スポンサーリンク

オー・ヘンリー『罪と覚悟』【再チャレンジできる社会に!】

一読三嘆、名著から学ぶ
スポンサーリンク

はじめに【偏見といった色眼鏡】

 新聞に目を通すと、新型コロナウイルス関連による企業の倒産、または廃業を伝える記事が毎日のように掲載されています。このような社会情勢では、職を失った人が簡単に次の職を見つけられるとは思えません。

 大学生の就職内定率も2011年以来、10年ぶりに悪化したとの記事も見ました。有識者の方々は口を揃えて、雇用の悪化は続くとの見立てです。わたし自身、 “ 明日は我が身 ” の心境です。

 さて、「一度失敗してしまうと、やり直しが利きにくい。」そんな社会のありようをどう思うでしょうか。人生に再チャレンジしたいと思っている人間は、かなりの数に上るでしょう。それは、一度法を犯してしまった人間も同様です。

 心から社会復帰したいと思っていても、周りはそう見てくれません。それは世間が「失敗した人間」のことを、偏見といった色眼鏡をかけて見てしまうからです。

スポンサーリンク

オー・ヘンリー『罪と覚悟』【再チャレンジできる社会に!】

オー・ヘンリー(O. Henry)とは?

 9世紀から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカの小説家です。本名・ウィリアム・シドニー・ポーター(William Sydney Porter)(1862年 – 1910年)

 オー・ヘンリーは1862年、アメリカのノースカロライナ州グリーンズボロという町に、医師の息子として生まれます。3歳のとき母親は亡くなり、叔母の手で育てられます。また教育者でもあった叔母の私塾で教育を受けます。

 その後、テキサス州に移り住んだオー・ヘンリーは、銀行や不動産会社、土地管理局等の職を転々とします。またこの頃、結婚もしました。1896年、以前に働いていた銀行の公金横領の疑いで逮捕されます。

 しかし、横領容疑の裁判にかけられる直前、病気の妻と娘を残し、ニューオリンズ、さらに南米ホンジュラスへと逃亡します。その後、逃亡先に妻の病状の悪化を伝える知らせが届き、家に戻ります。しかし妻は先立ってしまいます。

 裁判では懲役5年の有罪判決を言い渡されますが、模範囚としての減刑があり、実際の服役期間は3年と3か月でした。オー・ヘンリーはこの服役中に短編小説を書き始め、その作品を新聞社や雑誌社に送り、3作が出版されます。

 刑務所を出てから本格的に作家活動を開始し、一躍注目を集め、人気作家となります。代表作に『最後の一葉』『賢者の贈り物』等があり、500編以上の作品を残し、短編の名手と呼ばれます。しかし過度の飲酒から健康は悪化し、筆力も落ちていきます。1910年、47歳という短い生涯を終えました。


  オー・ヘンリー

オー・ヘンリー『最後の一葉』に生きる意味を見いだす。
オー・ヘンリー『賢者の贈り物』【愛の詰まったプレゼント!】
オー・ヘンリー『水車のある教会』に一縷の望みを見いだそう
オー・ヘンリー『二十年後』【歳月人を待たず!】
オー・ヘンリー『理想郷の短期滞在者』【叶えよう変身願望!】
オー・ヘンリー『魔女のパン』【「してあげる」は自己愛!】

作者の生きた時代

 オー・ヘンリーが生きた19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカ合衆国は、鉄鋼業や石油業が繁栄したことで、経済的に大きく躍進していました。領土的にも北米や太平洋圏の島々を植民地化するなど、まさにアメリカ黄金期ともいえるものでした。



 しかしその反面で、まだ西部開拓時代の名残も留めており、人種差別や、多発する犯罪など、多くの問題も抱えていました。そんな時代背景のなか、オー・ヘンリーの作品は生まれていきます。

 オー・ヘンリー自身も、獄中生活、そして裁判中の逃亡生活を送ったことがあるせいか、彼の作品には、犯罪者と刑事(警官)が多く登場します。しかし、その物語は人情味が溢れ、ていて、どこか、古き良き日のアメリカを思い起こさせてくれます。

『罪と覚悟(A Retrieved Reformation。)』あらすじ(ネタバレ注意!)

原題はA Retrieved Reformation。『よみがえった改心(良心)』です。

 ジミー・ヴァレンタインは、刑務所内の靴工場で、毎日せっせと靴の皮を縫っています。言い渡された刑期は四年でした。そんな暮らしも十か月くらい経った頃のことです。ジミーは事務所長に呼び出されます。そして一通の恩赦状を手渡されました。

 こうして、晴れて自由の身になったジミーでしたが、簡単に性根は変わりません。ジミーは腕利きの金庫破りだったのです。さて、自分の部屋へ帰ったジミーでしたが、休む間もなく、壁の羽目板を外しました。そして、埃にまみれたスーツ・ケースを取り出します。

それは、―――金庫破り道具一式が入っている、スーツ・ケースだったのです。



 ジミー・ヴァレンタインが釈放されてから一週間後のことです。インディアナ州リッチモンドで見事な金庫破りがありました。しかも犯人の手掛かりはありません。それから続けざまに、ローガンズポート、ジェファースン・シティでも同様の犯行が起こります。

 刑事たちは血まなこになって捜査をしましたが一向に成果は上がりません。そこで、腕の立つ刑事、ベン・プライスの手に委ねられることになります。ベン・プライスは金庫破りの手口に、強い類似性があることから、犯行を「ジミー・ヴァレンタインの手口です。」と、断定します。

 ある昼下がり、ジミー・ヴァレンタインは、アーカンソー州の田舎町エルモアで馬車を降ります。勿論それは金庫破りのためでした。ところがその地で、アナベル・アダムズという銀行主の娘に一目惚れしてしまいます。

 ジミーは二者択一の選択に迫られます。(金庫破りの稼業を捨てるか、それとも恋心を成就させるか・・・)そして、ついに決意します。名前をラルフ・D・スペンサーに改め、一から靴屋で身を立てることに。



 ラルフ・スペンサーの靴屋は繫盛します。一年後にはすっかり、社会的な地位や、住民からの尊敬も手に入れます。そして念願叶って、ついに、アナベル・アダムズ嬢と結婚の約束を取り交わします。アナベルの父親もスペンサーのことを気に入り、家族同様に扱ってくれました。

 ある日、ジミーは信頼できる友人に手紙を送ります。手紙の内容は「家業から足を洗うため、金庫破りの道具を友人に譲る。」というものでした。一方、ジミーがこの手紙を書いた頃、刑事ベン・プライスがエルモアにやって来ます。

 婚礼を目前に控えたラルフ・スペンサーことジミーは幸せの絶頂でした。この日の朝、ジミーはアナベルの家で朝食をとり、家族揃って町の中心へ出かけます。アナベルの父親、姉、そして姉の幼い二人の娘も一緒です。

 一行は今もジミーが泊まっているホテルに立ち寄ります。そこでジミーは部屋に行き、あのスーツ・ケースを取ってきます。この日は、リトル・ロックに行き、例の道具を友人に渡す予定になっていたからです。

 一行は、それから銀行へと向かいました。そこにはジミーの馬車が待っていて、汽車の駅まで送ってもらう段取りになっています。一行は銀行の執務室に入っていきます。ちょうど最新式の金庫室を設けたばかりで、それを見学するためでした。



 時を同じくして、刑事ベン・プライスが銀行にふらりと入ってきて、さりげなく中を窺っています。そのとき、
―――突如として、女性の悲鳴が上がり、場が騒然となります。

 アナベルの姉の上の娘が、子供同士のふざけ合いの末に、下の娘を、うっかり金庫に閉じ込めてしまったのです。アナベルの姉はヒステリックな悲鳴を上げて泣き叫びます。アナベルの父親は「リトル・ロックまで行かんと、誰も開けられるものがおらんのだよ。」と、絶望的な言葉を口にするだけでした。

 アナベルは思わず「ねえ、どうにかならないの!」と、ラルフに助けを求めます。ラルフは妙な微笑みを浮かべ、上着を脱ぎ捨てます。それとともに、ラルフ・スペンサーという男は消え失せて、ジミー・ヴァレンタインが姿を現しました。

 愛用のスーツ・ケースを開いたジミーは、もはや誰の存在も気にとめていないかのように、金庫破りの道具を使って手際よく、最新式の金庫を開けてみせました。閉じ込められていた娘は無事に、母親の腕の中に抱きしめられました。



 ジミーは上着を羽織って、外に出ていこうとします。そのとき、入口のところで大男が行く手を塞ぎます。

―以下原文通り―
 ジミィは、妙な笑みを浮かべたまま、こう言った。

 「やぁ、ベン。ついにやってきたか。それじゃあ、行こう。何を今さら、って感じになるのは否めないけど。」

 すると、ベン・プライスは、ちょっと変なそぶりを見せた。

 「何か誤解していらっしゃいませんか、スペンサーさん。わたしには、あなたが誰だったか、さっぱり。そうそう、馬車がずっとあなたのことをお待ちですよ。」

と、ベン・プライスはきびすを返して、ゆっくりと通りの向こうへ歩いていった。


青空文庫 『罪と覚悟』 オー・ヘンリー
https://www.aozora.gr.jp/cards/000097/files/46342_23166.html

スポンサーリンク

あとがき【『罪と覚悟』の感想も交えて】

 物語の終盤、真っ当に生きようとするジミー・ヴァレンタインの前に、大きな罠が立ち塞がっていました。しかし、その罠に自らかかることを選択します。それは良心による人道的な選択でした。命の重みです。

 刑事ベン・プライスは、そんなジミーに対し、粋な計らいを見せてくれます。まるで「お前は大丈夫だ。きっとやり直せる!」と、励ましているかのように。

 かつて、第1次安倍内閣のときに「一度事業活動や起業などで失敗した人が、何度でも挑戦できること、また挑戦できる社会」という概念のもとに “ 再チャレンジ担当大臣 ” という役職が新設されたこともありました。

 しかし、そんな政策も長続きはせずに、いつの間にか消えていました。法案を作る人、またそれを実行する人、そのいずれもが自分の身には関係ないと思っているからでしょうか。

 やり直しが利かない人生の行きつく先は暗闇です。現実問題、この状況下で自ら命を絶つ人間も増えています。こんなご時世だからこそ、“ 再チャレンジ ” を後押しする、思い切った政策の必要性を実感します。

 と、同時に、人々が偏見といった色眼鏡を捨てなければいけません。わたし達ひとりひとりが、刑事ベン・プライスのように。そんな環境が整ったとき始めて、若者が夢や希望を持てる世の中になるであろう。と、わたしは考えます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました