はじめに【「虚栄心」について】
「虚栄心」とは、うわべだけを飾ろうとする心、自分を実質以上によく見せようとする心のことですが、誰にでも少なからずそんな瞬間があると思います。
そして後になってから、「あ~あ、つまらぬ見栄を張っちゃったな。」なんて後悔することも……。後悔だけならまだしも、そんな「虚栄心」が思わぬトラブルを引き起こす場合もあります。
わたし自身も先日、持ち合わせ少なかったにもかかわらず、ついつい飲みの誘いに乗ってしまい、支払いの時になって顔面蒼白に……。ともかくとして今回は、モーパッサンの短編小説『首飾り』をご紹介します。
モーパッサン『首飾り』あらすじと感想【虚栄心という落とし穴!】
ギ・ド・モーパッサン(Guy・de・Maupassant)とは?
ギ・ド・モーパッサン(Henri René Albert Guy de Maupassant)は、フランスの小説家、劇作家、詩人です。(1850~1893)モーパッサンは、1850年8月5日、フランス北西部ノルマンディー地方の海岸部で生まれたと言われていますが、詳しい出生地については諸説あります。
1870年、パリ大学法学部に進学します。しかし直後にプロイセン・フランス戦争が始まり、遊撃隊として出征します。除隊後は海軍省に就職し、後に文部省へ転じます。1880年、短編小説『脂肪の塊』が同人誌『メダンの夕べ』に掲載され、文豪としての地位を確立します。
1882年、役所を退職し、翌年、長編小説『女の一生』(1883)を連載し、ロシアの文豪トルストイに評価されます。その後、『ベラミ』(1885)、『ピエールとジャン』(1888)などの長編作品、または約280にものぼる短編小説を書き上げます。
しかし1887年頃から精神に障害をきたしていきます。1892年元日、かみそり自殺を試みたあと、精神病院に入り、翌1893年7月6日、そこでこの世を去ります。(没年齢・42歳)ゾラ(Émile Zola)と並び自然主義文学の代表作家で、日本では田山花袋、島崎藤村、永井荷風らに多大な影響を与えます。
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『首飾り(La Parure)』あらすじ(ネタバレ注意!)
マシルド・ロイゼルは、とても美しく魅力的な女性でした。けれどもあまり裕福ではない家庭に生まれたため、玉の輿に乗るといった夢も叶わずに、ある官庁の小役人と結婚することになりました。
彼女は日頃から、自分の不幸を嘆いていました。(私ほどの美貌なら華やかで贅沢な暮らしが望めたはずなのに……。)彼女はいつも上流階級の優雅な暮らしを空想していました。
彼女は衣装も宝石類も何一つ持っていません。それなのに彼女は、そんなものばかりが好きでした。人に羨まれたり、男性たちから、ちやほやされたいという願望を抱いていたのです。
そんなある晩のことでした。夫が、官長(大臣)主催で開かれる夜会の招待状を手に入れて帰って来たのです。ところが喜ぶと思いきや、マシルドは浮かない顔をしています。そして、「あなたは私に何を着せて下さるおつもりです?」と言って、大粒の涙を流したのでした。
夫は失望します。けれども気を取り直して、「夜会に着ていく服装というのは一体いくらかかるのかい?」と訊ねました。すると彼女は、「400フランもあったら……。」と答えます。その金額を聞いた夫は少し蒼ざめました。
それというのも、次の夏、同僚たちと狩猟に行こうと思い、銃の購入資金として、ちょうど同じばかりの金額を貯めていたからです。夫は思い切って言います。「分かった、400フラン出そう。好きなドレスを買ってくるんだよ。」
夜会の日が近づきました。けれども彼女はどうも沈みがちです。夫が、「なにか心配なことでもあるのかね?」と訊ねると、彼女は、「アクセサリー類が何一つ無いわ。いっそ夜会に参るのはよしましょう。」と言ったのでした。
そんな彼女に夫は提案します。「お前の親友のフォレスチエ夫人に借りたらどうかね?」フォレスチャ夫人は彼女の友人で、家はかなりの財産家でした。翌日、早速友人のところを訪ねた彼女は、見事なダイヤの首飾りを借りることに成功したのでした。
夜会の日、彼女は、全ての人の注目を集めます。実際に彼女は、他の貴婦人よりも遥かに優美で濃艶だったのです。男たちはみんな彼女とワルツを踊りたがっていました。彼女は、快楽に酔い、自分の美貌の勝利に浸りながら踊り続けたのでした。
※濃艶(のうえん) つやっぽく美しいこと。どぎついほどはなやかに美しいさま。
帰宅後、彼女は鏡の前に立つと、大きな悲鳴を上げました。夫が「どうした?」と聞くと、「私、あの、首飾りを無くしました……。」二人は必死で探します。帰り道や警察、乗った馬車の会社にも行きました。けれども―――どうしても見つからないのです。
「どうにかして、あの首飾りを返さなければ……。」
二人は、パリ中の宝石店に出かけ、よく似た首飾りを探しました、すると探し回った甲斐もあって、パライ・ローヤル街の宝石店で瓜二つの首飾りを見つけたのです。
値段は4万フランでした。事情を話して3万6千フランまで値切りましたが、当然ながらそんな大金を二人は持っていません。三日間の猶予をもらった夫は、知人という知人から借金をし、さらには高利貸しにまで行って都合して、何とか首飾りを手に入れたのです。
早速彼女は首飾りを返しに行きましたが、フォレスチエ夫人には替え玉と気付かれることはありませんでした。それから二人は、恐ろしい窮乏生活を経験します。けれどもこの時から彼女は、(巨額の借金を返済しなければならない)と、決意を固めたのでした。
女中には暇を出して、住まいは下町の物置部屋のような一室を借ります。そして今まで女中に任せていた家事を一生懸命こなし、買い物に行くときもできるだけ安い店を探し、しかも値切って買ってきました。夫は仕事から帰った後も精力的に内職をこなしました。
このような苦しい生活を10年も続けた二人は、ついに借金を全て返済し終えます。彼女は、かつての美貌も失われ、今では貧民の家庭の女になっていました。それでも時々、思い出すことがあります。―――(楽しかったあの日の夜会のことを……。)
ある日曜のこと、彼女はシャンゼリゼ通りのほうへ散歩に出かけました。そこで偶然フォレスチエ夫人を見かけたのです。夫人は依然として若く美しいままでした。「ご機嫌よう。」彼女は思い切って声をかけます。
すっかり変わり果てた彼女の姿に、フォレスチエ夫人は驚きます。彼女はフォレスチエ夫人に、首飾りを無くしたことを正直に打ち明け、代わりを買うために大変な借金を背負ったことを話しました。彼女の言葉に心を動かされたフォレスチエ夫人は、彼女の手を取ってこう言います。
「まあ、お気の毒なマシルドさん!私の貸したあの首飾りは模造品だったのよ。せいぜい500フランくらいのものだったのですよ!」
青空文庫 『首飾り』 モーパッサン 辻潤訳
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あとがき【『首飾り』の感想を交えて】
誰にでも欠点はあるものです。主人公のマシルドは美人で魅力的です。けれども一方で、人の何倍も強い「虚栄心」という欠点がありました。その欠点が災いして悲劇(喜劇?)を呼ぶといったストーリーとなっています。
この物語を読むたびに思うのは、 “ 何故にフォレスチエ夫人はダイヤの首飾りを模造品と教えてくれなかったのか? ” という点です。今まで本物に触れてこなかったマシルドが気付けなかったことは理解できます。
そこでわたしはこのように想像してしまいます。 “ 美しく魅力的なマシルドにフォレスチエ夫人は嫉妬していたのではあるまいか?だからあえて模造品を貸して心のなかでマシルドを嘲笑っていたのではないか? ” と。
以前、他人を決して羨ましがらない!【『嫉妬心』と決別する方法】にも書きましたが、全ては他人と優劣をつけることから始まります。「自分は自分!」難しいかもしれませんが、そう思い込む思考力を身につけることが大事なのかもしれませんね。
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