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志賀直哉『城の崎にて』あらすじと解説【生かされている!】

一読三嘆、名著から学ぶ
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はじめに【『城の崎にて』初読のとき】

 志賀直哉の『城の崎にて』を始めて読んだのは確か、高二の夏休みだったと記憶しています。先生が何作か小説の候補を上げ、その一つを感想文にするようにと課題があったからでした。

 わたしはそのとき瞬時に『城の崎にて』を選びました。理由は単純に短い小説だから簡単に終わるだろうと思ったからです。ところが手に取って間もなくのこと、別の小説を借りに行きました。

 正直、当時のわたしには―――「つまらない」という印象しか残らなかったのです。
それから長年、評価の高さは知っているものの、志賀直哉の作品を読む気にはなれませんでした。

 ところが、太宰治が晩年の連載評論『如是我聞(にょぜがもん)』において、志賀直哉に罵詈雑言を浴びせているのを読み、逆に興味が湧き、読み始めたといった次第です。

青空文庫 『如是我聞』 太宰治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1084_15078.html

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志賀直哉『城の崎にて』あらすじと解説【生かされている!】

志賀直哉(しがなおや)とは?

 大正から昭和にかけて活躍した日本を代表する作家です。(1883~1971)
志賀直哉は、明治16(1883)年、宮城県石巻に生まれ、その二年後東京に移り住みます。

 学習院高等科を経て、明治39(1906)年、東京帝大英文科に入学しますが、後に中退します。明治43(1910)年、学習院時代からの友人、武者小路実篤らと同人誌『白樺』を創刊し『網走まで』を発表します。

  武者小路実篤

 その後、『剃刀』『大津順吉』『清兵衛と瓢箪(ひょうたん)(はん)の犯罪』などを書き、文壇に認められます。しかしこの頃、父親との関係が悪化し、尾道、赤城山、我孫子(あびこ)等を転々とします。

 また同時期には、武者小路実篤の従妹・()()()小路(こうじ)康子(さだこ)と家の反対を押し切って結婚します。その後父親と和解し、『城の崎にて』『小僧の神様』『和解』『暗夜行路』等、次々と傑作を生みだしていきます。

 晩年は東京に居を移し、積極的な創作活動はしませんでした。昭和46(1971)年、肺炎と老衰により死去します。(没年齢・88歳)

   志賀直哉

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『城の崎(きのさき)にて』について

 『城の崎にて』は、志賀直哉の短編小説(随筆)です。大正6(1917)年5月に白樺派の同人誌『白樺(しらかば)』第8巻5号に掲載されます。日本の私小説の代表的な作品の一つとされていて、心境小説としての趣が強くなっています。

 大正2(1913)年8月15日、線路の側を歩いていた志賀直哉は、山手線の電車に後からはね飛ばされ、重傷を負います。東京病院にしばらくのあいだ入院し、同年10月18日に療養のため兵庫県にある城崎温泉を訪れます。小説『城の崎にて』は、この体験が元になっています。

白樺派(しらかばは)とは?

 明治43(1910)年4月、武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎らが創刊した同人雑誌『白樺』に拠った文学者たちとその芸術的な傾向のことを白樺派と呼びました。

 人道主義・理想主義・個性尊重などを唱えて、自然主義に抗し、大正期の文壇の中心的な存在となりました。

自然主義とは?

 19世紀後半のフランスにおこった文芸思潮で、現実のありのままを、まったく客観的な立場で観察し描写する芸術的態度や手法のことです。

 日本では、小杉天外や永井荷風が手法を試み、島崎藤村の『破戒』や田山花袋の『蒲団』によって文壇の主流となり、明治末期に全盛を誇りました。しかし大正期にかけて白樺派の台頭などもあり力を失っていきます。

   島崎藤村

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私小説(わたくししょうせつ)とは?

※〈ししょうせつ〉ともいう。
 私小説とは、大正9 (1920) 年頃から使用され始めた文学用語のことで、作者自身を主人公とし、その直接的な生活体験や心境に取材した小説のことをいいます。

 代表作家としては、志賀直哉のほかに、葛西善蔵、尾崎一雄、牧野信一、嘉村礒多、上村暁などがあげられます。

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心境小説とは?

 私小説の一種で、作者が日常生活で目に触れたものを描きながら、その中に自己の心境を調和のとれた筆致で表現した小説のことで、破滅型の私小説と区別するために使われるようになりました。

『城の崎にて』あらすじ(ネタバレ注意!)

 東京山手線の電車にはねられて怪我をした「自分」は、退院後の養生に、一人で兵庫県の城崎温泉を訪れます。そこで「自分」は椅子に座って外の景色を眺めているか、そうでなければ散歩をして過ごしていました。

 「自分」はよく怪我のことを考えます。(ひとつ間違えば、今頃は青山の土の下に寝ているところだった)と。「自分」の心には、何かしら死に対する親しみが起こっていたのです。

 ある朝「自分」は、一匹の蜂が玄関の屋根で死んでいるのを見つけます。けれども他の蜂は冷淡に、忙しく立ち働いていました。瓦の上に一つ残った死骸を見た「自分」は淋しく思います。それは静かでした。「自分」はその静かさにも親しみを感じるのでした。

 またある午前、川岸で見物人が笑う中を、首に串が刺さった鼠が、石を投げられて必死に逃げ惑っているのを見かけます。「自分」は淋しい嫌な気持ちになります。そして、死の直前の苦しみを考えると恐ろしくなるのでした。

 そんなある夕方、小川のほとりを歩いていると、風もないのに、桑の木の一つの葉だけがヒラヒラと動いています。「自分」は不思議に思い、多少怖い気もします。ところが風が吹いて来ると、その葉は動かなくなったのでした。

 薄暗くなってくる中をもっと歩いて行くと、何気なく見た小川の石の上に、一匹のイモリを見つけます。「自分」は驚かすつもりで石を投げ入れます。すると、狙わなかった筈なのに、その石は命中してしまい、イモリは死んでしまいました。

 「自分」は、イモリに哀れみを感じるのと同時に、生き物の淋しさを感じます。そして(「自分」は偶然に死ななかったのだ)と実感します。それまで見てきた生物の死と、生きている「自分」について考え、感謝しなければ済まぬような気もします。

 けれども、生きていることと死んでしまっていることそれは両極ではなかったという感慨を持ちます。そして、それほどに差はないような気がしたのでした。

『城の崎にて』【解説】

 『城の崎にて』は、“ 死 ” がテーマの作品だというのは誰の目にも明らかでしょう。電車事故で死への恐怖を感じた「自分」は、三匹の小動物の死に自分を重ね、考えていきます。

 蜂に対しては、死後の静けさに親しみを持ち、鼠に対しては、死の直前の足掻きに恐怖を覚えます。また、イモリに対しては、「生と死には差がない」といった生死の偶然さを実感しました。いずれにも共通している心境は「生き物の寂しさ」です。

 そして物語の途中で、桑の木という植物が登場します。桑の木の一つの葉は、生き物でもないのにヒラヒラと動いています。この箇所は、逆に「命のないものが生きている」と感じる点で、対比的に描かれています。

 さて、思想的、宗教的な要素と芸術性において高く評価されてきた『城の崎にて』ですが、作者自身はこのように語っています。

『城の崎にて』これも事実ありのままの小説である。鼠の死、 蜂の死、ゐもりの死、皆その時数日間に実際目撃した事だった。 そしてそれから受けた感じは素直に且つ正直に書けたつもりである。 所調心境小説といふものでも余裕から生れた心境ではなかった。
(『創作余談』志賀直哉)

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あとがき【『城の崎にて』の感想を交えて】

 菊池寛は『志賀直哉氏の作品』というエッセイを書いています。その中で『城の崎にて』のイモリの部分に触れ、

「完璧と言っても偽ではない程本当に表現されている。客観と主観とが、少しも混乱しないで、両方とも、何処までも本当に表現されている。何の文句一つも抜いてはならない。また如何なる文句を加えても蛇足になるような完全した表現である。」
(『志賀直哉氏の作品』菊池寛)

と、絶賛しています。他にも芥川龍之介や同時代の文豪たちが挙って絶賛していったことから、いわゆる神話化されていったといえるでしょう。

 確かに、無駄のない描写力を踏まえて読めば、素人ながらにその凄さはわかります。けれども、何の予備知識もないまま軽い気持ちで読んだらどう思うでしょう。現代のサービス精神旺盛な小説を読み慣れている人にとっては「つまらない」と感じるに違いません。

 ただ、「死」を身近に感じたことのある人は別です。共感する部分も多いと思います。

 作者は、「生きていることに感謝しなければ済まぬ」と思いながらも「しかし実際喜びの感じは湧き上がっては来なかった」とし、「生」と「死」について両極ではなく「それほどに差がないような気がした」と語っています。

 それは「生」と「死」といった事実のみが存在していることを受け入れ、それまで囚われ続けていた「死」への恐怖心から解き放たれたという意味でしょうか。

 しかし、わたしの場合は単純ですから『城の崎にて』を読んで思うことはただひとつ――― “ 生かされていることに感謝! ” なのです。そう感じられるだけでも良い作品だと思います。

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