はじめに【黒猫って不吉?】
「黒猫が前を横切ると不吉なことが起こる」といった迷信を耳にしたことないでしょうか?わたし自身も幼い頃から、漠然と黒猫のことを忌み嫌っていたような気がします。
けれどもこの迷信、どうやら欧米から伝わって来たもののようです。逆に平安時代の日本では黒猫を、魔除けや商売繁盛をもたらす縁起の良い動物と考えられていたようです。
ともかくとして今回は、そんな黒猫を描いたエドガー・アラン・ポーの短編小説『黒猫』をご紹介したいと思います。
エドガー・アラン・ポー『黒猫』あらすじと解説【黒猫って不吉?】
エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)とは?
アメリカ合衆国の小説家、詩人、評論家です。(1809~1849)
エドガー・アラン・ポーは、1809年、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン市に生まれます。しかし幼い頃に父親は失踪、母親は他界してしまいます。
そのためポーは、両親と親交のあったリッチモンドのアラン家に引き取られます。1815年、アラン一家は商売のためにイギリスに渡ります。帰国後の1826年、ヴァージニア大学に進学しますが後に退学し、陸軍に入隊します。
除隊後、文筆家を志したポーは、雑誌の編集に携わりながら、詩や短編小説を創作し始めます。その後、『アッシャー家の崩壊』、『黒猫』、『モルグ街の殺人』、『黄金虫』など多数の短編作品を発表していきます。
しかし1849年10月3日、滞在先のボルティモアで酷い泥酔状態で見つかり、4日間の危篤状態が続いたのち10月7日に死去します。まだ40歳という若さでした。死の真相は謎のままです。
短編小説『黒猫』について
短編小説『黒猫』は、1843年、『ユナイテッド・ステーツ・サタデー・ポスト』誌に発表されます。
『黒猫(The Black Cat)』あらすじ(ネタバレ注意!)
語り手の「私」は、「明日死ぬべき身だ。今日のうちに自分の魂の重荷をおろしておきたいのだ。」と話し、身の上に起きた出来事について告白していきます。
「私」は、幼い頃から動物好きで、両親はさまざまなペットを「私」の思いどおりに飼ってくれました。「私」は、若くして結婚します。妻もまた動物が好きで、鳥類や金魚、犬や兎、子猿や猫などをペットにしていました。
その中でもプルートーと名づけられた黒猫が、「私」の一番のお気に入りでした。そんな「私」でしたが、酒癖という悪鬼のために、性格が悪いほうに変わっていきます。やがて「私」は、動物たちを虐待するようになっていきます。けれどもプルートーだけは虐めずにいました。
ある夜、行きつけの酒場から酔っぱらって帰って来た「私」は、なんだかプルートーに避けられているように感じます。怒りを覚えた「私」は、衝動的にプルートーを捕まえて、ナイフでその片目を抉り取ってしまったのでした。
翌朝になって「私」は、自分の犯した罪に悔恨の情を感じます。けれども間もなくその行為の記憶を酒にまぎらすようになりました。そのうちプルートーは少しずつ回復していきます。けれども当然のことですが、「私」のことを避けるようになりました。
※悔恨(かいこん) 後悔し残念に思うこと。くやむこと。
「私」はそんな黒猫に苛立ちを覚えるようになっていきます。やがては苛立ちが怒りへと変わっていきました。そしてそれは残虐な行為へとエスカレートしていきます。―――プルートーを木に吊るして殺してしまったのでした。
その晩、「私」の家は、原因不明の火事によって焼失してしまいます。妻や召使い、「私」は無事だったものの全財産を失ってしまいました。翌日、「私」は焼け跡へ行って見ます。すると奇妙なことに、唯一焼け残った壁に、縄を首に巻きつけた猫の姿が浮き出ていたのでした。
その光景を目の当たりにした「私」は、驚愕と恐怖を感じます。そして悔恨に似た漠然とした感情を持った「私」は、プルートーによく似た猫を探すようになりました。そんなある日、「私」は、プルートーにそっくりな一匹の黒猫を見つけ、家に連れて帰ります。
※驚愕(きょうがく) 非常に驚くこと。大きな驚き。
妻はこの黒猫を気に入ります。けれども間もなく「私」は、黒猫に対し、嫌悪感を抱くようになりました。なぜなら黒猫が、プルートーと同じように片目がないことを発見したからです。やがて嫌悪感は憎しみへと変わっていきます。
プルートーと黒猫との違いは胸のところに白い斑点があったことでした。その斑点が次第に大きくなっていき、絞首台の形になったのです。「私」は、そんな黒猫に恐怖を覚えるようになっていきました。
※斑点(はんてん) ところどころにある点。まだら。ぶち。
※絞首台(こうしゅだい) 絞首刑を執行する際に死刑囚をのせる台。
そして、黒猫の存在に耐え難くなった「私」は、地下室で黒猫に斧を振り落とそうとします。ところがその瞬間、妻に遮られてしまいます。逆上した「私」は、その斧を妻の脳天に打ち込んでしまったのでした。
―――妻は呻き声もたてずに、その場に倒れて死んでしまいます。
「私」は直ぐに死体の隠し場所を考えました。そしてある方法を思いつきます。それは、地下室の煉瓦の壁の中に、死体を塗り込めて隠すという方法でした。
そしてこの作業を終えた「私」は、黒猫を探します。けれども「私」の怒りの烈しさにびっくりした黒猫は姿を隠してしまったのでした。その後、妻の失踪について家宅捜査が行われます。けれども何も発見される筈がありません。「私」は自分の未来の幸運を確実だと思います。
殺人をしてから四日目、再び警察が捜査にやって来ました。そしてとうとう捜査が地下室にまで及びます。ところがやはり何も見つからなかった警察は、諦めて引き上げようとします。すると歓喜を抑えられなくなった「私」は、思わず地下室の壁を、杖で叩いてしまいました。
※歓喜(かんき) 非常によろこぶこと。よろこび。
その瞬間、壁からすすり泣くような悲鳴のような奇妙な声が聞こえてきます。この異変に気付いた警察たちは、煉瓦の壁を取り壊しにかかります。すると妻の死骸が出現しました。
そしてなんと妻の頭上に、―――赤い口を開けて、片目を爛々と光らせた黒猫が座っていたのです。「私」は、このいまわしい怪物によって、絞首刑にかけられる運命を負わされたのでした。
青空文庫 『黒猫』 エドガー・アラン・ポー 佐々木直次郎訳
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『黒猫』【解説と個人的な解釈】
物語の主人公はかつて、愛する妻と、好きなペットに囲まれた平和な暮らしを送っていました。ところが全ての転落は、「酒癖という悪鬼」に憑りつかれてしまうところから始まります。
一番可愛がっていたプルートーの片目を抉り取り、さらには縛り首にして殺してしまいます。後悔から再び黒猫見つけてきて飼い始めたものの、この黒猫まで手にかけようとし、止めようとした妻を斧で殺害してしまうといった残虐な行動に出ます。
ところが主人公は、この殺害に対して不可解なことに、困惑も見せずに死体の隠し場所を考えます。つまり当初は酒によって残忍性を帯びていった性格が、プルートーを殺害したことで、いつの間にか酒だけではなく「黒猫という怪物」にまで憑りつかれ、言わば性格破綻者になっていたことが見て取れます。
一種の強迫観念というものでしょうか。また警察の捜査でも主人公は奇妙な行動に出ます。妻の遺体を隠した壁を叩くといった動作です。これは完全犯罪への喜びと同時に、この犯罪をやってのけた自分への承認欲求がもたらした行動なのでしょう。
ともかくとして『黒猫』は、一般人が到底理解できない犯罪者の歪んだ心理状態を見事に描いていると言えます。とは言え、火災なぜ起きたのか?そしていなくなった筈の黒猫がなぜ地下室の壁の中にいたのか?という疑問は残ります。
あとがき【『黒猫』の感想を交えて】
冒頭文で、「黒猫って不吉?」ということを書きましたが、付け加えると中世ヨーロッパでは、魔女狩りが流行していた当時、黒猫は「魔女の使い魔」として忌み嫌われていたようです。
日本もその影響を受け、巡り巡ってわたし自身も黒猫を嫌っていたというわけなのですが、本当に罪のない黒猫たちには悪いことをしたと思っています。
自分自身に何かしらの不幸が訪れたとき、どうしても因果関係を考えてしまいがちになるものです。もしかしたら『黒猫』の主人公の身の周りに起きたことも単なる偶然が重なっただけなのかも知れません。
この物語を読んで思うのは、「物事を悪いほうに考えない。」ということです。悩み事は誰にでもあるものです。とにかく悪いほうに考えないように楽しい妄想でもするのが良いでしょう。そんなときは是非娯楽小説をお読みになって下さい。
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