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オー・ヘンリー『水車のある教会』あらすじ【一縷の望み!!】

名著から学ぶ(海外文学)
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はじめに【現代における人身売買問題について】

 昨年秋のことですが、ユニセフ協会で働いている人間の話を聞けるといった機会に恵まれました。そのとき、語られていたのは、子供の人身売買についてでした。国際労働機関(ILO)の報告によると、現在、年間70万人から400万人が人身売買の犠牲になっているといわれます。

 またユニセフでは、毎年120万人の18歳未満の子どもたちが人身売買の犠牲になっていると推定しています。最初は遠い海外の国での出来事かと思っていたのですが、なんと日本にも人身売買の報告があるのだと聞いて、自分自身の不勉強さに言葉を失くしてしまいました。

 日本の場合は主に、性産業で働く外国人成人女性が多いようですが、中には18歳未満の子どもたちも含まれていると言うのです。貧困のため、泣く泣く子供を売る事例は、かつての我が国にもありました。貧しさとは、まさに諸悪の権現です。

 貧しい国では今も人身売買目的の誘拐が繰り返されています。突然我が子を失った親の気持ちを考えると、本当に胸が痛みます。と、同時に、わたしはこの世に奇跡はあると信じています。

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オー・ヘンリー『水車のある教会』あらすじ【一縷の望み!!】

オー・ヘンリー(O. Henry)とは?

 19世紀から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカの小説家です。本名・ウィリアム・シドニー・ポーター(William Sydney Porter)(1862年~1910年)

 オー・ヘンリーは1862年、アメリカのノースカロライナ州グリーンズボロという町に、医師の息子として生まれます。3歳のとき母親は亡くなり、叔母の手で育てられます。また教育者でもあった叔母の私塾で教育を受けます。

 その後、テキサス州に移り住んだオー・ヘンリーは、銀行や不動産会社、土地管理局等の職を転々とします。またこの頃、結婚もしました。1896年、以前に働いていた銀行の公金横領の疑いで逮捕されます。

 しかし、横領容疑の裁判にかけられる直前、病気の妻と娘を残し、ニューオリンズ、さらに南米ホンジュラスへと逃亡します。その後、逃亡先に妻の病状の悪化を伝える知らせが届き、家に戻ります。しかし妻は先立ってしまいます。

 裁判では懲役5年の有罪判決を言い渡されますが、模範囚としての減刑があり、実際の服役期間は3年と3か月でした。オー・ヘンリーはこの服役中に短編小説を書き始め、その作品を新聞社や雑誌社に送り、3作が出版されます。

 刑務所を出てから本格的に作家活動を開始し、一躍注目を集め、人気作家となります。代表作に『最後の一葉』『賢者の贈り物』等があり、500編以上の作品を残し、短編の名手と呼ばれます。しかし過度の飲酒から健康は悪化し、筆力も落ちていきます。1910年、47歳という短い生涯を終えました。


オー・ヘンリー(O. Henry)

作者の生きた時代

 オー・ヘンリーが生きた19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカ合衆国は、鉄鋼業や石油業が繁栄したことで、経済的に大きく躍進していました。領土的にも北米や太平洋圏の島々を植民地化するなど、まさにアメリカ黄金期ともいえるものでした。

 しかしその反面、まだ西部開拓時代の名残も留めており、人種差別や、多発する犯罪など、多くの問題も抱えていました。そんな時代背景のなか、オー・ヘンリーの作品は生まれていきます。

 オー・ヘンリー自身も、獄中生活、そして裁判中の逃亡生活を送ったことがあるせいか、彼の作品には、犯罪者と刑事(警官)が多く登場します。しかし、その物語は人情味が溢れていて、どこか古き良き日のアメリカを思い起こさせてくれます。

『水車のある教会』あらすじ(ネタバレ注意!)

原題 The Church with an Overshot-Wheel

 カンバーランド山脈の低い尾根沿いに、レイクランドという、民家がたった24軒しか無い、小さな村がありました。そんな小さな村に観光客向けの大きなホテルが建っていました。ホテルの名はイーグルハウスと言います。



 イーグルハウスの常連客は、ただ遊びに来るだけではなく、保養目的に来る人達です。
このイーグルハウスから400メートルほど離れたところに、古い水車小屋を改造した、珍しい教会がたたずんでいました。なんと、この教会にはパイプオルガンまであると言うのです。

 毎年、初秋になると、エイブラム・ストロングという名の人物が、イーグルハウスにしばらく滞在します。レイクランドで彼のことは『ファーザー・エイブラム』と呼ばれ、敬慕の的となっていました。

 『ファーザー・エイブラム』は、遠く北西の大きな都会からレイクランドにやって来ます。彼はそこに製粉所をいくつも所有していました。そんな『ファーザー・エイブラム』でしたが、実は彼の過去と、教会になった水車小屋の歴史とは、切っても切れない関係にあったのです。

 その教会がまだ、ただの水車小屋だった頃、ミスター・ストロングはそこの主人でした。彼ほど陽気で、よく働く、幸せな粉屋はどこにもいませんでした。彼の一家は道を挟んだ田舎家で暮らしています。粉挽きの料金が安く、客もひっきりなしにやって来ます。



 彼には唯一の楽しみがありました。それは幼い一人娘、アグライアの存在です。

 アグライアという名は幼児にしては立派な名前です。この地域の人達は威厳のある名前を好んだのですが、アグライアはその名前を嫌がり、自分のことを「ダムズ」と呼びたがりました。どうやら「ダムズ」とは、彼女の好きな花と関係があるらしいのですが、真相は分かりません。

 アグライアは四歳になると、毎日向かいの水車小屋まで、お父さんを迎えに行くようになります。ストロングは娘が戸口から入ってくると、粉まみれになったまま出迎えて、その地方でよく聞く、(こな)挽歌(ひきうた)を歌います。

  くるまが廻って粉がひける。粉まみれの粉屋は上機嫌。 
  歌を歌ってのんきに稼ぎ、可愛い娘のことを思っている。

 すると、アグライアは彼に駆け寄り、呼びかけるのです。
 「おとうちゃまぁ、ダムズといっしょにかえりましょ!」
彼は娘を肩に担いで、歌いながら帰って行きます。夕方になるといつも、これが繰り返されるのでした。



 アグライアが四歳の誕生日を迎えた一週間後のことです。彼女は突然いなくなってしまいます。家のすぐ前の道端で花を摘んでいた筈なのですが、いつの間にか姿が見えなくなっていたのです。勿論、村人達も総出であらゆるところを探しました。ところが、何の手掛かりもありません。

 その後、ストロングは二年近く、その場所にとどまり、娘を探し続けていましたが、とうとうその望みも失い、妻と共に北西部へと移り住んだのでした。数年後にはその地で最新式の製粉所を手にいれます。しかしストロング夫人は、アグライアを失った心の痛手から立ち直ることのないまま、移住して二年後、この世を去ってしまいます。

 エイブラム・ストロングは家業が盛んになった後、再びレイクランドに赴き、古い水車小屋を訪れます。そのとき、水車小屋を教会に改造しようと思い立ったのでした。この村はとても貧しくて、自分達の力で教会を建てることができず、近くに祈りを捧げられる場所もなかったのです。

 彼は水車小屋の外観をできる限り変えないようにし、大きな水車もそのまま残しました。しかし小屋の内部は大幅に改造されます。ベンチが二列に並び、説教壇も置かれました。また、二階にはパイプオルガンが設置され、それは教会に集う人々の自慢でした。



 このようにして古い水車小屋は、アグライアの思い出とともに、村にとって、とても有難いものに改造されたのです。けれども、ストロングはそれでもまだ足りず、彼の製粉所から「アグライア印の小麦粉」を販売したのでした。

 彼は、人々を困窮へと陥れる災害が起こると「アグライア印の小麦粉」を、無料で届けるのです。
それはレイクランドが凶作で困窮に陥ったときも同様です。ストロングは、そのことを聞くとすぐさま「アグライア印の小麦粉」を、教会に運び込ませ、訪れる人全員に、一袋ずつ持ち帰らせたのでした。

 それから二週間後、エイブラム・ストロングは、例年どおりイーグルハウス訪れ、いつものごとく「ファーザー・エイブラム」になりました。その時期、イーグルハウスいつもよりも客が少なかったのですが、客の中にローズ・チェスターという娘がいました。



 ミス・チェスターはあまり丈夫ではありません。顔色も悪く、華奢でした。ところが、レイクランドで一週間を過ごすうち、彼女は見違えるほどに元気を取り戻し、明るくなっていきました。そんなミス・チェスターとファーザー・エイブラムは大の仲良しになります。

 ある日、ミス・チェスターは、お客の一人から、ファーザー・エイブラムの行方不明になった娘の話を聞きます。彼女は直ぐに、ベンチに座っている製粉場主に駆け寄り、彼の手を取ってこう言います。
「あなたの娘さんのこと今まで知りませんでしたの。でも、きっといつかお逢いになれますわ。心の底から祈っています。」

 製粉場主は微笑を浮かべ「ありがとう、ミス・ローズ」と言い、続けて「でも、アグライアに逢えるとはもはや思いません。まだ生きているという望みも持っていましたが、そんな望みも消え失せてしまいました。」と、話します。

 辛い過去を持つにも関わらず、いつも他の人々の苦しみを考えている製粉場主に、ミス・チェスターは、ちょっとした悪戯心が芽生えてしまい、このように話しかけます。



 「ああ、ファーザー・エイブラム」と彼女は叫びます。そして「もしも、わたしがあなたのお嬢さんだとしたら、どんなに素敵なことでしょう。とてもロマンチックじゃありませんか?」

 「ほう、素敵だね!」製粉場主は嬉しそうに答えました。それから彼女の調子に合わせて「仮に貴女がアグライアだとしたら、わたしたちが水車小屋に住んでいたときのことを思い出せないかい?」と、訊ねました。

 ミス・チェスターは真剣になって考えていましたが「水車小屋のことは少しも思いだせません。残念ですわ、ファーザー・エイブラム。」と、答えます。「わたしも残念だよ。」製粉場主は、そう彼女を気遣うように言いました。

 とある日の午後、陽が傾いてから、ファーザー・エイブラムは、一人で古い水車小屋に出かけました。彼はよくその場所に行き、アグライアと暮らしていた当時の追憶に耽るのでした。そんなときの彼は、常に周りに見せていた笑顔も消えています。



 ファーザー・エイブラムは水車小屋の戸を開け、そっと中に入っていきました。ところが、中で誰かの泣き声を耳にしたのです。見ると、ミス・チェスターが教会の信徒席に座り、手紙を両手に持って、うなだれています。ファーザー・エイブラムは近づいて、彼女の手をしっかりと握りました。

 そして、優しく言います。「何もしゃべらなくていい。つらいと感じるときは、泣くのが一番だからね。」多くの悲しみを経験しているせいか、製粉場主は、他人の悲しみを取り除くことにかけては魔術師のようでした。製粉場主は何も訊ねたりしませんでした。やがて、ミス・チェスターのほうから、語り始めます。

 要するに涙の理由は恋愛問題でした。彼女はファーザー・エイブラムに手紙を見せます。それは善良で立派な青年によって書かれた恋文でした。その手紙で青年は、ミス・チェスターに求婚を迫っています。しかも今直ぐにでも返事が欲しいらしく、もしも承知なら、レイクランドに飛んで行くとまで書かれていました。



 製粉場主は「それで、何か問題でもあるのかね?」と、聞きます。「わたし、彼とは結婚できないんです」ミス・チェスターは答えました。「彼と結婚したいのかい?」再度、製粉場主は訊ねます。「ええ、彼を愛していますわ。」と、彼女は答え「でも……。」と言い、うなだれて、またしても、すすり泣き始めてしまうのです。

 製粉場主は「秘密があるのなら打ち明けてごらんなさい。」と、優しくミス・チェスターに言いました。彼女はゆっくりと口を開き、自分の過去を話し始めます。そして「わたしはどこで生まれたのかもわからない人間なんです。名前さえないんです。」と、告白します。

 「両親はいたけれど、ある晩にその両親が大喧嘩をしたときに、そのことを聞いたのです。わたしは素性もわからない人間なんです。」



 「おや、まあ、そんなことかね?ばかばかしい!もっと困ったことがあると思った。立派な男ならあなたの家系のことなど、気にしたりしないよ。彼に率直に話しなさい。わたしが保証するよ。彼はそんな話など笑いとばすだろうよ。」

 製粉場主はそう言って諭すのですが、彼女は「わたしは、彼に話すつもりはありません。」と、とても頑なでした。そのとき教会に、オルガン奏者のミス・フィービー・サマーが助手を引き連れてやって来ました。オルガンの練習をするためです。

 二人は先客にお辞儀をし、急な階段を昇り、オルガン台へと向かいます。ファーザー・エイブラムとミス・チェスターは、その場を立ち去る気にもなれず、それぞれ、思いに耽っている様子でした。

 すると突然、彼は二十年前の風景に、引き戻されたような感覚に陥りました。オルガンの低い音と振動が粉を挽く響きに似ていたからです。そのとき、その振動が二階に積まれていた小麦粉の粉を振り落とし、ファーザー・エイブラムの頭から足の先までを真っ白にしたのです。製粉場主は思わず、粉挽歌を歌ってしまいます。



  くるまが廻って粉がひける。粉まみれの粉屋は上機嫌。
  歌を歌ってのんきに稼ぎ、可愛い娘のことを思っている。

 ―――そして、奇跡が起きます。
ミス・チェスターがファーザー・エイブラムをじっと見つめ、夢の中で人を呼ぶように、こう言ったのです。

 「おとうちゃまぁ、ダムズといっしょにかえりましょ!」

 夕暮れの帰り道、二人は、言葉を交わさずに歩いていました。胸がいっぱいで言葉にならなかったのでしょう。「お父さん。」と、彼女は少し恥ずかしそうに聞きました。「あなたは、たくさんお金を持ってらっしゃるの?」製粉場主は、「それは程度の問題だけど、まあ十分にあるだろうね。」と、答えます。



 「アトランタに電報を打ちたいのですけど、どれほどのお金がかかるでしょうか?」と、アグライアは聞きます。ファーザー・エイブラムは、小さなため息を漏らし「彼に来てくれるように頼みたいのだね?」と、訊ねます。

  アグライアは、優しく微笑みながら言いました。
 「わたし、待っててくれるように頼みたいんです。やっとお父さんを見つけたばかりですもの。しばらくは二人きりでいたいんです。」

青空文庫 『水車のある教会』 オー・ヘンリー(三宅幾三郎訳)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000097/files/59477_71126.html

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あとがき【『水車のある教会』の感想も交えて】

 冒頭で、現代における人身売買問題について書いていましたが、そのとき同時に『特定失踪者』のことが頭に浮かんで、離れなくなってしまいました。『特定失踪者』と呼ばれる行方不明者は875人もいると言われています。

 テレビ等で度々、ご家族の映像を目にしますが、今まさにどんな気持ちで日常を過ごしていらっしゃるのかと、考えただけで、激しい憤りを感じてしまいます。ずっと真っ暗闇の長いトンネルのなかをさまよっている思いでしょう。

 きっと、わたしたちには到底想像のつかない、苦しい人生を歩んでいることと思います。必ずや、ファーザー・エイブラムのような奇跡が……いや、奇跡とは、起こるものではなく、人間が起こすものでした。訂正。

 ともかくとして、『水車のある教会』を読むと、辛い人生にも一縷の望みを見いだせそうな気がします。今生きる希望を失っているあなたに是非とも、読んで頂きたい作品です。

 そして、『特定失踪者』のご家族に、一日も早く平穏な日々が訪れることを深く願いながら、この稿を閉じたいと思います。

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