えた。

夏―――『相次いだ父親と同年代の死』

 35℃を超す連日の猛暑にもうんざりしていたのだが、緊急事態宣言は解除され、人々はようやく平穏な日々を取り戻そうとしていた。最も、各種イベントは軒並み中止となり、まだまだ例年通りといかないまでも、それでも希望の陽ざしは見え隠れしていた。父親もまた同様だった。

 朝夕のどちらか、涼しくなる時間を見計らって散歩に出かけようとしていたからだ。この頃は幸い、父親の住む地域で新型コロナウィルスの患者は出ていなかった。しかしタイミングが悪く、近所で父親と同年代の死が相次いだ。

 いずれも持病によるもの、熱中症等々、新型コロナウィルスと関係のない死因だったが、知らせが届くたびに「コロナか?」「コロナか?」と、父親の神経が過敏になっていった。もともと神経質とは無縁の人間である。馴れ馴れしくずうずうしい。身内ながら恥ずかしいくらいだった。

 そんな父親が誰かの死の知らせを聞く度に(おび)えるようになっていった。
――― “ 次は自分の番か ” と、まるで死刑執行を待つ囚人かのように。

秋―――『ニュース速報が怖い!』

 落ち葉の舞う季節、とうとう父親の暮らす地域で、新型コロナウィルスの患者が出た。しかも老人ホームのクラスターである。そして不幸にもひとりの死者が出てしまった。受け入れを再開していたデイサービスも、またもや利用制限が始まった。

 父親はたまにだが(うつ)の症状が出る。『抗うつ薬』も服用している。そのことは前に、 『産後うつ』が甘えなら『老人性うつ』も甘え? で話した。気持ちが落ちているときの父親にとっては耳を塞ぎたくなるニュースだっただろう。

 この頃からだ。ニュースの速報音に敏感になったのは。速報音と同時に父親の身体はブルっと震えた。そしてすかさずテレビのスイッチを消すようになった。外に出歩くことも無くなった。(このままだと体力が落ちてしまう)と、わたしも心配したものだ。

 少し前までなら、リハビリ(散歩も)をさぼったりすると「身体が動かなくなったら死ぬぞ?」と、軽口を叩いたりして、父親も父親で「冗談じゃあねえ、死なねえ!」と、息まいていたのだが、とてもじゃないが “ 死 ” という言葉は口に出せない。わたしもわたしで途方に暮れていた。

初冬―――『生きる気力を奪うものの正体とは?』

 今現在の父親はほとんどテレビを見ない。テレビ欄を確認するためだけに購読している地方新聞も解約しろと言う。そして、「はぁ、楽しみが無いな」と、呟く。わたしが、父親の好きそうな番組をすすめても「見たくねえ」と、こうだ。

 長年の習慣だからなのかリモコンのスイッチは一応押す。ところが、ハッと我に返ったようにすかさず切る。多分一日中それを何十回と繰り返している。「マスクしていたら大丈夫だから!」と、散歩を促しても一向に出歩く素振りも見せない。

 食欲はまだあるから心情的に少し楽だが、それでもこの状態が続くとなれば心配だ。体力の低下もそうだが、この頃はうつや認知症の症状も多く見られるようになった。そして何よりも “ 生きる気力を奪われてはいないか ” そんな不安がわたしに付き纏っている。


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あとがき【老人のテレビ離れも始まる!】

 若者のテレビ離れは進んでいますが、高齢者にとって一番身近な娯楽といえば今でもテレビです。コロナ報道の是非について正直わたしには分かりません。けれども、いちいち患者数を速報で流す必要はないかと。

 新型コロナウィルスの重篤患者に高齢者が多いのは事実でしょう。しかしそれは他の風邪でも同様です。不安ばかりを煽られていたら、確かに外出は控えるようになります。父親もそうです。

 けれどもその一方で、高齢者のみならず、多くの人間の精神面に影響を及ぼしているのだとしたら、そのことも真剣に考えるべきでしょう。今、わたしは父親の新たな娯楽を見つけようとインターネットテレビの加入を真剣に考えています。

 父親に操作は難しいでしょうが、流しっぱなしなら問題ないかと思っています。
まさかの高齢者のテレビ離れです。とにかく、一日も早く平穏な日々に戻ることを祈るばかりです。父親とわたし、そして全ての人々のために。

新型コロナウイルス感染症【在宅介護をしているお仲間へ】

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