はじめに【「怪獣化」する男の子】
ある日知人の一人が、「俺の子供、最近手をつけられなくって……」と、ボソッとこぼしたことがあります。そのときはアドバイスに困り、「今だけだって、そのうち大人しくなるさ」と当たり障りのない言葉で逃げました。
よく男の子が成長とともに「怪獣化」していったという話しを聞きます。知人のお子さんもきっとそうなのでしょう。「怪獣化」の原因の一つとしてテレビのヒーローものの影響があるといいます。考えてみればわたし自身も子供の頃、よく真似をしていました。
傍から見たらわたしも怪獣のようだったのかも知れません。でも自分では、正義のヒーロー気分だったと記憶しています。ともかくとして、今回は、そんな「怪獣」のような男の子を描いたオー・ヘンリーの短編小説『赤い酋長の身代金』をご紹介します。
オー・ヘンリー『赤い酋長の身代金』あらすじ【男の子は怪獣!】
オー・ヘンリー(O. Henry)とは?
19世紀から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカの小説家です。本名・ウィリアム・シドニー・ポーター(William Sydney Porter)(1862年~1910年)
オー・ヘンリーは1862年、アメリカのノースカロライナ州グリーンズボロという町に、医師の息子として生まれます。3歳のとき母親は亡くなり、叔母の手で育てられます。また教育者でもあった叔母の私塾で教育を受けます。
その後、テキサス州に移り住んだオー・ヘンリーは、銀行や不動産会社、土地管理局等の職を転々とします。またこの頃、結婚もしました。1896年、以前に働いていた銀行の公金横領の疑いで逮捕されます。
しかし、横領容疑の裁判にかけられる直前、病気の妻と娘を残し、ニューオリンズ、さらに南米ホンジュラスへと逃亡します。その後、逃亡先に妻の病状の悪化を伝える知らせが届き、家に戻ります。けれども妻に先立たれてしまいます。
裁判では懲役5年の有罪判決を言い渡されますが、模範囚としての減刑があり、実際の服役期間は3年と3か月でした。オー・ヘンリーはこの服役中に短編小説を書き始め、その作品を新聞社や雑誌社に送り、3作が出版されます。
刑務所を出てから本格的に作家活動を開始し、一躍注目を集め、人気作家となります。代表作に『最後の一葉』『賢者の贈り物』等があり、500編以上の作品を残し、短編の名手と呼ばれます。しかし過度の飲酒から健康は悪化し、筆力も落ちていきます。1910年、47歳という短い生涯を終えました。
作者の生きた時代
オー・ヘンリーが生きた19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカ合衆国は、鉄鋼業や石油業が繁栄したことで、経済的に大きく躍進していました。領土的にも北米や太平洋圏の島々を植民地化するなど、まさにアメリカ黄金期ともいえるものでした。
しかしその反面、まだ西部開拓時代の名残も留めており、人種差別や、多発する犯罪など、多くの問題も抱えていました。そんな時代背景のなか、オー・ヘンリーの作品は生まれていきます。
オー・ヘンリー自身も、獄中生活、そして裁判中の逃亡生活を送ったことがあるせいか、彼の作品には、犯罪者と刑事(警官)が多く登場します。しかし、その物語は人情味が溢れていて、どこか古き良き日のアメリカを思い起こさせてくれます。
『赤い酋長の身代金』(The Ransom of Red Chief)あらすじ(ネタバレ注意!)
悪党のサムとビルは、イリノイ州で土地を転がそうと考えていました。けれども六百ドルの持ち金しかなく二千ドル足りません。そこで二人はある名案を思いつきます。
※土地転(ころ)がし 地価上昇の著しい土地を、当初から転売を予定した仮需要者が購入、時期を見て上昇分を上乗せして売却し、相当幅の利益を得る取引が重なること。
二人はアメリカ南部・アラバマ州のサミットという町に滞在していましたが、この町で幼児を誘拐し、身代金二千ドルをふんだくろうと言うのです。そこで狙いを付けたのが、エベニザー・ドーセットという町の名士の一人息子でした。年齢は10歳です。
二人は夕暮れを待って馬車でドーセットの家に行きます。すると家の前で少年が子猫に石をぶつけて遊んでいたのでした。「おい、坊主!」ビルが声をかけます。すると少年はビルに向かってレンガのかけらを投げて来ました。
そのレンガのかけらは見事にビルの目玉に命中します。二人は暴れる少年を力づくで馬車に押し込めて、前もって準備しておいたアジトの洞窟へと連れて行ったのでした。
ところがこの少年、とんでもない腕白坊主だったのです。洞窟に行くと野宿気分で大はしゃぎをし、自分を「赤い酋長」と名乗り、ビルを毛皮猟師の「ハンク爺さん」、サムを敵の偵察隊の「スネークアイ」と名づけて、インディアンごっこを始めたのでした。
赤い酋長に捕えられたハンク爺さんは夜明けとともに頭の皮を剥ぎとられ、スネークアイは火あぶりの刑になると言うのです。サムが、「家へ帰りたいと思わないか?」と聞くと、少年は、「家はつまらない。まさか連れて帰るのではないよな?」なんて抜かしました。
その夜、サムとビルの間に少年を寝かせます。ところが三時間も経たないうちにビルの凄まじい悲鳴でサムは起こされました。見ると赤い酋長がビルの胸の上に座り込んで、鋭利なナイフを片手に、ビルの頭の皮を剥ごうとしているのです。
少年にとってはインディアンごっこの続きでした。驚いたサムは子供からナイフを取り上げ、押さえつけながら寝かせます。結局ビルもサムも一睡も出来ぬまま朝を迎えました。
ビルはサムに、「こんな餓鬼を取り戻すために、わざわざ身代金なんて出すかな?」と不安を口にします。サムは、「出すさ。憎たらしい悪餓鬼ほど親は可愛がるもんだ。」と言い残して、町の様子を探りに出かけました。ところが町はいつもと変わらぬ様子でした。
サムは、(まだ気づいてないのだろう)と思いながら洞窟へ戻ります。すると少年が大きな石を持って、今にもビルに叩きつけようとしているところだったのです。サムは少年の手から石を取り上げて、どうにかその場をおさめました。
事情を聞くと、少年が熱々に茹で上がったジャガイモをビルの背中に落とし入れ、そのジャガイモを蹴って潰したと言うのです。それに怒ったビルが少年を殴り、少年は石を持って仕返しをしようとしたと言うのです。
「これですむと思うな。赤い酋長をひっぱたいて無事だったやつはいない。」
少年はそう言い残すと洞窟を出て行きました。それからサムとビルが身代金をいただく算段を始めたその時です。
赤い酋長の雄叫びが聞こえると同時に、ビルの頭に卵くらいの石が直撃します。ビルはヘナヘナと倒れ込んでしまいました。サムは少年に、「いいかげんにしねえと、家へ帰らせるぞ。」と叱りつけます。
少年は、むくれながら「スネークアイ、偵察に行かせてくれたら大人しくする。」と言いました。サムは、「そういう遊びはビルと二人でやってろ。」と言い、二人に握手をさせます。それからサムとビルの二人は、脅迫状に書く文句を考えました。
ビルはサムに、「身代金は千五百にしておこう。」と言い出します。「あんな悪餓鬼に二千も出すっていうのは人間としておかしい。」と言うのです。サムは、(それでビルの気がすむのなら)と思い、そのとおりにしました。脅迫状の内容はこんな感じです。
「ご子息は預かった。身代金は千五百ドル。支払いは今夜の真夜中。こちらが設置した箱に入れてもらう。承知するなら今夜八時半、書面の返答を同じ箱に入れること。おかしな真似をしたら二度と子供には会えなくなる。指示通りにしたら三時間以内に子供は無事戻る。」
無法者の二人組より
脅迫状を持って出かけようとするサムに少年が、「偵察に行ってもいいって言ったよな。」と言います。サムはそんな少年を相手にせずに、「ビルに付き合ってもらえ。」と言い、ビルには、「しばらくご機嫌とっていてくれ。」と言い残すと、町へ向かったのでした。
サミットの町へ行くと大騒ぎになっています。サムはこっそりと手紙を投函して洞窟に戻ります。ところがビルと少年はいません。三十分ほどするとふらふらになったビルが現れて、「あの餓鬼はうちに帰らせたぜ。」と言いました。
そしてビルは、「さんざん馬にさせられて、九十マイル(1マイル=約1.6㎞)も走らされ、餌には砂を食わされた。なあ、我慢には限界ってものがあるだろう。ともかく、やつはいねえよ。」と言ったのでした。
そんなビルにサムは、「後ろを振り向いて見ろ。」と言います。振り向くとそこに少年が立っていました。ビルは顔色を失って地べたに座り込んでしまいます。それからサムは、箱の置いた場所へ行き、返事の書いた手紙を受け取り、洞窟に戻って来ました。返事の内容はこんな感じです。
無法者の二人組御中
拝啓、以下の対案を提示します。もし現金で二百五十ドルをお支払いいただくなら、引き取りに応じてもかまいません。ただし、ご来訪は夜になさるのがよろしい。見つかったら近在の者どもがどんな所業に及ぶことやら、当家は責任を負えません。敬具
エベニザー・ドーセット
ビルはすがるように、「なあ、サム、二百五十ドルくらい何てことないよ。せっかくの機会を逃す手はなかろ?」と言いました。サムもまた、「あの餓鬼、わけがわからねえ。さっさと送り届けて、身代金を払って、ずらかるとしようぜ。」と同意したのでした。
その夜二人は、どうにか少年をなだめすかして深夜の十二時に家へと送って行きました。本来なら千五百ドル奪っていたはずの時刻です。ビルはドーセットに二百五十ドルを渡します。そして二人が出て行くと分かると、少年は大きな声を張り上げてビルの脚にしがみついたのでした。
ドーセットはそんな少年をビルの脚から引き離し、「十分くらいなら押さえていられる。」と言います。「それで十分だ!」二人は一目散に逃げました。ビルは太っています。けれどもサムがビルに追いついたのは一マイル半も駆け抜けた頃だったのでした。
あとがき【『赤い酋長の身代金』の感想を交えて】
一見すると、一人の少年が悪党二人組を翻弄する痛快コメディと言えます。けれども心なしかそんな少年に同情を寄せてしまいます。少年の中に「孤独」が見え隠れするからです。
もしかしたらその乱暴な性格から、同級生にも、そして家族からも相手にされなかったのかも知れません。子猫にレンガのかけらをぶつけるといった一人遊びをしているところから想像できます。
そんな少年の前に現れたのがサムとビルといった二人の悪党です。少年からすれば良い遊び相手ができたと思ったでしょう。一方で結果的にサムとビルは、少年のおかげで犯罪を犯さずに済みました。
正直、子どもの「怪獣化」には、親や周りの大人たちの責任も多分にあるような気がします。わたしも言うなれば「孤独」な少年期を過ごしました。うっすらとした記憶ですが、「僕はここにいるよ!」と、自己主張のために暴れていたように思います。
つまり子供の頃は周りのことを考えない「怪獣」だったとしても、大人になって、「親にも責任もあるよ!」の一言さえ言えない小心者になったりするのですから、あまり深く考えずに伸び伸びと育てたら良いのでは?なんて個人的には思ったりします。
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